ブランデー日記

2006/7/28 | 投稿者: losthouse

人類滅亡についてまだまだ考えるために、次はネビル・シュート「渚にて」を読む。

あと半年でみんな放射能に汚染されて死んでしまう、とわかっていて、庭の手入れをしたり家畜の世話をしたり、赤ん坊の成長を気遣ったり、日常を取り戻そうと苦心しながらも、静かに暮らし、やって来る死を待ち続けるひとたち。

やっぱりここでも期限付きの人生、開放的な破滅を目一杯楽しもうとするひとたちが出て来て、酒蔵にある大量の高級ワインを破滅の日までに飲み干してしまおう、と計画する叔父さんの話とか、無謀なスピード・レースに夢中になる科学者の話とか、共感できるし感動的である。

死を目前に控えたひとたちがパニックも起こさず、淡々と日常を過ごす描写が静謐過ぎて現実感が無い、とする批判も発表当時からあるようだけど、本当に何もかもあきらめた人々ってこんなものかも知れないし、この小説は始終何も起こらないから素晴らしいのであって、そういうことを言うひとは多分読んでて退屈だっただけなんだろうな、と思う。

だって「復活の日」よりは、ずっと現実感があるように僕には思える。



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