2012/9/18  三陸探訪1日目後半1(とりあえず行き止まりな駅、ふたたび)  おでかけ

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1両編成のディーゼルカーが止まるホーム。その先の線路は、反対側のホームの線路と合わさった後、夏草の中へと消えているようにみえる。

これではよく判らないので、思いっきりズームをきかせて撮ったのが次の写真。

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まず一番手前にあるのが、『停止』を表示している、この駅の出発信号機。その先、『安全側線』の側に開いている分岐器。これがあるため、万一、赤信号を列車が冒進してしまった場合にも、反対側から本線をやってきた列車との正面衝突が避けられる。その更に先にあるものは、70km/hの速度制限標識。右からやってきた反対側の線路との合流点にある分岐器の速度制限。

問題なのは、更にその先。レールは、夏草に入るところで途切れているようにも見えるし、ただ単に夏草の下に隠れているだけのようにも見える。だが、少なくとも現段階では、手前の信号機は赤色以外の表示を出すことはないし、分岐器も安全側線側から本線側に切り替わることもない。

この駅は、JR気仙沼線の柳津駅。現在、列車が(物理的に)入ることができる気仙沼線最北端の駅。そして、この駅から先が、前に書いた石巻線の渡波駅以東と同様、バスによる列車代行輸送となる。

ただ、柳津駅が渡波駅と根本的に違うのは、この駅は、かつて、本当に終着駅だった時期があったということと、現在では駅員無配置駅となっていることである。もっとも、柳津駅には、ログハウスっぽい地元の観光案内所?が併設されていて、そこでJR切符も買えるし、また、レンタサイクルもある。が、あくまで、そこに居るのは、JRの駅員さんではなく、この辺りの自治体の職員さん(もしくは、そこのパートかアルバイト)である。

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柳津駅全景である。もっとも、手前の建物の大半は、上述した公共施設「ゆうキャビン」であり、奥に並んでるたてものは、公衆便所である。つまり『正式な駅舎』は、存在しない。あえていうならば、線路をまたいでホームへと行く跨線橋のみが『駅舎』ということになる。

石巻線の不通区間には、震災後、かなり早い段階から列車代行バスが走っていた。すわなち、この区間の旅客を乗せて走るのは、物理的には『乗り合い自動車(バス)』であるが、これはあくまで鉄道を走る列車の代行であり、故に、普通乗車券は勿論、各種割引切符類などについては、全て鉄道と同じである(故に、昨年、石巻→女川間の列車代行バスには、青春18切符で乗車できた)。

しかし、気仙沼線の不通区間の『代行バス』が走り始めたのは、今年の8月20日、つまり、ほんの1カ月弱前のことである。

気仙沼線の不通となった区間には、ほぼ、全区間に国道45号線が並行しているが、こちらも地震&津波で大被害をうけており、何箇所かでは、重要な橋も落ちてしまっていた。列車代行バスでは、原則として、鉄道で駅が存在する/したところには、対応する停留所を設置する必要があるため、その道路ですら不通となってしまった状態では、列車代行バスの運転すらできない。

幸いにして、沿線の主要地区/一部区間では、ルートは大きく異なるが、一般路線バスが存在した。今年の8月中旬までは、定期券や回数券を持っていた旅客に限って、その路線バスへの「振り替え輸送」を行っていた。あくまで、震災以前から存在した一般路線バスに、いわば便乗させてもらう形である。当然、代行バスという形態をもってしても運行は不可能であったので、この区間の(鉄道としての)普通乗車券の発売は休止されていた。勿論、青春18切符などのフリーパスタイプの企画乗車券は、使えない。あくまで、そのバス路線は、地元バス会社(ミヤコーバス)による路線であるからである。そして、当然、バスによる振り替え輸送では到達できない駅も、少なからず存在した。

それが、落ちた橋を暫定復旧させ、一部はまだ仮の橋ながらも、大型バスの運行に差しさわりのない状態になったのをうけて、この8月20日、別会社のバス路線への『振り替え輸送』から、JR自前の『列車代行バス』に切り替えられた、というわけである。

もっとも、今回の不通区間は相当長く、まとまった台数のバスとそれを運転する人が必要となるため、JRがミヤコーバスの一部を借り上げる、という形で運行を開始したようである。

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気仙沼線『列車代行バス』専用車


正面窓の下に、"JR"マーク、"East Japan Railway Corpration"のロゴが入っている。車体も、ラッピングは何バージョンかあるが、ベースの色は赤で統一されている。ただし、この写真には写っていないが、車体のどこかに「ミヤコーバス」の文字があったように記憶しているし、正面が傾斜した1枚ガラスという特徴を持った車体のバス(いすず製)は、ミヤコーバスの標準型の1つである。

