2005/10/29 | 投稿者: losthouse

なんでいまさら、って言われると、まったくもって返答のしようが無いのだが、「クリムゾン・キングの宮殿」のCDを買ってしまった。

iPodで音楽を聴きながら歩くようになってから、アナログ・レコードを全く買わなくなった。で、CDばっかり買ってると、吃驚するのが最近のCD盤の音の良さで、ほんの十年くらい前まではCDよりアナログのほうが音が良い、ってのは常識のように言われていたけど、今はそんなこと誰も言わないのかも知れない。

で、僕が買った「クリムゾン・キングの宮殿」は、なんでもヴァージンの倉庫から発掘された一曲ごとのマスター・テープを、わざわざ繋ぎ直してデジタル・リマスタリングしたんだそうで、厳密にはCDじゃなくてHDCDって規格らしい。HDCDってのが何なのかは良く知らないけど、個々の楽器の分離が美しく、音の良さは格別である。

なにをいまさら、って言われると、まったくもって返答のしようが無いのだが、それにしても「クリムゾン・キングの宮殿」は人類の芸術史に残る名作であって、まるで奇跡のような名盤である。もちろん今まで何度も聴いているけど、スピーカーと対峙して、こんなに真剣に集中して聴いたのは、初めて聴いた中学生のとき以来かも知れない。

CDを聴き終えて、感動して虚脱したので、キング・クリムゾンのファン・サイトに載ってるレビューなんかをうろうろ眺めていた。やっぱり「宮殿」への評価は概ね高いのだけど、そのどれにも共通して、「ひとこと苦言を申し上げると」みたいな前書きがあって、「ムーンチャイルド」後半のインプロ部分が冗長でつまらん、ってゆーのがクリムゾン・ファンの間では共通認識になっているらしい。
そんな馬鹿な、と思った。あのスカスカしたインプロが延々続いて、どうなることかと不安になったところで、やおら「宮殿」のドラマチックなイントロが鳴り出す瞬間が僕は一番グッとくるのだけれど。
ほかにも、ライブ盤「アースバウンド」のドラム・ソロをシンセで加工したのは前時代的な処理なので、今の耳で聴くのはつらい、とか、「アイランズ」のタイトル曲は盛り上がらなくてつまらん、とか、僕の好きなクリムゾンは徹底的に否定されていて、いわゆるクリムゾン・ファン、ってひとたちと僕は相性が悪いのかもしらん、と思って感慨深かった。

2005/10/27 | 投稿者: losthouse

あー、死ぬかと思った。

いろいろと忙殺されて、あげく解体工事中の廃墟のような場所に閉じ込められて、新宿の母からももう出てこなくて良いとか宣言されて、ガスを停められたクリーニング屋に追い回されて、兵器工場のディーラーが自社製品の欠陥を誤摩化そうと暗躍し、リコールを迫るインテリやくざとのスパイ合戦に巻き込まれて異国の街を三日間さまよったが、伝染病が蔓延したのでカプセルホテルからも追い出されて、牛祭りの日に射殺されかけて逃げ出して上司に叱責されたりして、自動車免許も持たない僕にしてはわりかし巧くやれたのかも知れない。

概ね復活。また明日からの日々に希望的観測。

2005/10/24 | 投稿者: losthouse

例の少女漫画家がスラムダンクその他のコマ絵を盗用して絶版処分、って件。
インターネットに蔓延る無名のピューリタンたち(つーか2ちゃんねる)のお祭り騒ぎ、あるいは自分でものが考えられない無個性な連中の空虚で硬直した思想、講談社の対応も含めて全くもってくだらなくて反吐が出そうなのだが、竹熊健太郎のブログ(http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/)でも連日不毛な議論が繰返されている。
ふつーこーゆーのは見てるぶんには面白かったりするもんだが、今回ばかりはくだらなすぎてむかついて見てられない。あー不毛だ不毛だ。くだらねぇ。

