2013/11/3 | 投稿者: losthouse


2013年10月27日、ルー・リードが71歳で逝った。

ルー・リードが居なければ、あの音楽とあの言葉が無かったら、僕はいろんな理由でもうとっくに死んでいて、彼は文字通り人生の恩人だった。

この備忘録の前身であるサイトには、何度かルー・リードの歌詞を僕が使う言葉に置き換えて掲載していた。
それらをここに再掲することで、感謝と哀悼の意を表したい。

ありがとうルー。



「超訳 Who am I ? (Tripitena's song)」

時々自分が誰なのかわからなくなる
世界が私を追いこしてゆく
あの若者たちも年老いて行く
私はあとどれくらい生きられるのか それを想って

鏡の中の顔を見つめる
幾本もの皺が刻まれ
それはあなたを愛した記憶の数々
思考を2つに引き裂くあの熱情

私は想いに沈み 止まらない
過去の記憶がよろこびを奪い
少しの希望だけを追いつづけて
そして現実に直面する

時々自分が誰なのかわからなくなる
木をつくったのは誰なのか、空をつくったのは誰なのか
嵐をつくったのは誰なのか、心の傷をつくったのは誰なのか
私はあとどれくらい生きられるのか

在り得ない世界を思い 夢みるのが好き
呼吸のために空気が要るのが嫌い
この身体を捨てて 自由になりたい

神秘の子のように空に浮かびたい
飛び交う天使にキスをおくりたい
私は生きることの不思議を解き明かしたい
誰かの喉を切り裂いたり 心臓をえぐり出したりして

あなたはその鼓動をじっと見つめて
私がすでに死んでいることをあなたは知っているけれど
あなたは私の脚を抱いていてくれる

あなたの腕から死骸が崩れ
そんな想像は過ちでしょうか
なぜ私たちには記憶が与えられたのか
いざ心を捨て、自由に解き放たれる

時々自分が誰なのかわからなくなる
世界が私を追いこしてゆく
あの若者たちも年老いて行く
私はあとどれくらい生きられるのか 

このすべてを始めたのは誰なのか
裏切りを行う者のもとにキスを与えた神か
不信の愛は私たちを旅立たせる、裏切り者のもとへ
裏切りを行う者のもとへ
私たちを旅立たせる神なき愛



「超訳 Ecstasy」

みんな君をエクスタシーと呼ぶ
君には何もくっつかないんだ
ベルクロでもスコッチ・テープでも
僕の腕を糊に浸してみても
ナイロンで僕の全身をくるんでみても駄目
背中にガムテープを一枚貼って
愛が弓矢で十二人を貫いた
そして僕は君をもう取り戻せない
エクスタシー

通りの向こうにフォードが一台
みんなが車輪やエンジンを盗っていったあとだ
シートの上に箱が置かれてて
『さよならチャーリー、本当にありがとう』とメモが有る
よだれ掛けを着けた赤ん坊を窓の中に見て
僕は僕等がやろうとしていた事や何かを思い出す
ハドソンの流れが灯を映し
夜の自由の女神像を船は通り過ぎる

僕を聖アイボリーと呼ぶ人や
聖モーリスと呼ぶ人もいる
石膏並みに滑らかな僕
頬には白い血管が浮き出し
眉のあいだに巨大な鋲が打ってある
腕には傷が有って『ナワバリ』って書いてあるみたい
君の名前を刺青にしたよ
みんな君をエクスタシーと呼ぶ

月は雲を抜け
天を仰いだ身体が群集の上を運ばれて行く
僕は何も出来なかったあの頃を思い出す
僕は君を抱けなかった、僕は君になれなかった
みんな君をエクスタシーと呼ぶ
僕は君を抱き下ろせなかったし、僕は君を抱き上げられなかった
まるで、今日見つけたラジオもエンジンもフードも無いあの車のような気分だよ
カフェーに行こう、そこには音楽がある
音楽がかかってる筈だと僕は信じてる
僕等が別れるとき、僕の心臓の真上に新しい傷が出来るんだ
そして僕はそれをエクスタシーと呼ぼう

