山梨県立科学館の水槽にウーパールーパーという両生類が飼われている。
ウーパールーパーと言われてわかる人はもう少ないだろうけど、ひと昔前「世界の変わった動物」みたいなことで、エリマキトカゲなんてのと前後して流行った水棲動物だ。
元は、昔私がいたメキシコのソチミルコという沼地に生息しているぬるぬるぬぺっとした両生類。
メキシコでは時々方向を失った。
小さい頃からわりあいどこに行っても東西南北がわかり迷ったことがなかった。地図も好きだった。
だから大丈夫、という自負があったのだけれど、赤道近くのメキシコでは、まっすぐに登ってくる太陽が東寄りなのか西寄りなのか南中なのかがわからなくて方向を失った。
結局、いる間じゅう、地図と実際がつながらなかった。
ある日、会社の帰りに一人で車を運転しているとひどい雨になった。
社会基盤が弱い国だから、こういうことがあるとすぐに停電になった。
もともとアステカの昔から湖を埋め立てて都市にしてきたところだから水はけが悪い。
ちょっと強い雨が降ると道路が水浸しになった。
まいったな。
まっ暗の中、車のライトをたよりにゆるゆる走っていると角々に男達が出てきて、この先行けないから迂回しろと誘導する。その次の曲がり角も、その次も。
ここの人たちは陽気で親切だから、一生懸命誘導してくれる。
あっちだこっちだあっちだこっちだあっちだこっちだ。どっち?
それでもって、ここの人たちは陽気で親切でいいかげんだもんだから、わかんなくなっちゃった。
その水がはけていく先がソチミルコ。
水路巡りの観光地になっている。ペンキのはげた船乗り場があってチープな土産物屋があって、流しのマリアッチのバンドがたむろしてる。
そのちょっとドブ臭い沼地にウーパールーパーが潜んでいる。
科学館のそれとは似てもにつかぬ原色のウーパールーパーがエサはないかとうごめいている。
暑い夏。まっすぐ登ってくる太陽の下で作業をしているとそんなことを思い出した。
ご自愛下さい。