ううん、また恋をしてしまった。ぽつぽつぽつぽつ呟きながら嵐のなかを往く私の杖には毒針が仕込んであるのだが多分未だ誰も気付いていない。夏の嵐、風のなかに毒が有る。湿った雨の予感のなかを、揺れる葉音と電気蚯蚓たちの鳴き声に送られつつよちよちよちよち歩き続けてふらりと立ち寄る店口に暖簾。定食屋とショット・バーの間の子といった風情の奇妙な店。とても素人には発音出来ないような名前がついているその店のその店口に佇んで、案内されるままに私はカウンターに腰掛ける。おやおや一番乗りだね、と軽口と微笑み。愛想笑いで迎えてくれてとても幸福だ、幸福ですよ、外は嵐だけれども。
やおらメニューを出されるので検分してみるがこれもまたとても素人には発音出来ないようなものばかりが並んでいて、困り果てて私はカウンターの内に居る主人に話し掛けてみるよ、
『シャンディ・ガフを呉れないか』カウンターの内で主人答えて、『合い済みません、シャンガフは置いて無いんですが』
シャンガフ?っていうのかな、こういう店ではそういうんだな、『あ、そう。じゃぁビールのジンジャー・エール割りは有るかい?』カウンターの内で主人再び答えて、『へい蓙います、悄々お待ちを』
ああ、良かった、飲みたい、と思ってたものが飲める事はとても幸福な事だな、と思って暫く待つと『塀お待ち、』と主人がアサヒスーパードライの大瓶とカナダドライジンジャーエールの355ml缶をカウンター越しに至極丁寧に置いてよこして、私はそれらを瓶と缶から直接口に含んでは口腔にて仮想カクテルを楽しんで、それがまたとても美味で、美味で、美味で、
もう何も言う事は無い。早くこの街から出て行きたい。ここは地獄だ。えっ?これさっき言ったって?そうだっけ。