エクスタシー、エクスタシー



「超訳 Sally Can't Dance」

サリーはフロアで踊ってたのですが
もう踊れないわと言い残し
セント・マークス・プレイスを歩いて
僕のところでナチュラル・フードを食べるのです

でもサリーは今踊れない
床から立ち上がれもしない
サリーはもう踊れない
彼女はフォードのトランクの中に詰められてたから
もう2度と踊れないのです

サリーの面目丸つぶれ
家賃が月に80ドルの
セント・マークス・プレイスのアパートを借りて
大層楽しくやってましたが

でもサリーは今踊れない
methを大量に服用したせいで
床から立ち上がれもしない
もうサリーは2度と踊れないのです

 彼女は僕の近所の奴で
 一番早くに絞り染めのズボンを履いた娘でした
 ジーパンに花のペイントがしてあるのを
 初めて見たのも彼女のズボンでした
 僕の知ってる女のなかで
 初めてトンプキンス・スクエアでレイプされたのも
 彼女でした
 今では彼女はナポレオン気取りで
 剣を持って男の子たちを食い物にして

サリーはモデルで成功して
豪奢なアパートに引っ越しました
よくフォーク・シンガーどもを集めては
そこで騒いでいたものです

彼女の知り合いは本当に素敵で正しい人達で
Les Jardinに出向いては
彼女はピカソの非合法な情婦と踊り
ケネス・レーンのジュエリーを着けて
それは本当にクズっぽかったんです

でもサリーは今踊れない
床から立ち上がれもしない
サリーはもう踊れない
ああ、もう2度と踊れないのです



「超訳 Sweet Jane」

角のところに立っている
スーツ・ケースを手に持って
ジャックはコルセット、ジェーンはヴェストに身を包み
僕はロックンロール・バンドに身を置いて
ジムはスタッツ・ベアキャットに乗っていた
そう、いまとはまるで違う時代
詩人たちはみんな韻律を学んでいたし
女たちは目を丸くしていた

ジャックは銀行員で
ジェーンは事務員
二人で貯金に勤しみ
仕事が終わって家に帰ると
暖炉の側でラジオを聞く
「木の兵隊の行進」とかそういうの
君もジャックが語る言葉が聞こえるだろう

素敵なジェーン
可愛いジェーン

外へ踊りに出掛けるひとたちも居るし
働いているひとたちも居る
ろくでもない母親たちが
この世の全てはクズだと吹き込む
女たちは本当に気絶しているわけじゃないし
悪人たちはいつもまばたきばかりするし
恥を知っているのは子供たちだけだし
そして人生はただ死に向かっているだけだ
でもほんとうに心あるひとたちは
背中を向けたりぶち壊しにしたりはしない
役割を果たしているひとたちは
背中を向けたり憎しみをつのらせたりはしない

素敵なジェーン
可愛いジェーン


クリックすると元のサイズで表示します

2010/5/21 | 投稿者: losthouse

あたらしい歌詞を書いた。



『人類皆殺し』


雨の中を女のスカートに火を着けてまわるジェイムズ・グラハム・バラード
過去をすべて狂ったメスでばらばらに切り刻んでは涙ぐむ


僕等のみる夢が
あなたのみる夢をすりかえる



錆びて壊れたリボルバーを手に街をうろつくトマス・マイケル・ディッシュ
誰か撃ち殺したいけど誰も居ないので仕方が無いから自分を撃ち殺す


僕等のみる夢が
あなたのみる夢をすりかえる

僕等の望んだ世界が
あなたの背後に忍び寄る







2010/2/20 | 投稿者: losthouse

オフィス街にただ一軒の牛丼屋。ランチタイムの店内は満席である。

それでも、次から次へと入店して来る男たち。券売機で食券を買い、それを握り締めたまま、カウンタの背後にずらりと列をつくる。先にカウンタで牛丼にありついている他の誰かが、食べ終えて椅子を空けるのを待っているのだ。

そんなカウンタで悠然とビールを飲む、労務者風の男がひとり。顔は真っ赤に上気していて、男の前にはビールの空き缶が既に三本も並んでいる。

男がつまみとして注文していた牛皿は、もう食べ終えてしまっているのだが、牛丼屋のテーブルには必ず無料で置いてある紅生姜が、いまは大量にその皿の上に乗せられていて、男は箸で紅生姜を器用に一本ずつ掴み、くちゃくちゃと噛みしめては、ビールで流し込んでいる。

