2013/1/2  初詣その2(2)  おでかけ

伊勢神宮の外宮入口の鳥居と本殿前。思ったより込み合ってないです。

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2013/1/2  初詣その2(1)  おでかけ

うちの実家では、正月2日に伊勢神宮に初詣に行くのが年中行事。
写真の車両は、元々は、名古屋ー大阪難波間の特急用に作られた車両ですが、初詣シーズンは、近鉄全線あちこちにしゅつぼうするようで。

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2012/12/18  白いヤツ、初乗車電車  おでかけ

※この記事は、日曜に投稿しようとして失敗(携帯電池切れ)した分ですf^_^;

新第三とうき…ぢゃない、箱根からの帰路には、まだ乗ったことがなかった、こいつにしてみました。
いや、30分前の最新型の『青いヤツ』にも間にあった(実際、若手の皆様は、そっちで帰った)のですが、前日の温泉が強力すぎたにもかかわらず、(5分間だけ)朝風呂にまで入り、とどめに昼間から地ビールの店へよったため、、、
、、、体温が急上昇、冷却が必要な状態に汗


いゃぁ、うちの若手は、色んな意味で、元気です。うん。

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2012/12/16  箱根の猫さん=^,,^=  おでかけ

昨日の夕刻、ロープウェイから遊覧船への乗り換え地に居た、猫さん=^,,^=
色つやは良く、野良ではなさそうですが、、、近所に民家は、、、一応、新宿からの高速バスも来るどころではあるので…f^_^;

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にしても、くろねこさんは、撮るのが難しい…

2012/11/4  三陸探訪1日目後半2(つながっていない鉄路)  おでかけ

えー、体調不良などで、1ヶ月以上間があいてしまいましたが、9月上旬におでかけした『南三陸探訪記』の続編であります。

一応、ここまでのあらすじは・・・・

仙台から石巻線経由(途中から代行バス)で、女川の街を再訪。更地化が進んでいて、震災を思い起こさせる残骸が減ったかわり、そこに街があったということすら感じさせないようになっている。

引き返すのに、女川の市役所仮庁舎→石巻市郊外大手スーパーの無料送迎バスに便乗したら、昼食には容易にありつけたが、そこから駅に戻るのに一苦労。猛暑の中、なんとか最寄の駅へたどり着いたものの、次の列車まで時間がありすぎて、結局、路線バスで石巻市街へ戻る。

石巻線から、小牛田(→仙台方面)へは戻らず、分岐駅の「前谷地」にて、気仙沼線へ乗り換え。気仙沼線の運転再開区間は、数駅先の柳津まで。そこから先は、この夏の終わりまで、列車代行バスですら運行不可能なほど、線路・道路ともに寸断されていた(内陸経由の一般バスで迂回はできた)区間。

8月の後半に運転開始した「列車代行バス」に乗り込んだ先の風景は・・・・言葉で語るより、実際の風景を見ていただきましょう。

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国道から駅(があったと思われる場所)へ回り込む道
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震災後に新設?されたコンビニの駐車場(画面手前)
寸断されたままの線路(画面奥)
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駅前(だったはずのところ)から、国道(だったはずのところ)をみた風景
橋脚だけ残っているのが、なんともシュール

ちなみに、画面右に映っているのは駅名票です。あくまで、「バス」は「列車代行」なので、バス停ではないのです。その証拠に「気仙沼線」としっかりかかれており、全て「○○駅」という表示になっています。

と、まぁ、こんな惨状が未だに至る所で広がっているわけで・・・・・復興まで、道半ば、どころか、まだ、入口じゃない?というのが、いつわらざる実感です。はい。

ちなみに、役場とかは、こんな感じに、
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高台にたてられていた運動公園?などを利用して、仮設されていました。

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大昔には終点だった時期もある本吉駅。ここは高台である上、街の山側に駅があるため、駅舎の損害はあまりなく、そこを利用してバスの「駅」としています。

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非常に見辛い画像でもうしわけないのですが、一部区間は、線路のあったところをとりあえず舗装して、バス専用道(いわゆるBRT)になっています。ただし、元々単線だったので、すれ違いは「駅」か、要所要所に設けられた「待避所」でしかできません。

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最終的にたどり着いた気仙沼駅。代行バスの「駅名票」は、地元の路線バスの「バス停」より、がっちりしていて立派でした。つまり、この先数年は使い続ける=鉄路の復旧が見込めない、ということです・・・・・

と、ここまで、途中下車したい場所は山ほどありましたが、このバスから降りると、この日のうちに宿泊施設が健在なところまでたどり着けない危険があったので、自粛しました。

なおかつ、更に北、大船渡市方面を目指したかったのですが、既に、バスは無く(この区間は、まだ、列車代行バスが走れない)、この日はここでギブアップ。

気仙沼駅から、大船渡線にて一ノ関まで脱出できる最終列車まで1時間弱あったため、気仙沼の市街地へ、食料調達に。駅そのものは高台にあったため被害は軽微だったようですが、湾の奥にあった旧市街の中心部は壊滅状態。街路灯すら未復旧のままなので、暗い中、写真はとれず。

そんな中に仮設された「屋台村」みたいなところがあって、そこで、ようやく、晩御飯にありつけました。
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まぐろ中落ちユッケ丼と茶蕎麦のセット

もうちょっと時間があったら、普段は呑めない自分も、ちょこっとだけ呑んで行こうかな?、と思ったのですが、なにせ、終列車の時間が迫ったため、これだけで断念しました。
(つづく)




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