「このへんじゃ4〜5メートルも掘れば水が出てきますよ。」
そう言う役場の若い職員の言葉をまったく疑いもしないほど俺たちも若かったってことなんだろうなぁ・・。
このへんにしてみるか。
農場の適当な場所にスコップで穴を掘ることにする。直径1メートルぐらい。
はえている草を刈る。それをどけてスコップを突き立てる。ザクッザクッ。
もともと耕作放棄されていた桑畑だったところだから最初は畑の土。それが数十センチ。ザクッザクッ。
この村は山裾の村だから耕作可能な「表土」の部分は浅い。大根なんかの根菜類の栽培には不向きだし、逆にそのことが田んぼではおいしいお米を育てている。
花崗岩の小石混じりの表土をすぎるとすぐ赤茶けた粘土になってくる。ザクッザクッ。
昔の桑の根っこがまだ生きている。粘土の層にがっちり広がっていてサツマイモのような色やオレンジ色をしている部分がある。
それをノコギリで切りながら掘り進んでいく。粘土だからだんだんスコップに張り付いてくるようになる。ペタッペタッ。
かなり深いところまで桑の根っこが広がっている。そりゃそうだよね木だものね。ペタッペタッ。
桑の根っこがなくなってくるあたりになってくると穴の中はちょっと涼しい。
そういえば造園業やってる友人サイトーが「ジョージ、1メートル以上掘るなら枠組みしながら掘らないと崩れてきて危ないぜ。」って言ってたな。ペタッペタッ。
穴の深さが2メートルを越えてくると土を外へほうり出すのがしんどくなってくる。オリャ!
穴の上に丸太を3本組み合わせ、中心に滑車をつり下げる。
バケツにロープを結び滑車を通し、穴へ降ろす。
バケツに土を入れ、上の女房に引き上げてもらい、かたわらに捨てる。カラカラカラ ドスッ。
だんだん粘土が湿ってきたぞ。カラカラカラ ドスッ。
いや涼しい。耳をすますと何か小さな音がする。・・シュー・・水の音?
もうちょっと。カラカラカラ ドスッ。
もうちょっと。カラカラカラ ドスッ。もうちょっと。カラカラカラ ドスッ。もうちょっと。カラカラカラ ドスッ。
あいかわらずシューという音がする。静かにしてしゃがんでいると、風が吹いてくる。
穴の中に粘土層から押し出されるほんの少しの水分が「風」に感じられる。へぇ〜。
しゃがんで上を見上げる。あー空が丸い、丸いかたちの空になってる。
「お〜い、おもしろいぞー。ちょっとかわろー。」
深くなってきた。4メートルを過ぎると粘土もギュっとしまっていてなかなか下へ進めない。
休憩をしに穴から出て、あらためてまわりの地形を見まわす。
「ふ〜む・・ダメだなこりゃ。」
そうこうしてると通りかかったおとなりのベテランお百姓 O さん
「サトーさん、井戸じゃ20メートルばかり掘らにゃ出んよ。」
アッハッハー!
顔を見合わせ笑っておしまい。
終わりなんてこんなもの。気が付くときなんてこんなもの。
アッハッハー!
・・・・・・・・
それにしても。
俺たちは本当に井戸が必要だったのかな?
体を動かしたかっただけなのかもしれない。どうかな?
ただ単にわくわくしたかっただけなのかもしれない。どうかな?
馬鹿なことをやってみたかっただけなのかもしれない?
やってみたい衝動をおさえられなかっただけなのかもしれない?
よくわかんないけど。
それがそのとき一番の優先事項だったんだよな。
今考えれば、鶏小屋建ててにわとり増やすとか、営業に出てお客様を増やすとかっていうことの方が先なんじゃない?って思うけど・・スコップで井戸を掘ってみよー!ってことが優先事項だったんだねー。
それからしばらくして、サイトーが言うとおり4メートル以上掘った穴は崩れはじめ、何ヶ月かするとただの穴になった。
のぞき込むと前から鶏小屋の敷地に住んでいるうちの主、大きなガマガエルが落っこちていてこっちを見上げていた。
ゲコゲコ・・