新しいがん治療の展望のニュース。二つ目は、9月2日付の毎日新聞に載っていた「肝がん細胞の大半を正常化」するマウス実験に成功したというニュース。人間に使えるようになるかどうかは不明だが、なるように期待。
記事は次のとおり。
肝がん:細胞の大半を正常化 遺伝子など使いマウスで実現
http://mainichi.jp/select/science/news/20090902k0000m040154000c.html
2009年9月2日【毎日新聞】
マウスの体内の肝がん細胞の大半を、正常な細胞に変化させる新しい手法を、森口尚史・米ハーバード大研究員らのチームが開発した。肝がんの悪性度などに関与する遺伝子などを使い実現した。2日、米ボストンで開かれる「分子生命科学会議・幹細胞シンポジウム」で発表する。
チームは、まずがん細胞を作る「もと」になるヒトの肝がん幹細胞をマウスに移植し、肝がんマウスを作成した。この幹細胞に風邪の原因ウイルスと同種のアデノウイルスを使って、肝臓で働きが低下するとがんの悪性度を高める遺伝子「HNF4α」を組み込むことに成功。さらに、がん細胞が正常な細胞になる能力を高める働きがあり、海外では抗がん剤としても使われる2種類の化学物質を患部に投与した。
その結果、投与から60日後には体内の肝がん細胞の85〜90%が、見た目や機能が正常な肝細胞に戻り、染色体もがん細胞特有の異常が消えることが分かった。一方、治療したマウス8匹は実験から8週間後まですべて生存していたのに対し、何もしなかった同数のマウスはすべて死んだという。
森口研究員は「今後、安全性を確認し、人での治療を目指したい。完全にがんは消えないが、残りはがんの部位に電極を入れて焼くラジオ波を使えば、手術に比べ体に負担の少ない治療が可能になる」と話している。【奥野敦史】
(記事ここまで)
このブログではほとんど紹介していない「がん幹細胞」という言葉が、常識のように記事中に書かれているので、まず最初に簡単に解説。がんは「勝手に細胞分裂する均一な細胞の塊」と思われていたが、最近の研究ではがん細胞の中にも役割があることが判明し、中でも無限に分裂を繰り返すことができる「がん幹細胞」が、がん発症と進行には不可欠だと考えられるようになってきた。
幹細胞そのものについても研究が進んでおり、人間の体の中で損傷した部分があると、そのまわりにある分化した(一人前になった)細胞が細胞分裂するのではなくて、そこに必要な幹細胞がやってきて分裂したり分化したりして、そこを修復することがわかっている。
がん幹細胞についても他の正常幹細胞と同様、そのがんが存続するために不可欠な、いくつかの働きをしていることがわかっている。また、抗がん剤である程度分化したがん細胞を叩いても、がん幹細胞にはその治療が効かない場合には、再発する可能性が高いといわれている。そのため「がん幹細胞を根絶するにはどうすればいいか」という方向でも、がん治療の研究は進められている。
今回のニュースに先立って、肝がん幹細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作ったというニュースも、7月始めに報道されていた。
がん幹細胞からiPS細胞 米大など成功、治療法への応用も
2009年7月9日【日本経済新聞】
米ハーバード大の森口尚史研究員と東京医科歯科大などは、がん細胞を作り続ける「がん幹細胞」を使って新型万能細胞(iPS細胞)を作り、これを正常な細胞に変化させることに成功した。新療法につながる成果で8日からスペインで始まった国際幹細胞研究学会で9日発表する。
がん幹細胞はがん細胞のうち、自己複製しながらがん細胞を作り続ける少数の細胞。抗がん剤が効きにくくがんの再発原因とみられている。(バルセロナ=吉野真由美)
(記事ここまで)
これを発表したのも、同じ森口研究員らのチームだ。基礎研究でも画期的な成果を上げ、人への臨床応用もあと一歩というところまでこぎつけている。
基本的には同じ技術を用いているようだ。肝がん幹細胞の「肝がんたらしめている遺伝子」を修正して正常な細胞に戻すということを、肝がん幹細胞でも成功し、分化した肝がんの細胞でも成功したということなのだと思う。
ただ、人の肝細胞がんの場合には、ウイルスによって「がんになりやすい」下地が作られている場合が多く、そのような細胞も正常化できるのかどうかは、今後の課題だろうと思われる。今後の研究の進展に期待。