他人の絵をトレースしてなにが悪い?
オリジナルなんてどこにもあるもんか。

2005/10/21 | 投稿者: losthouse

先方の都合に合わせて生きるあたし。

新宿でぽっかり穴が空いてしまって、五時間ばかり時間を潰さなくてはならなくなった。
さぁ困った困った、どうしてくれようと思い、映画でも観るか?と思うが観たいのはシン・シティくらいだけど上映時間と折り合いがつかない。
では映画はよして、古書店めぐりと洒落こみますか、と新宿線に乗って神田神保町まで。

すずらん通りに到着して、ルーティーンとして翠光堂書店へ直行するが、新店舗へ移転する準備中とのことで、店内では店主がひとり大量の漫画を箱詰めしていて営業していなかった。
ああ、またあたしの間の悪さがここでも。と絶望していても仕方が無いので、次は羊頭書房へ。

ここは営業していた。羊頭書房はその筋では有名なSF/ミステリ本の専門店だが、狭い店内に既に五人くらい客が居て、それだけ入ると満員って感じ。
いいとししたおっさんたちが、ハヤカワ文庫のベスターとかヴォークトとかを熱心に物色している。
しかし神保町に来るといつも思うのが、古書店を巡り歩いているこのひとたちは普段何をしているひとたちなのだろうか、ということで、平日の昼間でも古書店街は沢山のおっさんたちで賑わっている。
羊頭書房にいるおっさんたちもいい大人だというのに、なんでSFなんだろうか。純文学とか歴史小説とか古地図とか浮世絵とかじゃないのか。頭の禿げ上がったおっさんたちが、家で文庫本を読みながら外宇宙や異次元に思いを馳せているのかと思うと、なかなか感慨深い。

あまり収穫は無いなぁ、とがっかりしながら、それでも目を皿のようにして本棚を見つめていると、いつの間にかおっさんたちに混じって、あたしの隣に可愛い子ちゃんがひとり立っている。
若くてお洒落でいまどきな感じの女性で、なんでこんなところにこんなひとが居るんだろうか、とまたもキュリオシティを刺激され、彼女の選び手に取る本をそっと見ていると、スタージョンの「夢みる宝石」とかレムの「宇宙創世記ロボットの旅」とかなかなか良いセレクションでセンスが良い。

このひととは友だちになれるかも知れない、いやなれそうだ、と思ったので、いつものようにポケットからエクストラセンスリー・パーセプション・インスタント・ディスタンス・トランスレーション装置、通称エピドト・デバイスを取り出して、イヤーフォンを彼女からは見えないよう左の耳に装着し、彼女の心の声をあたしは探った。
彼女の内なる声はかなり錯綜していてスキャンしにくく、精度の高いエピドトでもその翻訳には手間を要したようだったが、疑科学のマシンに不可能は無い。彼女のマインドは概ね以下のような台詞に集約されたのだった。

「しかし神保町に来るといつも思うのは、古書店を巡り歩いているこのひとたちは普段何をしているひとたちなのだろうか、ということだな。平日の昼間でも古書店街は沢山のおっさんたちで賑わっている。
羊頭書房にいるおっさんたちもいい大人だというのに、なんでSFなんだろうか。純文学とか歴史小説とか古地図とか浮世絵とかじゃないのか。頭の禿げ上がったおっさんたちが、家で文庫本を読みながら外宇宙や異次元に思いを馳せているのかと思うと、なかなか感慨深い。
いま私の隣にいるこのおっさんも、こんな時間からこんなところで何をしているんだろうか、なんだか私をちらちら見ているようだし、さっきから本棚の前に陣取って動かないもんだから邪魔で、そこにあるサンリオのブラウンが見れないのに。眼鏡が歪んでいるのも無気味だ。はっきりいって気持ち悪い。キモい。早く買うか帰るかすればいいのに。ってゆーか死ねばいいのに」

ということで、あたしは意気消沈してお茶の水の駅まで歩き、国鉄で新宿まで戻った。
新宿に着いてもまだ少し時間が有ったので、眼鏡屋に寄って眼鏡の歪みを矯正してもらった。

