2007/5/24 | 投稿者: losthouse

週刊ポスト6/1号。

〈事件の深層〉生首少年「母の右腕を植木鉢生け」と 「横溝ワールド」の“嫌な予感”
これは「犬神家の一族」のワンシーンではなかったか…


阿呆か。
そういうことなら最近由利先生ものばっかり読んでる僕なんか、今すぐ人を殺しに行ったり蛍を食べに行ったり美少年を檻に閉じ込めたり時計塔のある家を新築しに行かなきゃならん。

2007/5/21 | 投稿者: losthouse

ついに、ようやく、満を持して、といった感じで発売される「恐怖劇場アンバランス」DVDですが、公式サイトに詳細がアップされていました。

「仮面の墓場」が収録される第2巻には、唐十郎と緑魔子の対談がおまけで付くんだって。うーん、それは欲しいかも。

しかし完璧にリマスターされた高画質で観るアンバランス、ってのもどうなんだろう。気持ち悪さが半減するような気もしないでは無い。

2007/5/19 | 投稿者: losthouse

神保町へ狩りに出掛ける。

割と勢いこんで来たのに、3軒まわった時点で思ったより収穫が無くてとぼとぼと路を歩き、品揃えは完璧だが値付けが高いことで有名なSF/ミステリ系某書店にとぼとぼと入る。

この店は驚異的な品揃えで欲しがらせるだけ欲しがらせておいて、驚異的な値段で買う事を不可能にさせるイヤミな本屋なので、あまり立ち寄らない事にしているのだけれど、ひょっとしたらこんな店にも値付けが甘いもんがあるかも知らん、と思って物色してみる。

すると、長年探し求めていた早川SF文庫キルゴア・トラウト「貝殻の上のヴィーナス」が、無造作に書棚の隅に差し込まれている!

この本を書いたキルゴア・トラウトという人は、カート・ヴォネガットの小説に度々登場する架空のSF作家で、じゃあなんで架空の作家がほんとに本を出してるのか、ってゆうと、この「貝殻の上のヴィーナス」という本は、やはりSF作家のフィリップ・ホセ・ファーマーが、ヴォネガットの小説に出て来るトラウトの小説の作風を真似て書き、「キルゴア・トラウト」の名で発表したという実に珍奇な代物なのである。

実物を拝むのは初めてで、ぱらぱら中身をめくってみると、馬鹿SFっぽくて面白そうだ。
ここが肝心、と値札をみると、680円の値が付けられていた。

ブックオフに出てれば間違いなく100円だろうが、なにぶんモノが無いのである。少々高いが新刊の文庫並みの値段であれば、迷う事は無い、レジへ。

レジのお兄ちゃんにはい、と渡すと、お兄ちゃんはカバーを眺めて、おやっ?って顔して「少々お待ち下さい」って言って店の偉い人を呼ぼうとする。
まさか、って思ったらそのまさかで、奥から出て来たおばちゃんが、商品目録みたいなのを片手に持って点検しつつ、「申し訳有りません、貝殻の上のヴィーナスは3250円なんです」って言う。
「えー、この値札は間違いなんですか?680円ってなってますけど」と言うと、「すみません、それ違う本の値札がついちゃってて…あ、でもこれ割とヤケてますから、半額にさせて頂きますが」なんて言う。

何度も言うが、ブックオフに出てれば間違いなく100円なのである。1600円は出せねぇ。
釈然としない気分のまま「や、いいです」と言ってレジを後にし、やっぱりこの店はしっくり来ないなぁ、と思った。

とぼとぼ歩き、狩りに出掛けて収穫の無いまま帰るのは悔しいので、新刊書店で「水木しげる貸本漫画のすべて」を買う。
こういう本があれば便利だと思っていたし、大変な労作だと思うのだけど、誤植や誤記が多いのはデータ資料本としては致命的ではないか。