ぶはー、と酒臭い息を吐き、男がやおら席を立ったので、背後に居たスーツ姿の若者が、自分の番かと思って空いた椅子に座ろうとすると、男は「あ、まだよ。まだ!」と言って若者を制してから、ゆっくりと歩いて入口の券売機へ行き、ビールの食券をもう一枚買って戻って来るのだった。「ぐへへ」とか笑いながら。

そういうひとにわたしはなりたい。





2008/11/7 | 投稿者: losthouse

新曲の歌詞を書いた。


『タンク・タンクロー』


ドアの向こう ひしめく奴等に
戦車の形態模写で立ち向かうあなたは

行こう 天使のアジトへ
ドアの向こうに身を投げて
いつもありふれた狂気を売り買い
羽根をむしり合う しもべが迎える


神の力 愛の気高さが
手頃なドブ河にあなたを突き落とす

行こう 天使のアジトへ
ドアの向こうに身を投げて
いつもありふれた憎悪を売り買い
腹を殴り合う しもべが迎える


裏切られて 苦渋にまみれて
戦車になった夢を見続けるあなたは

行こう 天使のアジトへ
ドアの向こうに身を投げて
いつもありふれた殺意を売り買い
嘘で騙し合う しもべが迎え

2008/3/9 | 投稿者: losthouse

もう何年も前の不燃ゴミの日に、サミットの袋に入れてぐるぐるに縛って廃棄した筈の誰かの魂が、巡り巡って奇跡的な確率でまた僕のところに戻って来る。

隣で寝息を立てている美しい魂。
置物のペンギンが西新宿でエロDVDを買っていて、それがいずれも巨乳ものである、というような夢をみて笑っている。

もう何年も前から変わらないものを数えては、変わらないものの数の多さに歓び疲れて眠ってしまったのだ。

五百年後の約束が、実は五百年前から果たされているという考え方。
安いおもちゃのマーチング・バンドが電子音で奏でた行進曲のひとくさりを、鼻歌で再現して永遠にうたい続けながら五百年間とどきますようにと、時間や距離や科学を超えて、僕等はものすごいスピードで約束を守ったのだった。

つぼみと花びら。コーン・フレークのまきびし。
つぼみが開いたその時刻に、花を散らさずそっと近付く。
コーン・フレークを靴で踏み、ぱきっと割れて床が汚れて、このままだと敵に侵入経路を気付かれてしまう。

というような夢をみながら、そして時刻が深夜になると、僕と誰かの魂は入れ替わってしまってもうどっちがどっちでどっちがどっちか。

2007/12/31 | 投稿者: losthouse

近所のドン・キホーテに行ったら、パティ・スミスがあきたこまちの20キログラム袋を重そうに抱えて歩いていて、ああ、パティ・スミスも米とか買うんだなぁ、カレーとか喰いそうだもんなぁ、って思っていたら、もう10年以上会っていないむかしの友だちに背中のほうから声をかけられて、やぁ久しぶり、って握手して、近くのファミレスでお茶でも、って行ったんだけど、顔は全然変わってないのに、むかしは野球帽を被ってジーンズとTシャツだった彼が、今ではテーラードのスーツをぱりっと着ていて、昔話をする中にも時折混じる「いまの会社でも」とか「俺の会社でも」とかそんな台詞が気になって、「で、いま何してるの?」って聞くと、「あれ、コバちゃんから聞いてない?」とか言われて、そもそもコバちゃんなんてひとを知らないので、「聞いてない」って言うと、なんでも会社をふたつも経営していて、そのひとつはハーブティーの輸入販売店とかで、むかしはマリファナばかり吸っていた男がハーブティーとは出来過ぎでいて似合わない、なんて滑稽な世の中だ、「で、君はいま何してるの?」って聞かれても、「なーんもぉ」と答えて、右手をぐるぐる回しながら店を出ようとしたら、レジんとこにあるおもちゃの棚に足を引っ掛けて血を流し、ぬいぐるみやミニカーが腕や脚にからみついて噛み付いて僕の生き血を啜るので、尚も涙を流しながら「よいお年を!」と叫んで今年が終わった。