2005/10/20 | 投稿者: losthouse

「イギー・ポップ/ア・パッション・フォー・リビング」というDVDを観る。

インタビューや過去のライブ映像で構成された、「知ってるつもり」みたいな伝記もの。観たことない映像がたくさんあって感激。

イギー・ポップの場合、レコードを聴いても勿論盛り上がるのだけど、やっぱり例のダンスをライブで、あるいは映像で観ることで盛り上がりは更に倍加するので、テレビの前で「かっこいいなぁ」つってはしゃぐ。

77年だったか、テレビのトーク番組みたいなやつに出ているのは初めて観たが、「おまえはパンクなのか?」と訊かれて、「一生懸命苦労して音楽やってるんだから、パンク・ロックとか下衆な呼び方してやるな」と司会者に説教するイギーは、酩酊状態だがある種の説得力もあって、大変格好良かった。

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2005/10/18 | 投稿者: losthouse

まだ子供だった頃から大人になるまでの数年間、また現在にいたるまでの十数年間をともに過ごし、私にものの見方を教え、ものの考え方を教えて、私の人生に多大な影響を与えた友人が、今朝死んだ。

早朝に彼の家族から電話があり、私はその死を知らされたのだったが、実はその電話を受ける前、その日の未明の時点で既に、私は彼が死んでいることを知っていたのだ。
何故なら彼は死の直前の数時間を私の夢のなかで、私とともに過ごしていたから。

私とその友人はずっとむかし、まだ私が子供だった頃から、一緒に街をうろつきまわっては酒を飲んだり、映画を観たり、コンサートを観たり、居酒屋やお互いの家でくだらない話を何時間も何時間も飽きる事なく続けたりして、時間を過ごして遊ぶ仲だった。
最近はお互いに大人になってしまったので、そうやって遊ぶ事もまるで無かったが、多分どちらかが誘い出せば、また昔のように何時間も無駄にして楽しく遊びに出掛けたのだろうと思う。
私たちはお互いに虚栄心が強く、また奥ゆかしい性格だったので、お互いの生活の事を考えてそうした無駄を省こうとしていたのだと思う。だから、無理に遊びに誘ったりはしなかったし、互いの近況を報告しあうようなことも、全くしていなかったのである。

それでもその夜、友人は私の夢にあらわれて、まるで私と彼がむかしよくそうしたように、私たちは真夏の街をうろつきまわって酒を飲んだりギターを弾いたりして、何時間も遊び楽しんだ。

少なくとも、私はとても楽しかった。

彼は茶色のぺらぺらした長袖の服を着ていたが、よく見ると起毛の生地だったので、暑くないのかと訊ねたが彼は暑くないと答えた。
髭もきれいに剃られていて、その表情に少しも病的なところは無く、死を目前にした人間だとはとても思えなかった。

街で酒を飲んで疲れた私たちは、彼のでもなく私のでもない小さな部屋に行って虚ろな気分で座っていて、テレビを観ながらギターを弾いていた。
部屋で飲むために焼酎のボトルが一本買ってあったが、私は二杯ばかり飲んだところで疲れが出たのか眠くなってしまい、彼がうたうボブ・ディランの「ドリフターズ・エスケイプ」を聴きながら、うとうと居眠りを始めて意識が遠のき、気付いたときに私は私の部屋のベッドにいた。

季節は真夏でなく、時刻は深夜。夢と現実の境で夢からさめた筈の私は、まだ少しのあいだ彼とともに居たのだったが、そのときはっきりと、彼の気配が私の側を離れて行くのを、全身で感じ取ったのだった。
ああ、彼は行ってしまったのだな、と思い、私はとても悲しかったが、彼を引き留める力など私のなかに有る筈もなく、目で彼の後を追ったのだけれどそこは私の部屋の本棚が有る筈の場所で、真暗な部屋で私は何も見分けられなかった。

その刹那、私の耳元でけらけらけらと幼児の笑う声がして、少しの間その笑い声の残響が私の耳に滞留して、私は怖い気もしたが、ああそうか、これが天使の声というものか、と私は理解し、すぐに怖くなくなった。

