祝日の午後7時過ぎ。もっと遅い時間にはいっぱいになる高速道路インター出口すぐの行きつけのラーメン屋は、数組のお客だけ。たどたどしい日本語の丸顔中国人アルバイトの女の子に、ラーメン餃子白飯セット1000円を注文したころ。
目の端に男と女。
そういえば、わたしの車にちょっと遅れて入ってきた5年落ちぐらいのメルセデスベンツCクラス。
男/40代後半、やせ形、長身、短髪。さすがにこの時代パンチパーマということはないけど、眼光鋭いキワキワのひとかしら……。
女/年齢は……20代半ばぐらいか。くりくりパーマ。キャップ。ダブダブのパーカ、ダブダブのパンツ。泉州の庶民の女のユニフォーム。
注文もそこそこに、おっさんは携帯を取り出す。
男「あ、あのなあ。仕事もう少しやねん。うん。うん。あ〜そうか。今?今は……えっと○○、○○。うん、もうちょっとしたらな、帰るから。」
家人への電話。おっさん、ここ○○ちゃうやん。あからさまな嘘。しかも微妙に近所の地名を使うところに、彼のいいわけの心苦しさがにじみ出ている。●●インター出たとこと言った瞬間に、彼の逮捕容疑は固まってしまうのだから。
そこへ女の携帯が鳴る。
女「もしもし。あ、××くん?どうしたん?うん。なんで?え、そうなんや〜」
にわかづくりの流暢な猫なで声は、女の緊張感をはらんでいる。
女「え?ちゃうよ、ちゃうよ。そんなんちゃうから。うんどしたん?酔ってるん?え、なんで〜?」
詰められてなお、女の電話の男の慰撫を試みる声音は続く。堂々とした受け答えに破綻はない。
女「ちゃうやん、どしたん?なんでそんなん?今日は、今日はけーへんの?あ、そんなん、うんそしたらまた電話するわ。」
切り抜け顔を想像するわたしの耳に、女の言葉が飛び込んでくる。
女「え?今?今うちちゃうよ。
○○やねん。」
わーお。
男と同じ嘘。プライミング効果でしょうか。
このシーンを手がかりにより大きなストーリーを妄想することは、【プロの妄想家】を目指すわたしには容易い。というより、これは妄想塾の初級編のテキストだ。いかんいかん、わたしともあろうものが、このようなレベルで興奮しては……。
そこへ注文した餃子がやってくる。バイトの日本語は相変わらず怪しい。おねえさん、お国の餃子とこれは、どっちがうまい?とか軽口をとっさにきけるおっさんになるにはどう修行すればいいんだろう……とか思っているうちにラーメンを平らげてしまった。
男はようやく箸をつけたところだ。女がフォローのつもりかメールを超速でうっている。
店を出たとき、道を挟んでキラキラ手招きをするネオンを見る。
高速道路を出たところにあるラーメン屋の祝日の宵の口、ごくありふれた日常。そして【妄想メモ】。