「サトサン。ポキート マス アリバ。(佐藤さん。そこはもう少し高くやりなさい)」
「コモアリバ?」(どのぐらいですか?)
1983年 アメリカ・カリフォルニア南の方 国境まであと30キロほどのところにある野菜農場。
ワーカー(農場労働者)のリーダー ホセさんは、遠い東洋、日本から来た学生に仕事を教え込む。
メキシコ人の男達と朝から夕方までひたすら畑で草をかく、ショートハンドホーと呼ばれる道具で
地面をガシガシやる。除草、土寄せ、潅漑用の溝作り、定植。
腰を曲げ下を向き土をけずる。ガシガシ、一日中。
その農場では有機的な方法で栽培していたので、除草剤も使わない。とにかくそれでガシガシやる。
90エーカー(ざっと110000坪)の畑をムチャチョ(男)達と春から冬までガシガシやる。
あー、顔がむくむ。
もともとは野菜を専門にしようと考えていたので、あちこち野菜の農場で実習していた。
長野、群馬、奄美大島、どこも実習生を受け入れるぐらいだから大きな農場だったけれど、やっぱり桁違いにでかいな。(それでも全米平均の七分の一だとか)
そんな広い畑で下を向き、顔をむくませ、一日中ガシガシやる。体が勝手に動くようになるまで、ガシガシガシガシガシガシ・・・・・
飽きるほどガシガシして、さらにあちこちの現場に行きガシガシして、ある日思う。
基本的にこのガシガシは、世界中どこへ行っても同じだ、と。
肥料を入れ、種を播き、ガシガシする。
これはスリランカでもケニアでもガーナでもラオスでもアメリカでも日本でも同じだ。
そしてさらに思う。
一人の農夫が耕して、作れる作物の量は、機械とガソリンとほんの少しの気候と畑の条件の違いを差し引くと、どこでも同じだなと。
で。
先進工業国でそれをやっていると、工業とか経済とかのエネルギーというのがすばらしく強くて大きいから、一人の農夫がやっていることが、相対的にとても小さなことになってしまう、と思う。
では。
それをどう増幅してふくらまして、小さくないことにすればよいのだろう、ということを考えてみる。
ということを。
ずっと考えていまして。
それが「ひよこにさわろう」の会だったり、ブログだったり、たまごの賞味期限の表示カードの裏のたまごの話だったりしています。
ガシガシやって生産できる絶対量は決まっています。だったらそれをあれこれして伝えてみようかと。
下手は下手なり、農夫は農夫なりなんですけど、どうやったらおもしろくなるかなぁ、というふうに今度は考えます。
幸いなことに「おもしろい」友人・知人・先輩・大先輩に知り合えた一年でした。
知恵を借りながら、おもしろい農場にしていきます。
見ててください。
ある朝、また道路端の畑でいつもと同じガシガシ腰を曲げ地面をかいていると、見慣れぬ白人が小走りで近寄ってくる。
気配を感じ、腰を起こし顔をあげる。
「グッモーニン」「グッモーニン」と声を返すと、その男は俺の顔を確認し、また小走りで去っていった。
俺はそのまま何もなかったかのように仕事を続ける。
見なくてももうわかる。
さっきまで俺のうしろでガシガシしていた12人の男達は、蜘蛛の子を散らすように散らばり、今、トマトの木の薮にしゃがみ、トウモロコシ畑の畦に寝そべり、潅漑用のパイプに潜り込んでいるのを。
息を殺し、ドキドキしながらいいオジサンたちが本気の必死のかくれんぼをしていることを。
そしてそのうち何人かがつかまり、国境の向こうまで連れていかれるのを。
(その白人男性は移民官。男達は不法入国しているのだ。)
夕方、仕事を終え、彼らが寝泊まりしている小屋のホセさんに声をかけてみる。
「どう?」
「サトサン、この時期は2週間だな。しばらく忙しくなるね。」
とウィンクをしてみせる。
へっ?! 2週間するとまた彼らは戻ってくるんだってさ!
(今回一部フィクションです。)