その島は船で二日南へ行った大きな島の東に浮かんでいる。
大きな島で船を乗り換え、さらに半日行くとその島の港に着く。
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夏休み、農学部の学生は「農業実習」をする。
学部の掲示板には夏休み前、単位取得やアルバイトのための実習の情報が張り出される。
「南の島の実習に行ってみないか?」
そう友人に誘われた。その島の実習は掲示板には張り出されていない。どうやら口伝えの実習先のようだ。
ロクに連絡もしないでその島に向かう船に乗っていた。
船は大きな島のさらに先の島へリゾートに行く若い客でいっぱいだった。
デッキに出ると360度海。気分がいいぞ。
舳先から海面をのぞき込むと船がつくる波とトビウオがたわむれている。
港に着くと聞いていたとおり30センチもある白い髭をたくわえた長髪の初老のオヤジが迎えに来ていた。
挨拶をし案内に従う。
案内された場所は港の反対側。
うっそうとしたガジュマルという熱帯植物が生け垣になっている一軒の家があてがわれた。
そこで実習生は暮らすのだという。そう言ってオヤジは別の場所に帰っていった。
この島は珊瑚礁が隆起して出来た島、周囲約40キロ。
中央部が台地になっていて、海岸線に沿って島をぐるりと唯一の道路が通っている。その道に沿って集落がある。
船が着く港が一つ。漁港が一つ。プロペラ機が降りられる空港が一つ、ひとつずつ。
信号も一つ。それも最近出来た自動車学校中の、道路にはない。
作業はその中央部の台地を国の事業で開拓して開いた新しい畑の石拾い。
トラクターで耕しながらひっかかった石を取り除く。
仕事を終え一軒家に戻り、食事を済ませる。
風呂は外。五右衛門風呂。(といってわかるだろうか?鉄製の浴槽を直接薪を燃やし温め、スノコに乗りそれを沈めるように入る。浴槽に体のどこかが触れれば、もちろん熱い。)
まるっきりの星空。
「夜は電気を消して雨戸を閉め早く寝た方がいい。近所のアル中のオヤジがやって来て朝まで付き合わされる。実習生がいることは知っているからね。」
経験者からそう言われていた。
ドンドンドンドン!!来た! 布団をかぶって息を殺す。
そういえば近所の雑貨屋のおじさんもアル中だって言ってたな。何でも中学の先生だかやってたんだけどそれでクビになったとか。アル中だらけ?まさかねぇ。
島で酒といえば特産の黒糖焼酎だった。銘柄も島の造り酒屋のものただ一つ。どこへ行ってもそれ、のがれられない。
石拾いもしばらくすると石がなくなった。
今度はあちこちの家の屋根のペンキ塗り。南の島の強い陽ざしを反射する銀色のペンキを屋根に塗る。
それもしばらくすると終わった。
すると髭オヤジ、海に潜って貝を穫れという。
靴を履き、水中メガネをし、ごつごつした磯から泳ぎ出す。
磯をけるともう数メートルの水深がある地形だから、そこで潜る。
潜って言われた貝を拾う。
みそ汁の具になるという貝。漁師が何も言わないのだから高価な貝ではないのだろうけれど、近所の人には重宝がられた。
それから、天気のいい日は海に潜った。それが「農業実習」だった。
水面に浮かび下を見て貝を探すから、背中ばかり焼けた。何度も皮がむけ、これ以上黒くならないところまで黒くなって、
そして実習は終わった。
サトウキビの島の農繁期は春だ。
春、大きくなったサトウキビの茎の、根と先を取り除いた真ん中あたり切り取る。
それをさらに30センチ程度に専用のエンジンカッターで切り、道路脇に設置した3トン入るネットに入れておく。
それをクレーンのついたトラックがつり上げて運び、島の工場で荒しぼりしてしぼったものを船に積み込む。
じゃなぜ、こんなヒマな時期に髭オヤジは実習生を呼び寄せるのだろう?
髭オヤジは、ガジュマルの一軒家から台地をはさんで反対側に本宅があった。
僕らと同じように遊び、大声で笑い、語った。
傍らには未亡人になった昔の恋人がいた。
僕らの農業実習は仙人のような髭オヤジのつかの間のバカンスだったのかもしれない。
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島へ向かう船は、今もオーミ埠頭から出ている。
南の島の不思議な農業実習はもうやっていないだろうけれど。
ガジュマルの島を見てみたい若者は一度乗ってみればいい。