2007/12/24 | 投稿者: losthouse

いまはもう疎遠になってしまった知人がむかし、どんなに不幸なときでもそれがクリスマスなら街を歩くだけで救われる、というような事を言っていて、冗談だろ、ざけんなよ、そんな気持ち悪い顔でそんな気持ち悪い事言うな変態、って言うと、冗談じゃない、ざけてもいない、そんなに気持ち悪い顔でもない、デパートのイルミネーションやケーキ売りの呼び声だけで、それだけで彼はとっても幸福になれるのだと言った。だからおらぁクリスマスだいすきだぁ、とも。

そんな彼の事を突然思い出したのは、クリスマス・ムード真っ只中の新宿を友だちと歩いていたからで、別段幸福なわけでも不幸なわけでもない、タワーレコードでも行くぅ?って何の気無しに歩いていただけなのに、突如訪れる無敵感、躁状態。
救世軍のトランペットやら街行くアベックやら酔っ払いやら托鉢僧やらひっきりなしにスピーカーから流れる鐘の音などを目にし耳にしているうちに、なんだか凄まじく楽しくなってきて、よし、今夜は僕の驕りだ、ついてこい、つって高級ホテルの最上階にあるいやらしいバーに行って1杯1600円のマティーニとかをしこたま飲んで、これは随分飲み易いね、おかわり、って言い続けて酔うまで飲んで、俺は無敵、愛しているぜ、メリークリスマス、とか言い出して、「病気なんじゃないの?」とも言われたが気にしない。あ、お支払いはカードで。何故なら金を持っていないから。

で、もうちょっと落ち着いて飲み直そうか、ということになって24時間営業のスーパーマーケットに買い出しに行くと、店内が異様な緊張感に包まれていて、何かと思えば胸の前に葱やらメロンやら毛蟹やらを抱えた初老の男性が、「ロクちゃん、ロクぅ!カゴもってこいよ!重いんだよ!」って怒声を発していて、ロクと呼ばれた小柄な老女がはいはい、って小さな声で言って店の入り口までカゴを取りに歩いて行く。ロクちゃんがカゴを取りに行っている間も男性の怒号は止まず、しかしそれはロクちゃんに対してというわけでもなく、どうやらこのスーパーに入る前に行っていた居酒屋で不愉快な思いをしたらしく、「もうあんな店二度と行かねぇ、ぶっ殺す、中野の街自体がもういやだ、二度と行かない」等とずうっとぶつぶつやっていて、ロクちゃんがカゴを持って来て必死になだめるのだけれど、「フグ、フグは?フグ喰いてぇ」とか叫び出すものだから、平和なクリスマスを過ごすその他の買い物客は、ひどく緊張を強いられてみんな顔面が硬直している。

「ほら他のお客さんいるから、どうしたの?もう帰ろう、ねぇ?」
「ああいやだ、二度と行かねぇ、金は要らないからもう帰れ、なんて言いやがった。中野なんて大っ嫌いだ、フグ、フグ。あぁっ!タクシー代は?ロクちゃんタクシー代は?!」
「払った払った。払ったから。もう帰ろう、ね?」
「ああ腹立つ。中野。フグ。金は要らないから帰ってくれ、なんて。ああカゴが重い」

ああ、こうして僕が今日一日、無敵の幸福感を満喫してしまったばかりに、この世にまた不幸なひとがひとり増えてしまった。
いったい何がほんとうの幸いなのかわかりません。

尚もぶつぶつ続けている男性とロクちゃんを店内に置き去りにして、僕はシャンパンと生ハムをぶら下げて帰り路。「ボクはキミをロクちゃんみたいには絶対扱わないよ」と気障な声で彼女に囁き、彼女も応えて「きもちわりぃ、寄るな変態」って言って大いに笑った。インエクセルシスデオ。

