メキシコというと乾燥した大地に大きな柱サボテン。
そんなイメージがあるけれど、首都メキシコシティーがある中央高原は、ちょっとちがう。
そこそこ雨が降り、赤松が生えていて秋には松茸が採れたりする。はじめて行くと、案外日本に似てる、と思うと思う。
雨が多い季節は、午後バケツをひっくりかえしたような雨が2時間、決まって降る。
舗装されていない道はドロドロになり大きな水たまりになる。
その時間、田舎の町では、みんな軒下で雨宿りしながらおしゃべりをしている。多分2時間。
その田舎町のさらに奥に農場があった。
農場っていったって、境目もよくわからないものすごい広い土地の一角にカーネーションのビニールハウスが千八百坪建っているだけ。
小川があって潅水のための水をためる貯水槽があって、作業場があって、そのまた一角に赤い煉瓦を積み上げた管理棟という名の小屋があった。
月〜金をそこで過ごし、週末そこで働いている村の男達に給料を渡しメキシコシティーに戻る。
「アミーゴ(友達)じゃないんだから。」
会社に人にクギをさされる。
「会社の一員として相応に振る舞いなさい。」
そりゃそうだ。
農場には電気も水道もない。
夜は携帯型プロパンガスのライト。飲み水は村の湧き水をわけてもらう。風呂は・・なし。
ノミがすごくって、雨期だったからかなぁ?かゆいんだ。殺虫剤なんて日本みたいに簡単に売っていないし。
野良犬がうろうろしていていつも俺の食糧をねらってる。
農場の仕事は、夕方明るい時刻には終わる。
するといったん家へ帰った男達が誰かの裸馬をつれてやって来る。
農場の前の草原でだれが一番長く乗ってられるかの競争をしている。
村の子供がそのまま大きくなっている。ガキ大将がそのままオッサンのガキ大将だ。
女たちは食事の支度、古典的な農村の風景。
最初は誰だこの若いの?と思っていた彼らも、しばらくすると声をかけてくるようになる。
「水のポンプがおかしいぞ。」アレ?なんでかな?
「葉っぱの色がおかしいぞ。」肥料が合ってないのかな?
「ビニールハウスの窓が開かないぞ。」部品がないとダメかな?
日本の大学を出た技術者なんて紹介のされかたしたから何でも知ってると思われちゃって・・
「ちょっと英語をおしえてくれ。」ええっ?英語?
「このごろ耳鳴りがひどくて。ちょっと診てくれ。」それは無理だよ!
何ヶ月かしたある日の夕方、気のいいディエゴにさそわれる。
「村の飲み屋で飲まないか?」ホントに?飲み屋なんかあるんだ?
飲み屋といってもタダの小屋。
うちの農場のことを知っている人にはうちのエサ小屋がちょうどそんな感じ。
のき下の板窓を開け放つと中が棚になっていて、窓のところがカウンターっぽくなっていて、そこに肘をかけて飲めるようになっている立ち飲みの飲み屋だ。
あるのはテキーラだけ。つまみは豆みたいなもの。
ベラベラわいわい。
何をいったいそんなに盛り上がったのか?
そもそも俺はそんなにスペイン語が話せないはずだ。
結局最後は飲み過ぎてひっくりかえって膝をひねってしまい、ディエゴとマヌーの肩を借りて小屋まで連れていってもらうことになる。
「(いけね、これでもうアミーゴだな)・・・。」
煉瓦積みの小屋に戻り、礼を言って別れ、ノミだらけののベッドに横たわる。
しばらくすると、あちこちあいている小屋の隙間からホタルが入ってくる。
ひとつ、ふたつ・・いっぱい。
ああ、ダメだなぁ・・俺は何も知らない。
ここにいたのでは何一つまともに出来ない。何もできないまま過ごしてしまいそうだ。
ダメだなぁ・・。
そうして日本に帰ることにした。
いつか乗せてよって約束したあの裸馬に乗れないことはちょっと残念だけれど。
ここで何とかなれるほど強い自我は持ち合わせていないや。
それから25年。
俺は少しは使えるようになったのだろうか?
いやー、ま〜だ何も出来ないままだナ。もっといっしょけんめいやんないと、アミーゴに笑われる。
ダメだなぁ・・。