家庭で出来る戦力外通告

2005/9/19 | 投稿者: losthouse

洗濯機の数に比して、乾燥機の数が少な過ぎるのだ。

洗濯機が洗濯を済ませる時間に比べて、乾燥機がドラム一杯に詰められた洗濯物を乾燥しきるまでの時間のほうがはるかに長いというのもいけない。
俺の桶から一番近いランドリーには丁度10台の洗濯機が設置されているのだが、それに比べて乾燥機はというとたったの2台しか無く、洗濯を済ませた奴等がいざ乾燥機へ洗濯物を放り込もうと思って乾燥機を見やると、2台どちらの乾燥機も稼働しており、誰かの洗濯物が熱風のドラムのなかでぶるんぶるん回っている間にも、順番を待つものたちが両手に下げた籠のなかに脱水したばかりの洗濯物を抱えて、煙草をふかしながら誰か別のやつに割り込まれないようにと目を光らせている。特に行列をつくるという訳でも無く、乾燥機の斜め前あたりに立って悠然としているのがまたかえって無気味だ。
いま乾燥機の周りにはつごう5人の男達が順番待ちで突っ立っているが、そうして待っている間にも洗濯機は素晴らしい効率で次々と洗濯を終えていくので、その度に洗濯機から洗濯物を取り出し、乾燥機が空くのを待つ奴等の数が増えて行く。順番待ちの棒立ち男たちが増えて行く。

俺たちには洗濯物を干す場所が無いのだ。

独身者用の桶アパートが立ち並び、大通りとコンビニエンスストアしか無いこの辺の地区に住んでいる俺たち独身者は皆そうだ。
年中天気は曇り空か雨降りなので、いくら完璧に脱水したところで、ただでさえ湿気の多い桶に干しっぱなしにしておけば洗濯物にはいっぺんに黴が生える。
かと言って、窓の一枚も無い桶暮らしでは、外にぶら下げて自然乾燥に任せるというわけにはいかないし、格好の空き地、例えば建設中の箱マンションの工事現場なんかに場所を見つけて洗濯物を干したとしても、独身者を目の敵にしている家庭自警団にびりびりに破かれて捨てられるか、虫犬に引きちぎられるかなにかしてしまうので、誰もそんなことをしない。
時折桶の独身者にも勇敢な、というより考えの無い馬鹿が居て、家族用の箱マンションの駐車場の塀やなにかにズボンやタオルを引っ掛けて、虫犬が近付かないようバルサを燃やして、昼から夜までずっと見張っているようなのが居るが、大体は家庭自警団に殴りまわされた挙句洗濯物もバルサと一緒に燃やされるか、箱マンションに住んでいる家族から警察へ通報されて連行されてしまう。

そして俺は、洗濯機が脱水を終了したのを確認すると、洗濯物を取り出して乾燥機の前を通り過ぎ、ランドリーの前に止めておいたバイクの前籠へとそれらを詰め込んだ。
煙草の煙で視界すら判然としないランドリーのなか、乾燥機の周辺に立ち尽くし、夜が来るまでに自分の順番が回って来るのかどうかもわからない悲しい男達を横目に見つつ、俺はペダルを踏み込んで走り出した。

今日はまだ雨は降っていない。あんな所で惚けた顔で、乾燥機の順番を待っているなんて俺にはとても耐えられない。それよりはこうしてバイクの籠に洗濯物を入れて、結構なスピードで走り回っていれば桶のなかに干すよりも少しは早く乾くだろうし、独身者用ランドリーの乾燥機はどこへ行ってもフル稼働だろうけれど、この地区から離れた所、独身者の数が少ない家族街なんかに行けばもしかしたら空きがあるかもしれない。俺は、浮き浮きした気分で大通りを走り抜けた。