2007/10/19 | 投稿者: losthouse

レイプする人がいたりレイプされる人がいたり、幼児をバラバラにする人がいたりバラバラにされる幼児がいたり、そんな現実の中でレイプするわけでもレイプされるわけでも幼児をバラバラにするわけでも幼児であるわけでも無い彼のような人間にとって、小学校に入学して直ぐの頃、午後の陽光に照らされた図書室の風景がことあるごとに思い出されるというのは、一冊の絵本がそこに有ったからだった。

それは表紙からページからすべてが真っ黒な絵本で、黒い帽子を被り黒い服を着た少年と黒猫が主人公で、両親が出掛けたあとの家の中を、少年と黒猫が歩き回る話だった。家には今までみた事の無かった部屋が沢山あって、ルソーのジャングルのような部屋とか、「昨日会った人と明日会う人が待機してる部屋」とか、迷路のような部屋の数々を旅する謎めいた絵本だった。
なんでそんな絵本が図書室に有ったのか解らないけど、その黒いページに描かれた何処となく陰気で禍々しい絵の数々に彼はすっかり夢中になってしまって、七歳くらいで転校してしまうまで、放課後毎日のように図書室に通っては、その絵本を眺めていたのだ。

それっきり忘れていた筈なのに、何がきっかけだったのか、ふと記憶が甦ったのは彼が二十歳くらいの時だった。
あの黒い絵本をもう一度読みたいと思ったけれど、物語や画面は克明に覚えているのに、肝心なタイトルや作者の名前がさっぱりわからない。学校の図書室に有ったくらいだから有名な本なのかな、と思って、少し詳しそうな人に訊いてみてもまるで見当がつかなかった。

二十五歳を過ぎた頃、彼は焼子という女性と暮らすようになった。焼子は絵本を書いて自費出版していて、ささやかな絵本のコレクションも所有していたが、その中に彼の黒い絵本は含まれていなかった。彼は記憶の中に浮かぶ絵を真似して描いてみたりして、こんな絵本を知らないだろうか、と出会った頃の焼子に訊ねたことがあるが、絵が拙かったのか、彼女は何も答えてはくれなかった。
スパゲッティの茹で加減とか、化粧水の蓋をきちんと閉めないとか、換気扇の掃除をどちらがするかとか、浮気をしたかしないかとか、色んな事情が重なって焼子とは長く続かなかった。

三十歳を過ぎた頃、時間潰しに入った喫茶店で、彼は重大な発見をする。
喫茶店の書棚にあった今江祥智の昔の著作、日本の絵本作家を紹介する評論集を何の気無しにぱらぱらとめくっていると、ページの端に描かれたカットに目が吸い寄せられた。つばの広い帽子を目深に被った、暗い陰を背負った少女が立っている。あの黒い絵本の主人公と同じ暗さで、同じ角度で立っている。
ひょっとして、と思い更にページをめくると、そのカットを描いた画家は上野紀子という人だと解った。上野紀子は中江嘉男という人と共作で何冊もの絵本を出版しているらしく、その中には「ねずみくんのチョッキ」のようなメジャーなものから、シュールレアリスムに影響された自費出版のものまで、多岐に渡っているらしい。

まさか「ねずみくんのチョッキ」と同じ人が描いているとは俄には信じられなかったが、これは間違いないと思った。彼はその日走るようにして家に帰ると、インターネットで上野紀子の名前を検索してみたのだ。

出た。あった。間違いない。これだ。この人たちが書いたのがあの黒い絵本だ。

そして、あの黒い絵本は、
クリックすると元のサイズで表示します
「扉の国」というタイトルだった。

「扉の国」は勿論既に絶版だったが、更にインターネットで調べてみると、通信販売で売っている古書店があった。だいぶプレミアの付いた値段だったのだけれど、彼はなんの迷いも無く即座に購入した。

更に「扉の国のチコ」という、まるで「扉の国」の続編のような新刊も出ていることを知り、こちらは次の日に書店で購入した。

二十数年の時を越え、彼は真っ黒なページをめくる。帽子で瞳を隠した少年と少女が、部屋から部屋へ、ページからページへ、時を跨いで行きつ戻りつしている。
毎日のように読んでいた小学生の頃には、この後姿の老人が瀧口修造だったなんて知る由も無かった。「これだよ、これが前に話してた本だよ」と言って焼子にも見せてやりたいと思ったが、彼女は去年肺癌で死んだと人伝てに聞いた。

