幼年時代の二夏をここで過ごした。毎朝、カッコウの声で目が覚め、夕、ひぐらしの声で食卓を囲んだ。デッキの籐の安楽椅子に揺られてうとうととひとときを過ごし、万平ホテルまで祖母や従兄弟たちと散歩に出かけた。道行く婦人は当時都会でも珍しいショートパンツ姿、とくに華やいだ風もなく、当たり前の風景で短い避暑地の夏は過ぎ去って行った。
今どきの軽薄で商魂溢れる旧軽井沢銀座などは見たくもなかったが、近くまで来て懐かしさに、ふと、思い立ち、かつての思い出の地を訪れてみた。
驚愕だった。旧軽井沢の「軽井沢倶楽部」テニスコート付近。まさかの思いに応えるかのように、無惨に朽ち果てながらもその家はまだ残っていた。周囲の瀟洒な建物と極端な違和感を醸し出しつつ、建っていた。あの頃の明るい陽光と白樺の林はどこに行ったのだろうか。暗い林の中にみすぼらしく建たずむ廃屋となった思い出の家を眺めながら涙が頬を伝わるのを感じた。

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