プロローグ
名古屋グランパスエイトなるサッカーチームの優勝をいつまで信じていたかなんてことはたわいのない世間話にもならないくらいどうでもいいような話だが、それまで俺がいつまでリーグ制覇などという想像上のヨタを信じていたかと言うとこれは確信を持って言えるが最初からあまり信じてなどいなかった。
毎年シーズン前になると手塚治虫の火の鳥のように知らぬ間に蘇り発信される「今年こそ優勝!」などというメッセージなんて嘘っぱちだと理解していたし、記憶をたどると実の選手たちも実現するとはちっとも思っていないような口ぶりで答えていたように思う。
そんなこんなで実際に選手の知り合いが個人的にいてインサイダー情報を聞き出したわけでもないのに、名古屋優勝なんて、W杯の開幕前の「日本は最低決勝トーナメント進出!」的なお約束スローガンだろ?と疑っていた賢しい俺なのだが、優勝に向けて選手・スタッフ・サポーターが一丸となって全力で心から信じて戦うチームは名古屋には存在しないのだということに気付いたのは相当後になってからだった。
いや本当は気付いていたのだろう。ただ気付きたくなかっただけなのだ。俺は心の底から、何かの間違いで上位チームが揃って勝ち点剥奪でも、サカつくの光プレーが何故か毎試合発動でも、「10個買ったペコちゃん焼きの中身をみたら全部ポコちゃんだった!」くらいのツキまくりでも、いやとにかく何でもいいから勝ち点を積み上げ、目の前で優勝してくれることを望んでいたのだ。
しかし現実ってのは意外と厳しい。
実際のところ、優勝争いですらまるっきり皆無だったし、光プレーなんてゲーム画面でしか見た覚えがないし、審判はPKの代わりにカードを毎試合律儀に進呈してくれるし、オウンゴールで勝っちゃったなんて間違いもそうそうおこらない。
いつぞやか「中位力」なるレッテルが貼られ、今ではサポーターのみならず当の選手たちでさえ「プリングルスはサワークリームオニオンがやっぱ一番!」並みの歴史的かつ普遍的な事実として信じて疑わない始末だ。
Jリーグの神の見えざる手が進化論ならぬインテリジェント・デザインにおける偉大なる知性くらいよく出来ていることに感心しつつ自嘲しつつ、いつしか俺はファンクラブの課金も止め、負け試合をみるために新幹線で往復することもなくなっていた。優勝なんてできるワケねー・・・でもちょっとは優勝争いに絡んで欲しい、みたいな最大公約数的なことを考えるくらいにまで俺も成長したのさ。
ドリームキャストを卒業する頃には、俺はもうそんなガキな夢を見ることからも卒業して、この世の普通さにも慣れていた。一縷の期待を掛けていた一九九六年にも優勝するわけでもなかったしな。二十一世紀になってもまだ相も変わらず中位〜下位をぶらぶらしているし、俺が生きてる間にリーグ制覇ってのもこのぶんじゃなさそうだ。
そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺はたいした感慨もなく、残り一つだった崎陽軒のシューマイ弁当を買い、スタジアムに入った。
「ん?」
デジャプっぽい感覚が偏頭痛のように登場した。ここに来るのは久しぶりのはずなのに、つい最近来たような気がする。2階席にたどり着くまでの果てしない階段やいつ使ってるのかさっぱり分からない陸上のトラックを見たことがあるようなないような・・・。
俺はそんな疑念を振り払うかのように、素早くマイシートを確保し、オーロラビジョンに映し出されている前節の試合のダイジェストのチェックもそこそこに、弁当の紐をほどき、シューマイをパクつき始めた。シューマイを二つ食った時点で飲み物がないことに気付き、コンマ3秒ほど考えたが、気を取り直して三つ目のシューマイに箸を伸ばす。
「まあいつもの試合に変わりはないよ。勝っても負けても面白おかしく楽しんだが勝ちだね」 そんな声が後ろから聞こえてくる。まあそれが正解だな。いちいち負けるたびに目くじらを立てて罵声を浴びせるだのブーイングだのバスを取り囲んでだのやってたら正直身が持たないし、心の方はもっと持たないぜ。そのくらいは分かる大人の域に俺も達しているってもんだぜ。さて今日もせいぜい楽しませてもらいましょうか。
試合開始が近づくにつれスタジアムの客席も徐々に埋まり始め、スタメン発表などが行われ、無理に盛り上げようとしているスタジアムDJらしき声も場内に大きく響いている。
後から振り返ると、確かにその試合はシーズンで数ある試合のうちの一試合にすぎなかったし、両チームのゴール裏が自チーム紹介時に懸命にコールをし、相手チームのスタメン発表にはブーイングを飛ばすのもいつも見慣れた光景だったし、いきなり見も知らぬ新外国人選手が意表をついてピッチに出現することもないし、ユーゴユニを着たピクシーが目の前に現れることもない。そう、全くいつも通りのはずだった。ただ一つを除いて。
「ピーーーーー」
主審の合図でキックオフ。いつものように前線にロングボール。相手DFが巧みにトラップしてマイボールとし、素早くサイドに展開。・・・まったくいつまでたってもアイツらは進歩がないよなあ。たまには開始10秒で点とって驚かせてみろってんだ。と俺はブツブツ言いつつも、内心では結構楽しんでたりする。
優勝だあ?チャンピオンズリーグだあ?
うるせえ。そんなもんじゃねえ。
確かに強豪チームで優勝の常連、勝って当然、毎節美酒で年中酔っ払いなんてチームは魅力的だが、それは俺の知っている名古屋ではない。そう、なんだかんだ言って今のチームが楽しいに決まってる。俺は「今」の名古屋が気に入っている。そうでもしないと10年以上も見守ってきた俺の時間がすべて無駄に担ってしまうじゃないか。万年中位でふらふらしていようが、腐っても一応一部リーグだし、たまに狂ったように補強をして裏目に出るのも、いい外国人がいても勝てないくせに、たまに首位チームに一泡吹かせたり、親切に下位チームに勝ち点を献上したりする、そんなチームを俺は気に入ってるのさ。
そんなことを頭の片隅でぼんやり考えている俺の耳に、キックオフ直後のスタジアムDJのさらに勇ましい声がこだまする。
「
2007年Jリーグ入れ替え戦。名古屋グランパスエイト対○○○○○○○、キックオフ!我らがグランパスの残留には5点差以上での勝利が必須条件です。皆さん力を合わせて・・・」

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