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ただし、整理券発行機も、JR仕様、すなわち、気仙沼線で運行されているワンマンカーと同一仕様で、駅名と対応する整理券番号も、現在列車が運転されている区間と通しになっている。当然、列車代行になったので、3連休に限定発売される、JR東日本エリアが3日間乗り放題となる『スリーデーパス』での乗車も可能であった。ちなみに、ほぼ毎週末発売されている『ウィークエンドパス』は、石巻線が通用エリアの北限なので、女川へ行く列車代行バスには乗れるが、気仙沼線は元々通用エリア外なので、列車が運転再開していたとしても、はみ出した区間の運賃は必要となる。

次回、この列車代行バスから見た沿線風景、特に、本来の気仙沼線の線路の状態や、それ以外の沿道風景などを紹介する。

2012/9/17  三陸探訪1日目インターミッション  おでかけ

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女川の市街地は、元々さほど広くなかった(が故に、津波のエネルギーが集中してしまった)ので、探訪を終えて、高台にあるバスの発着場まで戻っても、石巻に戻る列車代行バスがやってくる時間まで、まだまだ1時間半以上。

ただ、その30分前に、石巻−女川間を結ぶ、本来の定期路線バス(ミヤコーバス=宮城交通の子会社)があったので、昨年同様、この路線を使おうと思ったら、更にその30分、石巻の街外れ?にあるシッピングモールの送迎バスがやってくる、とのこと。1日3便で、ショッピングモール利用者を前提としたバスなので、運賃無料。

前の記事で書き忘れていましたが、現在も、女川の旧市街地には、飲食物を入手できるお店の類は全くなく、『現地にお金を落とす』という目的は、またしても果たせなかったものの、どうやら、このショッピングモール、震災で破壊されつくされたものの、地元民の要望にこたえるべく、いち早く、店舗再建→営業再開したお店であるらしい、ということが判明。

で、あまりの暑さに耐えられなくなったこともあり、これに乗り、ショッピングモールまで行って、昼食をとり、更にもう1食分昼食?を購入して、とりあえず、これで、まがりなりにもミッション?達成、となった、ここまでは良かったのですが・・・・・

・・・・・このショッピングモールから、石巻、もしくは、それ以外のJRの最寄りの駅まで、かなり距離があることが判明。まぁ、石巻(広い意味での)市街地内だから、路線バスがあって、、、とあてにしていたのも、バス停がなかなかみつからない上、やっとみつけたと思ったら、次の石巻駅行きは、1時間後(で、その後、立て続けに3本くる、という、田舎で、別々の3方向から来る路線が合わさった場所にありがちなダイヤ)。知ってのとおり、昨日は真夏日で、東北とはいえ、石巻・女川界隈の昼間の気温は、ほぼ、関東と一緒だったりします。

結果、一番近いと推定された駅まで炎天下を歩いてるうちに、まじで死にそうになり(その道には、『木陰』というものが、一切ない)、さっきのショッピングモールで氷も買っておくべきだった、と後悔。でも、そこまで引き返す余力は、もう既に無い。道端に奇跡的?に営業再開していたコンビニをみつけ、そこで入手したのが、冒頭に載せた、天然水2リットルと、氷結されたビタミンC飲料。

これで首筋など、頭部を冷やしながら、駅にたどり着くまで、更に十分弱。なんとかたどりついたのは、列車の「とりあえず」の終着駅&代行バスの始発駅。で、時刻表をみると・・・
次の列車は2時間後
要するに、つい10分前に発車したばかり・・・・・・・

駅前の(通常の路線バスの)バス停を調べるも、なぜか、石巻駅行がない。はて、どうしたもんか・・・・・ととりあえず、天然水をがぶ飲みし、氷で更に頭を冷やすと、駅から100m弱離れた県道の交差点を、この地では見慣れた、白いボディに赤い帯をまとったバスが正面からやってきて、右方向=自分が歩いてやってきた方向へ曲がっていくのを発見。

「へ?、これって?、どういうこと??」と戸惑いながらも、14時台は立て続けに3本バスがくることを辛うじて思い出し、その交差点までいくことにする途上、次のバスが正面はるか彼方に見えてきて・・・・・

・・・・・何とかバスに乗り、冷房の風が自分に直接当たるようにして、一息ついたところで、地方のバスでは必需品?の『整理券』をとったかどうか記憶がない、ということに気づいたのでありました(大焦)

ただ、運転手さんはとても暖かい方で、こちらが乗車したバス停名(の漢字の読み)を間違えてたにもかかわらず、運賃を即答してくれたばかりでなく、百円玉2枚と五十円玉3枚で払ったら、「お客さん、入れすぎだよ?」と注意してくれるたり(百円玉4枚と五十円玉1枚
に見えたらしい)。