それが私と彼が会った最後の晩になった。

2005/10/17 | 投稿者: losthouse

彼は指先からインド葉巻の匂いがしていやだな、と思っていました。
というのも、彼が去年友だちからインド葉巻をお土産で頂いたとき、いま着ているライダース・ジャケットの右ポケットにそれを入れてしばらく持ち歩いていたからで、そんなこともすっかり忘れて彼はやっぱりポケットに手を突っ込んで歩いているので、ポケットから手を出して髭の剃り跡をじょりじょりやるとき、彼は指先からインド葉巻の匂いがしていやだな、と思ったのでした。

彼が朝髭を剃り、去年のライダース・ジャケットを着たのは、パーティに出席するためでした。
そのパーティには年齢も性別もばらばらな二十人もの人々が出席していて、みんなビールを飲んだりカシスウーロンを飲んだり中華おこげを食べたりマカロンを食べたりしていました。
二十人の中には、馬鹿や間抜けも混じっていたのでしょうが、みんな一様に良いひとばかりで、彼にとても優しく接しましたし、彼も良い気分で、すぐにみんなと仲良くなりました。

みんな年齢も性別もばらばらでしたが、仕事をくびになったり片思いの相手から絶交を言い渡されたり家が土砂崩れに巻き込まれたり娘が見知らぬ男と駆け落ちしたりして、個人的な問題で悲しみ悩んでいる点では通じ合い、ひとつに連帯していました。彼はそのことに少し感動した気がしましたが、あるいはビールに酔っていただけなのかも知れません。

パーティで彼は煙草を一本分けてもらいました。見ず知らずのマダムからです。
マダムは香水を振り過ぎな点を除けば、話し易い相手でしたし、特に馬鹿で間抜けというわけでは無かったので、彼はよろこんで煙草をごちそうになったのです。
それは変わった煙草で、葉を巻いた紙の部分一面に、けものじみた黒い毛がびっしりと生えていました。
フィルターは無いので、口にくわえると舌の上といわず下といわず口中に毛が入って、なんだかとても気持ちが悪いですし、それでも我慢して煙草の先に火を着けると、ものすごい勢いで毛が燃えて、小火と見間違うくらいの黒い煙があたり一面に広がります。
誰でもちょっとした過ちで、髪の毛の先を燃やしたことくらいあるでしょう?あのときの匂いを想像してもらえれば結構です。そんな匂いの煙草でした。つまりは、葉っぱの匂いなんてまるでしなくて、毛の焦げるいやな匂いだけが彼の鼻先を灼いたのでした。

マダムに悪いので、三口ばかり我慢して吸っていましたが、マダムはその吸い方は間違いであると彼に注意しました。
わたしが見本を見せてあげる、と言うと、マダムはその毛の生えた煙草をもう一本ハンドバッグから取り出して、上手に半分に折ると、ひとつを右の鼻の穴に差し込み、もうひとつを右手で持って、黒いパンツのなかに入れて何かごそごそ始めました。

ほら、もうわかるでしょう?とマダムは彼に言い、わからないよ、と彼はマダムに答えると、灰皿に置いたまま黒い煙をそれでも吐き出し続けている吸い差しの毛生え煙草を置き去りにして、おそろしくなってパーティ会場からそっと逃げ出したのでした。
そのとき毛生え煙草の黒煙が、煙幕の代わりを果たしてくれたことは言うまでもありません。
彼にとっては幸運でもありましたが、その知性を知識と経験によって豊かにするチャンスを失ったという意味では、また不運でもありました。

彼は馬鹿でも間抜けでも無い、どちらかといえば普通の青年だったのですが、毛生え煙草の吸い方も、その意味もわからないのですから矢張り馬鹿で間抜けなのでしょう。
いずれにせよ、彼にとっては後腐れなく別れを告げることが、一番大事だったのです。

2005/10/13 | 投稿者: losthouse

ラファティ「どろぼう熊の惑星」を読了。

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これが文学だ。これが小説だ。これが芸術だ。

この歳までラファティを知らず、読んでいなかったことに激しく後悔する。
恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。