2キロほど走ったところで、歩道いっぱいに家族連れが湧いたように溢れ始めて、邪魔くさいのでちりんちりんとベルを鳴らしながら、それでも避けようとしない家族たちに苛ついて、スピードを出して巧い事人垣を避けながら走り続けていると、赤い警棒を握り、家庭自警団の制服を着た男に止められた。
「すんませーん、お神輿とーりますんでー」頭の禿げ上がった中年の自警団の男が、軽薄な口調で言いながら俺のバイクの前籠をしっかりと両手で掴み、なおかつ少し左右に揺らすもんだから、俺はバランスを取れなくて右足と左足を交互に地面につけては慌ててしまう。自警団の男はそれを見て、馬鹿にしたようにへへへ、と笑った。
「お神輿?お祭りでもあるんですか」
「あるんですかって、あるんですかって、今日は家族祭の日なのでー、ありまーす」
酔っているのか、それとも馬鹿なのか、男は斜視の濁った目を空中に向けながら、甲高い声でそう言った。
男の背後、はるか前方に、20人ほどの屈強な男たちが、確かに神輿を担いでこちらへ進んで来ているのが見えた。しかしそのスピードは亀の歩みのように遅く、「あっそい、あっそい」と気合いを入れる声だけは立派なのだが、ちっとも進んでいない。
「ここは通行止めなんですか」
「いや、そーゆーわけじゃないけどー、お神輿とーったらとーれるんですけどー」
「じゃああれが通り過ぎるのを待てば通れますか」
「いや、そーゆーわけじゃなくてー、きょーはいっぱいお神輿でてるんでー」
「じゃあやっぱり今日は通行出来ないんですね」
「いや、そーゆーわけじゃないけどー、今日は家族祭の日なのでー」

「おい、おじさんが困ってるだろ。邪魔だからあっち行けよ」俺たちのやりとりを聞いていた家族の中年男が、俺の肩を掴んで言った。
男の周り、俺の周りにいる家族連れたちも、非難がましい視線を俺に向けている。
俺はむかついて、こいつら全員ぶん殴ってやろうかと思ったが、俺の肩を掴む中年男の体格は立派で背も高く、家庭自警団の男も馬鹿ではあるけど手にした警棒の威力は良く知っている。それに俺がここで騒ぎを起こしたらはるか前方で神輿を担いでいる20人ほどの屈強な男たちが黙っている筈は無く、怖いので俺はおとなしく大通りの隅から路地に入り、狭い路をのろのろと走って去った。

家族街へは随分と遠回りになるが、もともと目的があったわけでは無いから別に良い。俺は前籠の洗濯物に手を突っ込み、かき回してみたがまだまだ水気が多い。というよりもちっとも乾いていない。もっと風を切って進まなければ、それともどこか空いている独身者用ランドリーの乾燥機を探して突っ込まなければならない。
確かこの路地を向こう側へ抜ければ、幹線道路が走っている筈だ。あそこまで行けばもっとスピードを出して走ることが出来る。

そう思いながら狭い路地を進んでいると、またもや家族たちに前方を塞がれる。
狭い路の片側に、布を敷いて古着、アクセサリー、線香、自作の詩、似顔絵、ミニカー等を並べて売る露天商たちが何十人もずらりと並んでいて、それだけであれば片側は走行可能なのだけど、商品にかぶりつきの家族連れたちが道幅いっぱいになって露天商たちと値引きの相談や釣り銭の受け取りなんかをしているので、バイクが入る隙間が無い。

俺はまたもやベルをちりんちりんと鳴らし、「すんませーん、とーりまーす」と大きな声で叫んでみたけど、家族たちは矢張りちっとも避けようとしない。
本気でむかついたので、「はいとーりますよー」と今度は小さな声で言って、男女の尻や肘にバイクのボディがぶつかるのも構わず、俺はがむしゃらに走り始めた。
いてっ、ざけんな、あぶねっ、などと声がするが、却って小気味良く思えたので、それにも構わず俺は走り続ける。そのうち一際大きくぎゃあ、という声がして、流石に何事かと振り向くと小さな子供が踞って泣いている。
線香売りと商談していた子供の母親らしき女が現れて、「マモルちゃんどうしたの」とかそんなことを言う。
俺がマモルちゃんの足を轢いたのは明らかだったが、知るか、と思い俺が再び走りだそうとペダルを踏み込んだ瞬間、あごにだけ髭を伸ばした(気持ち悪い)まだ若く見える線香売りが布のうえから立ち上がり、「おい待てよ」と凄む。やべっ、と思ったがもう遅い。
「はい?」
「はい?じゃねーよ、泣いてんじゃねーかよ」
「はぁ。すんません」
「すんませんですむかよ、だいたい独り者のくせしやがって家族祭の日に外ふらふらしてんじゃねーよ」
「だからすんませんって言ってんじゃねーかよ」
「なんだよその態度は。やんのかよ」
「やんのかよなんて調子にのってんじゃねーよバルサ野郎が。家族祭だかなんだか知らねーけど狭い路で店なんか出してんじゃねーよ、そりゃ子供のひとりも轢くっつーの。こっちは急いでんだ馬鹿。てめぇの店のインセンスも全部轢くぞこら」

