「はい。いいかい、いくよー。GO! そっちそっち!追っておってー!」
夕暮れ遅く、もう暗くなる頃。鶏小屋の裏の薮に分け入り、ガサゴソバキボキ、森へ走り抜ける。
このところ、ずっと鶏小屋に悪戯をしかけてくるキツネがいる。
それをうちの番犬と追いかける。うしろからはげましながら。
「この前私がたまご買いにいったときはM ちゃんお腹見せて昼寝したままでしたよぉ。」
普段は農場の入口あたりにつながっているこの犬 M は人間・とりわけ女の人にはなんの警戒心もなく、誰がきてもノホホンとしていて、ひどいときにはお腹を見せて寝たままだったりしているらしい。
それでいいのか?M。
いまから4年半ほど前、この犬は甲府盆地の下の方、玉穂町の山梨県動物愛護センターからやって来た。
動物愛護センターは、甲府のゴミ処理場や畜産試験場がある笛吹川沿いの一角にあり、山梨県内の野犬や野良猫その他いろいろの動物が集まってくるところだ。
その数年前、3匹いた鶏小屋の番犬が年を取って死んでしまい、何年かブランクがあった。
やはり農場には番犬がいないと・・ということで、いろいろと考え、そこに行ってみることにした。
月に何回かの指定された「犬の日」に行ってみた。
犬の飼い方教室を受け、センターに集まって来る動物の状況の説明などがあり、それから犬と対面。
天気も良く、センターの芝生の中庭に10頭ほどサークルのなかに子犬中犬成犬がいた。
譲渡(という呼び方をしていたな)にあたり直接応対してくれた女性職員の方に「ちょっとゆっくり触っててていいですか?」と尋ね、しゃがみ込んでゆーっくりさわってみる。
さすがに3匹延べ40年以上も飼っていたことになるから、少しさわっていると犬の性格もわかる。こいつは元気だ、やんちゃだな。こいつは我が強い。この子はどうかな。
その中に一匹、耳が垂れたいかにも雑種、生後2ヶ月程の犬がいた。
さわっているとやさしい子だった。係りの人もさりげなくだけど強力にその子を推している。
「この子、性格いいですよね。」と俺。
それにしても。犬だかネコだかの毛だらけの、爪でひっかいたあとでボロッボロのトレーナーを着ているこの女性職員、ホント直接作業をしている現場の人なんだナァ。
明るく楽しそうに説明してくれるのだけれど、どこかとても落ち着いた感じがするのは、年間千頭以上ここで窒息死させているからなのだと思う。隣のゴミ処理場に死体を運ぶのもきっと彼女の仕事の範囲だろう。
「今日はちょっと見てくるだけだから。」
そう言って出かけた帰りの軽トラの助手席に、耳の垂れた子犬が乗っていた。
あれから4年半。毎朝毎晩散歩をし、ボールで遊び、ブラシをかけ、仕事場でいっしょに時間を過ごし、気持ちを重ねた分、いろいろとやってくれるようになった。
大事なもの(にわとり)は守ってくれるし、こうしていっしょに追いかけてくれる。
なんとも不思議な動物だ。
「おーい、もういいぞー、帰ろー。」
森の奥まで追い返す。明け方、夕方、何日か続けるとキツネの気配も鶏舎から消えていく。
よしよし。にわとりたちも落ち着いてきたぞ。