2006/7/30 | 投稿者: losthouse

ジュディアンドマリーが演奏するザ・スターリン「肉」

近畿キッズ…吉田タクロウ…みんなすごく昔のひとみたいだ。

すっかり心が貧しくなって、シーツを洗濯。
台所でアンチョビーが溶けていた。
夏だねぇ。

2006/7/28 | 投稿者: losthouse

人類滅亡についてまだまだ考えるために、次はネビル・シュート「渚にて」を読む。

あと半年でみんな放射能に汚染されて死んでしまう、とわかっていて、庭の手入れをしたり家畜の世話をしたり、赤ん坊の成長を気遣ったり、日常を取り戻そうと苦心しながらも、静かに暮らし、やって来る死を待ち続けるひとたち。

やっぱりここでも期限付きの人生、開放的な破滅を目一杯楽しもうとするひとたちが出て来て、酒蔵にある大量の高級ワインを破滅の日までに飲み干してしまおう、と計画する叔父さんの話とか、無謀なスピード・レースに夢中になる科学者の話とか、共感できるし感動的である。

死を目前に控えたひとたちがパニックも起こさず、淡々と日常を過ごす描写が静謐過ぎて現実感が無い、とする批判も発表当時からあるようだけど、本当に何もかもあきらめた人々ってこんなものかも知れないし、この小説は始終何も起こらないから素晴らしいのであって、そういうことを言うひとは多分読んでて退屈だっただけなんだろうな、と思う。

だって「復活の日」よりは、ずっと現実感があるように僕には思える。

2006/7/23 | 投稿者: losthouse

小松左京3本立てを見てから、あたまが人類滅亡のことでいっぱいになってしまって、もっと人類が滅亡するさまを味わいたい、と奇妙な欲望が抑えきれず、今日はジョン・ウィンダム「トリフィドの日」を再読。

日本が沈没したり、ウィルスが蔓延したりするよりも、やっぱりトリフィドのほうがだんぜん怖い。

てゆーか、歩行植物トリフィドが怖いっていうよりも、ある日目覚めるとすべての人がめくらになってる、っていう不条理が恐ろしい。めくら同士で殺し合ったり、めあきの人間に家畜のように支配されたり、トリフィドに追い回されたり、こんなに暗くていやな破滅はちょっと他に無い。

冒頭、無法地帯と化した街を徘徊する主人公(彼は目が見える)が、モラルが完全に崩壊したことを認識して、後ろめたさを感じながらも、ちょっとわくわくして開放感をおぼえるくだりが面白い。こういう描写が出来るのが天才の証。名作。

2006/7/22 | 投稿者: losthouse

長らく絶交状態だった友だちと再会して仲直り。

ビールを飲んだりコーヒーを飲んだり、絶交していたあいだにため込んだ話すことが一杯ありそうだけどうまく話せなくって、絶交はつらいからもうやめよう、と当り前のことを言う。

水玉のワンピースとシャツ、指輪、喫茶店には相撲番付が貼られ歌謡曲が流れ、偶然のペアー、おろちヘアー、交通事故なら出会い頭に終わる。

2006/7/21 | 投稿者: losthouse

「日本沈没」がリメイク、なんつって、いまや世の中は小松左京ブーム。にはなってないけど、テレビで原作映画を立て続けにやっていて、見始めたら何故か止められなくなってしまって、「日本沈没」から「復活の日」、あげく「首都消失」なんてカスみたいな映画までぼーっと見続けてしまって、人類の行く末について考える。なんてことも無くて、蟻が死ぬようにひとが死ぬのを眺める箱庭的な破滅、勉強になりました。

2006/7/17 | 投稿者: losthouse

吾妻ひでお「うつうつひでお日記」を読む。

前作「失踪日記」が出たときには、万人が買わなきゃならない旨をこの備忘録でも喧伝して、こういう漫画が売れなくちゃいかん、と息巻いていた僕だが、まさかその後本当に増刷が間に合わなくなるくらい売れてしまったのには驚いた。

本作はその「失踪日記」の続編、のような装幀ではあるが、これはいわゆる二匹目の泥鰌、というやつであって、正統な続編では無い。中身は同人誌や「コミック新現実」で連載されていた、「失踪日記」刊行直前あたりの日記漫画をまとめたものである。