2007/6/23 | 投稿者: losthouse

新曲。とはいえ曲は未完成。


「ロスト・ワールド」

車に轢かれたひとのポケットの中をみて
ほんの少し話のタネにでもなればと言う
会ったことも無いひとが車道から手を振って
会ったことの有るふりをしてくれるひとを待つ

焼かれる花の匂い 讃える勇ましいうた
君は錆びた自転車を戦車に見立てて
走りながら目を閉じて
砂漠を渡る景色の夢をみてる

世界中が君だけを取り残して旅に出る
高架線の上で電車が止まり傾いている
会ったことも無いひとが車窓から手を振って
どんなにひとりぼっちでも大丈夫と言う

焼かれる花の匂い 讃える勇ましいうた
地雷を踏んではじけとぶとき
懐かしい夢をみて
いないはずのひとの名前を呼ばう

君のみる夢が世界をこんなにも堕落させた



2007/3/23 | 投稿者: losthouse

妻が自宅で病死してから早や三年。
朝は死体に服を着せたり化粧をしたり、夜は着せた服を脱がしたり化粧を落としたりして、江戸川乱歩や横溝正史の小説みたいにネクロフィリーと洒落こんで淋しく幸福な生活を送ってきたわけだけれども、不思議で仕方が無いのは三年も経っているのに妻の死体はちっとも腐敗が進行しない、ということで、その横顔には今もなお生きていた頃の面影が鮮やかに残っている。
といってもやっぱり最近ちょっと劣化して来たかな、と思うのは、夜寝床に入るときに顔を間近に見ると頬の辺りが一寸膨れたような印象が有り、水死体なんかが陸に上がると体全体がぶくぶくと膨らんでいて生前の面影は微塵も無いというような話を何処かで聞いたことがあるので、妻の死体もこのまま膨張して腐ってしまうのだろうか、とも思うのだが、その膨れた顔面は死んだ人間のそれでは無く、むしろ生きている人間が一生懸命呼吸を止めようとして頑張っているような感じで、ひょっとしたら本当は妻はまだ生きていて、息を止めて死んだふりをしているだけなんじゃないか、と思った僕は、ある夜蒲団のなかで妻の死体にいつものようにキスをして、そのまま死体の口に息を大量に吹き込んで悪戯してやったのだが、すると妻の死体はぶぷっ、と言って、息を喘がせながら蒲団の上に起き直ってけらけら笑い出したのだった。

妻の死体が笑い止むのをしばらく待っていた後で、笑うことが出来るのなら言葉も話せるのかな、と思って、「死んでなかったの?」と聞いたら「妹なんです」と答える。
どうやら妻には僕の知らない双子の妹が居たようで、彼女は妻が死んですぐに僕の家へ忍び込み、僕の目を盗んで妻の死体を埋葬したあとで代わりに自分が死体の役を引き受けることで、僕にその事実を知られないようにしていたらしい。
食事や排泄は僕がアルバイトに出掛けている間に全て済ませていたようで、三年もの間よくもそんな生活に耐えられたものだと思うが、そんなことよりも三年もの間僕がすっかり騙されていたことのほうが僕にとっては悔しくて堪らず、妻の妹は快活な口調で以上の経緯を語った挙句、「余計なことをしたのなら謝ります」と言ったのだけれど、いたたまれなくなって僕は彼女に一言も口をきかず、黙ってわざと向こうのほうを向いてやったり煙草を吸ったりしていても僕の気持ちはちっとも晴れずに、僕が愛していた妻の死体は、いや僕が愛していたと思った妻の死体と思ったものは実際には最初から存在すらしておらず、僕がみた幸福で淋しい風景はすべてまぼろし、大事にしまっていた物はすべてガラクタ、語った言葉はすべてうわごと、僕はすっかりセンチメンタルな気分になって、これが僕の青春の終わりだと考えた。

かつて部屋のなかに充満していた青春の大気は空虚な風に吹き流されて、リサイクル不能な不燃ごみだけが今僕の周囲に堆く積まれている。

想い出はすべてニセモノだった。




AutoPage最新お知らせ