2007/5/16 | 投稿者: losthouse


カート・ヴォネガット最後のインタビュー。

早川は何でさっさと品切れの文庫を再版しない。早急に全作品を書店に並べなさい。

2007/5/13 | 投稿者: losthouse

いろいろと文句は有るが、出てしまったものは仕方が無いので、講談社文庫版「ゲゲゲの鬼太郎」をまとめ買い。

不完全では有るけれど、やっぱり雑誌掲載順に読めるというのは気分が良いし、単行本収録時に紙数の都合で削除されたページが復活しているのは嬉しい。

「妖怪獣」で、第二の月が現れた後で鬼太郎が『これは妖怪のしわざである』と看破するのに、集まった群衆に笑われてしまう場面。子供の頃から繰返し読んでいる単行本では、人々は特に騒がず鬼太郎の言う事を大人しく聞いている印象なんだけど、68年のアニメ版では鬼太郎が人々にげらげら嘲笑されていて、てっきりアニメ版オリジナルの演出かと思っていた。
だけど今回の文庫版では削除された嘲笑シーンが丸々1ページ復元されていて、ああ、あれはやっぱり原作にもあったくだりなんだな、ということがわかって嬉しかった。

しかし惜しむらくは、というより最低なのは、というより最悪なのは台詞の改竄/自主規制で、まぁ百歩譲って差別語関連、『のうまくえん』とか『つんぼ』とか『人食い人種』とかは仕方が無い(本当は仕方無くない)にしても、なんで『ネタにつまった漫画家と全学連には近よらないほうがいいぜ』の『全学連』を削除する?
「妖怪ラリー」の毛沢東語録がらみの処理も謎で、中国代表の水虎は『毛沢東語録どおりにレースをすればそれで満足』って台詞はそのまま残ってるのに、『毛沢東語録にはグレムリン(ソ連代表)にだけは負けるなとありますので おたがいにじゃまし合いは必死です』って部分は『グレムリンにだけは負けるなと おたがいにじゃまし合いは必死です』に変更されていて、これはどういうこと?毛沢東語録には本当はそんなこと書いてないから削除したの?阿呆か。

名作「オベベ沼の妖怪」もひどい。この作品は冒頭のねずみ男とかわうその掛け合い漫才が素晴らしくって、子供の頃よくひとりで真似して喋っていたので個人的に思い入れの深い作品である。
その台詞の掛け合い、リズム感こそは水木しげるの真骨頂なんだけれども、『母子家庭の子ではふつうの子どものように遊ぶこともゆるされないからね』ってかわうその台詞は『いっとくけど決して遊んでるわけではないよ 生活のために働いているのさ』に変更。『母が病気のため働けず生活保護受けてんの』は『母が病気のため働けず 父はこの世に もういない』なんて妙に辿々しい台詞になっていて、リズミカルな掛け合いが台無し。跡形も無く粉砕されている。

ちゃんとオリジナル版の単行本を持っていて、台詞を全部覚えるまで読んでいて削除部分を脳内で補完できる人のみが持つ事を許される、そんな講談社文庫版の鬼太郎だった。

2007/5/5 | 投稿者: losthouse

演劇が嫌いで嫌いで仕方の無いわたくしが、唯一観に行くお芝居。

花園神社で唐十郎の新作「行商人ネモ」を観る。

終演後、いろんな批評家先生のお話や友人たちの感想を聞いていても、なんかどうもしっくり来なくって、役者がどうとか演出がどうとか、何せ僕は演劇が嫌いなんでさっぱりわからない。「行商人ネモ」はとにかく唐十郎の書いたお話が素晴らしくって、会社を辞めて社会からドロップアウトした男が行商人として身を立てる為に色んな人の力を借りて一生懸命努力するんだけど、男はあまりにも頭が良くて繊細なんで、努力するうちに行商人の路からもドロップアウトしてしまって、ついにネモ船長としてノーチラス号に乗り込んで舞台を去ってしまう、その一部始終の物語。
弱いやつ、負けるやつ、うまく出来ないやつ、ゴミみたいな人間たちへの優しさと愛に溢れた物語で、こういうのにわたしは弱い。
「海底二万哩」のラスト、大渦巻の場面の朗読と、演劇世界が交錯するラスト・シーンは実によかった。