断酒こそ成功したものの、商業誌の仕事も殆ど無くなり、抗鬱剤を飲みながらちまちま漫画を描いたり読書したりしているだけの日常を記録した、本当に日記形式の漫画であって、「失踪日記」のようなドラマは無いから万人受けはしないだろうけど、僕は非常に面白く読んだ。

というか、この本は仕事もしないでうつうつしているだけの日記、という触れ込みなのだけど、「毎日ネタ出ししたり原稿描いたりして、けっこう働いてるじゃん」と思ってしまう僕がいて、このくらい働いていて、尚かつ図書館に日参して一日一冊以上の読書をこなしているのに、「もう漫画描けない」とか「引きこもりだ」と悩む吾妻ひでおは多分真面目なひとなのだろうな、と思う。

僕も仕事が無くって、なんにもしない空白の何年間かを過ごしたことがあるけれど、そのときは何もかも面倒くさくって近所のコンビニにすら出掛ける気力がわかなかったし、本を読むのも億劫だった。それでいて退屈というわけでもなくて、意外に満足して日々を過ごしていたのだから恐ろしい。
どうやら僕にはそれが気に入ると過剰に依存する癖があるようで、これはいわゆる「落ち癖」というやつであろう。慣れるとなんでも楽しくなってしまうのだからこれは怖いことですよ。

2006/7/15 | 投稿者: losthouse

夢にむかしのタモリが出て来る。

オールバックでレイバンのむかしのタモリである。
むかしのタモリはやけにギラギラしていて、「まー、なんかすっごいですねぇ、なんつって、そんなわけなんでございますですけども、あれですね、暑いですね、ほんっとに」なんて、どうでもいいことをだらだらだらだら喋っていて、夢から覚めてから、あれっ、タモリってあんな喋り方だったっけ?と気になってしょうがなくって、ネットで調査してみたら、本当にむかしのタモリはあんな喋り方だった。
今のタモリからはちょっと想像つかないような。

参考サイト:タモリ スーパーLIVE! YouTube いいとも放送事故

2006/7/14 | 投稿者: losthouse

ザ・ダムド「マシンガン・エチケット 25thアニバーサリー」というDVDを観る。

ライブの内容がどうの、というよりも、もはや円熟の極みに達したようなキャプテン・センシブルとデイブ・ヴァニアンの掛け合い漫才を観ているだけで幸せな気分になれる。

すぐに「現金が欲しい」とか下品な発言を連発したり、尻を出したりしてライブの進行を妨げるキャプテンと、クールにそれをたしなめる妖怪ヴァニアンの関係を眺めながら、この二人に似たものをどっかでみたことあるなぁ、と強い既視感を感じて、何のことは無い、ねずみ男と鬼太郎だな、と気がついて、ねずみと鬼太ちゃんに重ね合わせつつおっさん二人の熱演を観てたらますますダムドが好きになった。

2006/7/12 | 投稿者: losthouse


シド・バレット逝去。

死んでしまったらもう新譜が聴けない、とか、ライブが観れない、とか、ミュージシャンはそういうわかりやすい死に方をする筈なのに、このひとの場合は誰ももう新譜が出るともライブを演るとも思って無かっただろうから、もう随分むかしに死んでいたのかも知れないし、まだ死んでいないのかも知れないし、わかりにくくて面白い。

2006/7/8 | 投稿者: losthouse

テリー・ギリアムの新作「タイドランド」を観る。

もう面白いのか面白くないのかよくわからないことになっている。観ている最中はそれなりに楽しんでいるのだけれど、終わったときの後味の悪さ、空虚感は他の映画では味わえ無いかも知れない。

登場人物も物語もディテールも、とにかくすべてが徹頭徹尾悪趣味な映画で、相変わらずテリー・ギリアムはテリー・ギリアムだなぁ、そういえば子供の頃間違えて映画館で「バンデットQ」を観てしまったときもこういう妙な印象を味わったのだったなぁ、と、健在ぶりを確認して、だからこの映画が良いとか悪いとかがますますどうでもよくなっていくのだった。

あ、あとジェフ・ブリッジスはやっぱり最高でした。




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