そんなこんなで、石巻駅まで何とか帰還、更に水を追加補充して、次の目的地へと向かったのでありました。

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女川のバス発着所の待合所(ただし、中は結構暑い)

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再建されたショッピングモール

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ただし、周辺にはこのような廃墟が、そこここに・・・

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何とか帰り着いた石巻駅。石ノ森章太郎さんのマンガのキャラがそこここに。


さて、この日の次の目的地は・・・・って、あるのか??(汗)

2012/9/17  三陸探訪1日目前半−3  おでかけ

と、いきなし、タイトルから変えちゃいましたが、携帯電話のバッテリー容量の都合で、現場からのリアルタイムアップロードが不可能になってしまい・・・・・帰りの新幹線の中で、強力な電源が得られた上、盛岡から新白河まで、岩手・宮城・福島県内各駅停車という、すばらしい(?!)「やまびこ」号に乗れた(というか「はやぶさ」は勿論、「はやて」の指定席も満席だった)ので、車内から、PCを使ってアップロードします。

というわけで、昨日(9月16日分)の続き。

『廃墟』や『瓦礫』などが整理されてた結果『更地』化が進んだ女川の街の風景は、おおむね、↓こんな↓感じ。
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女川の市街地があった(と私の記憶によると推定される)範囲


昨年来たときは、そこここに、廃墟があったんですけどね(↓これは参考図:1年前撮影)。
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駅があった場所周辺の廃墟群


ただ、よほど物理的に困難なのか、意図的に残したのか、持ち主が行方不明のままなのでどうすることもできないとか、そんな感じの物件?が、↓こんな感じ↓で残っています。

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これ、もしかして、建物の下側=基礎の側?


震災後、津波に洗われたものの、一度だけ、花を咲かせた桜の木も数ヶ月?前に力尽き、現在では、その跡地も、知っていないと判らない状態になっています。
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ただ、昨年と違って、道路は、自動車の運転に普通の腕前を持っている人であれば、到達はさほど困難ではなくなったこともあって、そこそこの台数の自家用車が、それぞれの『思い出がある場所』と推定される界隈に止められて、その界隈を散策する人は、結構な数おりました。

記憶を風化させないためにも、生の風景をしっておく、というのは、とてもとても大切なことだと思います。

2012/9/16  三陸探訪1日目前半−2(真の終着駅)  おでかけ

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って、これのどこが駅やねん?!、という突っ込みがありそうですが…

去年来たとき(の様子をこのブログに載せたヤツ)とほぼ同じアングルで撮ったはずなのですが…(その時の様子はこちら。んで、さらにその1年半前の様子はこちら

周辺の廃墟も含めて、ものの見事に、更地になっておりました。

ま、それだけ、復興に向けての準備は進んでる、ってことなんですが、去年の状態を知らずに、この風景を見ちゃったら……やはり絶句するしかない、ですな。たぶん。きっと。おそらく。

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駅の先の海岸。整備中の暫定措置か、護岸との間に、人工的水たまりが発生してました。
私の数少ないオリジナル曲『空の蒼、海の碧』は、昨年、この場所からこの方向をみたときの風景を元に、アレンジが固まりました

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んで、代行バスの終点は、昨年と同じく、女川町総合運動公園でしたが、これについては項を改めて。バスは宮城ナンバーになってましたが、車内に貼ってあったステッカー?によれば、JRバス東北秋田支店の車両でした。

2012/9/16  三陸探訪1日目前半−1(とりあえず行き止まりな駅)  おでかけ

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上の画像、拡大してみると、列車の行く先の線路が、枕木で通せんぼされているの、見えます?(見えなかったら、ピンぼけか手振れのせいです。ごめんなさい^^;)

さて、この駅名。下手すれば、地元の方以外は、鉄道愛好家な方々でも、名前をみてすぐにはピンとこない方が多いかもしれないですが、本来はJR石巻線の『中間駅』です。

いや、いまでも中間駅であることには変わりないのですが、(物理的?な)列車はこの駅までで、ここから本来の終点の女川までは、バス代行となっているわけです。

約1年前に来たときには、この2駅手前の石巻駅からバス代行でしたが、少しだけ、列車が走れる区間が延びたわけです。

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駅前の様子。地元の高校生によって花壇ができてます。
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列車代行のバス。長距離・高速路線対応の車両が使われてるのは去年と同じ。


駅周辺は小綺麗になってますが、本格的に海岸沿いとなるのは、この次の万石浦駅から。さて復興はどこまで進んでいるのか、そして、今回は現地にお金(財布ぢゃないですよf^_^;)を落としてくることができるのか?

ミッションは始まったばかりです。




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