リアリズム日記

2008/4/13 | 投稿者: losthouse

練習、準備。
機材を弄び、ギターを弾きまくり、ウーロンハイをがぶがぶ。

練習のあとで、SF的にものごとを考える。
情報化され記号化された人間たちは実体が恋しくて懐かしくてたまらないので、夢をみるたびにその夢が実体化して、ひとのかたちをとってしまう。
だから中野の居酒屋なんかに居ても、ひとのかたちをした彼等の夢が隣のテーブルに居て笑ったり怒ったり。
そのひとつひとつの泣き笑いが実体を伴っていた頃の思い出の焼き直しで、彼等は何度も繰返し、自らの思い出をなぞる夢をみているのだ。
現実にはみ出し、実体化した夢の数々を眺めながら、一体なにが本当でなにが夢なのか、考えることすら馬鹿馬鹿しい、というようなそれこそが現実。存在なんて不確かで当り前。そういうふうに物事を考える。


先日、とあるウェブログをひとから紹介されて読んでみて、僕は短歌ってちっとも知らないのでどういうふうに誉めたらよいのかわからないけど、有り体に言ってとても良いなぁ、と思ったので、無断でリンクすることにした。↓

短歌の森

科学と祈りのあいだ。
定型のなかで詩は暴虐の限りを尽くす。



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