どうも。
忙しい、いつまでたっても忙しい・・。そんな生活が好きなんだけど・・。
先日、以前書いた、中学校への出前授業が修了した。
これまでにない、ゆっくりした時間枠をもらって進行できたので、生徒との心の交流もささやかに取れたような気がする。
昨日、彼等の書いた感想文が送られてきて、こちらの思いが予想以上に伝わっていた事に感激した。純粋に嬉しい・・。
多感な時期を過ごす彼等との接触は、私自身もなにかを思い返す切っ掛けとなったように思う。なぜ、このような活動をつづけているのか・・・とか。
・・・私は小学校の時、かなりユニークな子どもだった・・・
低学年の頃は、福井県に住んでおり、北陸の気候が合わず病気がちだったせいで、学校に途中から行く事が多かった。自分のいない間に親友が他の友達と親しくしていたり、仲間はずれにされると、私は暴力でみんなの気を引こうとしていた。その頃のあだ名は
「裏番長」だった・・。
小学校3年になると、父の転勤で大阪へ転校した。
大阪の子どもは、皆
「番長」に見えた。
田舎者の私は、しばらくおとなしくしていた。
だけど、慣れてくると個性を発揮させるようになった。
大阪の気候は暖かく、自分はどんどん健康になった。
気分も明るくなった。
みんなに喜んでもらう為だったのか、帰りのホームルームの時間によく手作りの影絵をしたり、自作自演の演劇をした。
漫画オタクの気があったので、「アニメ情報」というな名の小冊子を作って、
その頃流行っていたダーティーペアのキャラクター、けいちゃん(ショートカットの方)になりきって、体操服を改造してコスプレして、最新のアニメ情報や、4コマ漫画を描いて配っていた。
これらの行動の切っ掛けがなんだったのか、いまだに不明だけど、とにかくキラキラしていた。
こんなような内容のことを、今回の中学生との授業の中でも話していた。
結局、今やっていることも、このときの自分と変わらないんだと感じている。
誰かを喜ばせたくて、誰かと関りたくて、誰かを知りたくて、自分を伝えたくて、、
そんな事が自分の根底にあるし、この小学生の時のように、無心で純粋な気持ちで表現できることが、私の目指す先にあるのかもしれない・・。と思ったりする。
こんなことまで学生と話せた授業は、彼らにとってもなにか、心を許せる切っ掛けになったようだったし、私自身も「心が通じている」と感じる瞬間を確認できた。
中学生、色んな事が見えてきて、悩みの多い時期だった。
高校生、同じく悩んだ。さらに判断材料が少ないので、間違った道に行きやすかった。
大学生、出来そうで思いどうりに出来ないもどかしさに悩やんだ。
社会人、合理的にすることができなくて悩んだ。
現在、無駄はない事を学んだ。今がよければ全てよし。

0