車が好きだった。
子供の頃に描く絵もほとんどが車だった。それも先っちょの長いスポーツカー!
スーパーカーブームのとき
ポルシェ911カレラの写真を表紙にした学習ノートを持っていた。たしか緑色のボディーに黒で“Carrera”の文字がドアからリアの下の方に書いてあったような記憶がある。
しかし、ポルシェを欲しいとは思わなかった。スーパーカーはスーパーカーで自分とは別の世界のものだと思っていたので、手に入れるということは想像外のことだった。
時は経ち1999年。ある雑誌に掲載されていたポルシェ・ボクスターの写真を見たとき、ふっ、と「手に入れられるかも知れない」と思った。
しかし、まだ僕の手の届くところにはなかった。そのページを切り取り仕事場の壁に貼った。黒の“Boxster”
そして2003年早々。その日、僕は
アルファロメオ147に乗って会社に向かっていた。
人見街道から甲州街道へ、裏道入って代々木上原で井の頭通りを突っ切って旧山手通りへ、猿楽町を曲がって渋谷・桜丘へ。
その間、3度、僕の前に“911Carrera”が走っていた。
『ほら、手が届くだろう』
3台の911はそう言っているように思えた。
こうして僕は“PORSCHE 911Carrera”のハンドルを握ることになった。
その“Carrera”と今日、別れてきた。
5年間のリース期間の満了で手放すこととなったのだ。
これまで10台以上の車に乗ってきたけどPORSCHEはやはり格別の車だった。
それと別れるというのはその寂しさも格別のものである。

〈さよなら・・・ありがとう〉
北海道にも行った、東北も一回りした。
十和田の
蔦温泉の前で撮った写真はすごくいい感じ。
日光のいろは坂では壁に激突もした。
釣竿を積んでフライフィッシングにも行った。
大阪から紀伊半島一周もした。
スピード違反は意外にも一度もなし。
もちろん通勤の足としても申し分なかった。
(ポルシェでなくてもできることばかりだが・・・)

〈紀伊半島の旅〉
惜しいのはサーキットでの走行が出来なかったこと。
ポルシェ主催のドライビングスクールがあってぜひ参加したかったのだけれど、仕事の関係などで日程があわず、本来のポテンシャルを引き出しそれを堪能することが出来なかった。(もっとも参加できても僕の技術でそれが出来たかどうかは大いに疑問ありだが)
昨年末に発注した次のポルシェは今、シュトゥットガルト郊外のツッフェンハウゼン工場で組み立てが終わり船に積まれるのを待っているという。
あと1ヵ月から2ヶ月の間には新しい“911”に会える。
恋人との再会を待ちわびる気持ちにも似ている。いや、それ以上かも。
そう言ったら誰かさんに叱られるか。