土屋祝郎の「紅萌ゆる」岩波新書を読んだ。1978年の本だし、著者も1908年生まれだから存命かどうか分からない。昭和7年に第三高等学校(三高)を中退している。
京都帝大では西田幾多郎を中心として天下を睥睨していた。急速にファシズムが進行しているとき、特高の目を逃れるため、いろいろ手段を講じたが、最後に捕まり、拷問にかけられた。教授たちの前で、三高は帝国主義を育成する学校だと分かったと言い、退学すると宣言した。
「紅萌ゆる」は三高の代表的な寮歌だが、ほかにもたくさんの寮歌が出てきて、描写を飾っている。

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