6月までやってます。「海底二万哩」を読んで、ネモ船長に感情移入してしまった覚えのある駄目人間にはお薦めです。

2007/5/4 | 投稿者: losthouse

何事も無かったかのようにまた始める。

朝から飲んでいて、午後ちょうど良い気分になって散歩していて、ふらっと入った新刊書店で漫画を大量に購入してしまったりするから酔って本屋に行ってはいけない。

あたらしい漫画を読まなくなってだいぶ経つけれど、小学館の「イッキ」って雑誌にはたまに目を通していて、それは「金魚屋古書店」って漫画が結構おもしろいからで、でも単行本を買って読むほどのことは無いと思っていたのだけれど、今日になってついに酔った勢いでまとめ買いしてしまう。

で、帰って読んだらやっぱりおもしろかった。
漫画好きのコレクターやセドリ屋たちの話で、僕はコレクターでは無いけれど本を愛でるひとたちの気持ちは実によくわかる。一冊の漫画を読んで、「あの頃の嬉しかったことも辛かった事も全部いっぺんに思い出しちゃって…」って泣いてしまうひとの気持ちも実によくわかる。
イイやつしか出て来ない事と、どれもイイ話過ぎるのがどうかな、とも思ってたけど、酔った頭で読んだら単純に泣けてしまって、どうでもよくなった。

漫画といえば、久しぶりに新刊文庫をみてたら新編集の「ゲゲゲの鬼太郎」が大量に並んでいて、そういえばアニメにもなったし映画にもなったのだからこのタイミングを逃す手は無いのだろうけど、困ったことにはそれぞれ違う版元から何種類もの文庫が出ていて、これじゃあ初めて読むひとはどれを買ったら良いのかわからない。少しくらいは読者のことも考えて出せば良いのに、と思う。

昔っからあるちくま文庫版はまだ現役なのに、今回新しく加わったのは講談社と中央公論社。どれもタイトルは「ゲゲゲの鬼太郎」だから判りにくい。
講談社版は「オリジナル版」と帯に銘打っていて、収録作品は60年代の「マガジン」掲載分のみ。連載時の扉や、アオリ文まで再現している、ってのが「オリジナル版」の所以らしい。
これが本当ならなかなかやるな、って事にもなるんだけれど、扉部分だけが原本の複写(しかもアオリ文は写植打ち直してるとこもある)で、本編部分はほぼ従来版からの流用。情けない。河出文庫の杉浦茂みたいに全ページ複写でやれば良いのに。折角の機会が勿体無い。
しかも台詞の改竄(いわゆる自主規制)が結構な頻度で行われていて、長年読み親しんできた「頭がおよわい」とか「人食い人種だ」とかの台詞が変更されたりしているのを見ると、これの一体何処が「オリジナル版」なんだ、死ね、のうまくえん、って気分になる。
中央公論社版は主に70年代以降からのセレクトで、「サンデー」掲載分と、「鬼太郎の世界お化け旅行」とかが入ってる。何故か60年代「マガジン」の後半部分も入っているのが謎だけど、どうやら底本は昔出ていた大判の愛蔵版のようだから、このまま続刊すると「週刊実話」分を飛ばして、80年代「マガジン」に連載された「新編 ゲゲゲの鬼太郎」まで入るんだろう。
ってことは、先頃角川文庫から新しい表紙で重版された「水木しげるコレクション」とも収録作品が重複してしまう、ってことだから、まったく困ったもんだ。収録順も時系列に並んでいなくてどうにもツメが甘い。
ちくま文庫版は、60、70年代の「マガジン」「サンデー」からの編集だから基本中の基本みたいな内容で、初心者にはこれが無難のような気もするけど、収録順がぐちゃぐちゃなのと、講談社ほど非道くは無いにせよ、やはり台詞の改竄が情けない。

結論。鬼太郎は文庫で買うべからず。古本屋でサンワイドとかを探して買うべし。

って、「金魚屋古書店」を読み終えて漫画のことを考えていたら、しばらく疎遠にしていた友だちから電話がかかってきて、「メールアドレスを教えてくれ」と言う。「ロングロングケーキ」だよ、と教えたら、彼は「庭はみどり川はブルー」だ、と言った。
ふたりとも大島弓子の漫画のタイトルをアドレスに選んでいて、「お里が知れる」と言ってしばらく笑った。ちょっとイイ話。




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