俺が啖呵をきったその途端、線香売り以外の露天商たち、似顔絵書きや小物売の男たちがすっくと立ち上がる。「ゆるさねぇ」とか口の端でもぐもぐ呟いていてとても怖い。
「ガー呼んでこいガー」ひとりの男がそう叫ぶと、若い女が家庭自警団を呼びに走り出した。
こりゃいかん、と思って俺はペダルを踏み込み、全力で走り始めた。今度は家族連れたちも、路の端へ避けて逃げた。
「ざけんな、待て」線香売り以下、露天商の男たちが俺を追って走る。自警団の笛の音も聞こえはじめる。俺は自身の最高速度で、路地から路地へと逃げて走る。

出鱈目に走り続け、露天商たちも追うのを諦めたのか路地は今や静まりかえり、俺はほっと息をつく。
自分が今どこにいるのか皆目見当がつかないが、とにかく追っ手はまいたのだ。後はのんびり走って、自分の地区へ行く道のりを探して帰ろう。
ふと前籠の洗濯物を触ってみると、しっとりと濡れている。何て事だ、あれだけ全速力で走ったのに、まだちっとも乾いていない。こりゃ乾燥機でないと無理なのか。とにかくどこかの地区へ出よう、そうすれば独身者用のランドリーもあるだろうし、今度は並んでいても順番を待って乾燥機を使うことにしよう。

そう思って路地をしばらく流していると、前方で奇妙な物体が揺れている。
神輿だった。しかしその神輿は前に見た屈強な男たちが担いでいた神輿に比べるとはるかに小さくまるで子供サイズで、担いでいるのも三人ぽっち、しかも背の低い、ひ弱な操り人形のような男たちが「あそい、あそい」とか細い声で鳴きながら担いでいるのだ。

足袋と半纏の貧弱な後姿。神輿は前方へ向けてゆっくりと進み、揺れている。それを眺めていたら先程から俺に降って湧いた暴力と悲劇、家族たちからの俺に対する理由もない蔑み、確かに子供の足を轢いたのは俺も悪いが、もともとあいつらがあんな狭い路に店を出しているのが悪いので、あんなふうに俺が恨まれる理由も無いし、殴るために追いかけて来るなんて独身者であるというだけで見下し、馬鹿にしている以外理由は無いじゃないか、というそれら復讐の感情がめらめらと心に沸き上がり、神輿はそれだけ小さいのだから充分脇を通り抜けて行けるスペースはあったのだけど、わざとベルをちりんちりんと大仰に鳴らし、「どけよあぶねーよ轢くぞ馬鹿」と叫びながら前方の男たちへと突進して行った。

15分後、俺は血まみれで路地の端、側溝の上に横たわっていた。
三人の男たちは実に強かった。ひとを後姿で判断してはいけない。彼等はひ弱どころか、とてつもない強靭な腕力で俺を叩きのめし、歯が折れ鼻血を出して倒れた俺を更に蹴り回した挙句、下品な声で笑いながらまた神輿を担いで行ってしまった。

虫犬が一匹、血の匂いに誘われたのかどこからともなく現れて、倒れて曲がってしまったバイクの前籠から俺の一張羅のシャツを引っぱり出し、無茶苦茶に引きちぎっていた。

灰色の暮れかけの空から、雨が降って来る。
虫犬は洗濯物を引き裂く事に飽きてしまい、俺の膝をかじり始める。
むず痒いような変な感じがするが、ほんとは痛い。男たちに蹴り回され脚の感覚が麻痺しているのだが、ほんとは痛い。俺の洗濯物も俺も、血と雨にまみれずぶ濡れで、俺は靴も失くしてしまって悲しい。



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