2005/10/11 | 投稿者: losthouse

たまにはブログっぽいこと書こうか。

知人からメールで、こんなサイト↓のアドレスをもらった。
http://fun.tmc.dyn.ee/psychic.swf

説明文が英語なので、苦手なひとのために訳しておくと、つまりこの水晶玉はあなたの心を読むのである。それはもう、見事なまでにあなたの思っていることをぴたりと当てるのである。

まずあなたは、任意の二桁の数字を思い浮かべなくてはならない。リラックスして、尚かつ集中して、二桁の数字をなんでも良いから思い浮かべるのだ。
例えばここでは23としておこうか。

次に、その二桁の数字の、十の位と一の位を足し算しなくてはならない。
ここで例として挙げたのは23だから、2+3で5になる。

次には、そうして足し算をして出た数字を、最初に思い浮かべた二桁の数字から引き算する。
23-5なので、ここでの答えは18になる。

最後に、画面上から、その答えの数字に対応したシンボルマークを探し、そのシンボルをあなたは心に思い留めなくてはならない。
しっかりとそのシンボルを心に念じて、水晶玉をマウスでクリックしてみよう。
すると水晶玉はあなたの心を読み取って、あなたの念じたシンボルマークをはっきりとその表面に浮かべるであろう。

びっくりした?


勿論トリックなのである。手品なのである。
でも僕はさんすうが苦手なので、数回やってもタネがわからなかった。
数時間考えて、あっなるほどそーゆーことか、とやっと仕掛けを理解し、安心してビールの栓を開けたのであった。
あたまの良いひとには、案外つまらないもんなのかも知れない。

2005/10/10 | 投稿者: losthouse

ふぅ、ジャックです。嘘です。

心身ともに疲労してしまって、文章を書く気にもならない。
だからふつうの日記みたいに書く。
それにしても、なら書くなって話じゃないのか、何故わたしは書くのか。書かねばならぬのか。って、そーゆーブンガク的なことゆーひとはいつの世にも後を絶たない。やめてください。ナルシシスト。エゴイスト。

ル・グイン「闇の左手」を読む。
面白いけど、精緻に構築された未来史みたいなのに僕は全くわくわくしないので、ふーん、って感じ。読む前には、両性具有が主題だと思っていたのだけれど肩透かし。異文化交流の皮相的な描写に留まる。僕がSFに求めるものはまるで得られなかった。
おもしろかった、ってだけ。

60年代SF特集ってことで、ディレイニー「アインシュタイン交点」も続けざまに読む。
この本を日本語で読むというのがそもそもの間違いのような気もする。たぶんデタラメで意味のつながらない原文を、なんとか平易な文体に置き換えようとしている訳者の苦労が、原文を知らずにただ訳文を読んでるだけでも伝わってくる。だから読みにくい。そんなことしなくていいのに。


突然キング・クリムゾンの「ディシプリン」が猛烈に聴きたくなって、レコード棚を漁るが出てこない。
「ポセイドンのめざめ」とか全然聴きたくないのは出てくるのに、出てこない。
探しているうちに、もともと持っていなかったような気もしてきて、それはいかんだろう、と思う。何がいかんのか知らないけど、いかんだろう、と思う。
でも今更「ディシプリン」だけ買うのも嫌なので、80年代クリムゾンのベストとかそんなの無いのか知らん、と思い、アマゾンで検索してこんなボックスを見つける。
おお、これは良い。よし、これを買うぞ。俺はこれを買うのだ。と勢いで思った途端に、でも俺が聴きたいのは「ディシプリン」のクリムゾンであって、このボックスの一枚目で充分事足りるのに、なんで四枚組セットを買わねばならんのだ、馬鹿馬鹿しい、と思い初めてもいて、そのうちもう「ディシプリン」のことはどうでもよくなっていて、結局「ポセイドンのめざめ」を聴いて、うん、そんなに悪くないね、とか言ってる。

ってそういう具合で何もかもがどうでもよくなって行く。




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