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■義経黄金伝説■第20回   義経

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■義経黄金伝説■第20回 
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第4章 一一八六年 足利の荘・御矢山(みさやま)

■1 一一八六年文治2年 平泉   

 平泉の伽羅御所の前に、荷駄十数頭が準備されている。東大寺のために沙
金が積まれているのだ。多くの人足が立ち働いていてひといきれがする。
「西行どの、気をつけられよ。この街道ぞいに盗賊もでよう」
秀衡が西行に話している。
「何の、このような老人が、この沙金もっているとはおもいますまい」
「ともかく、用心には用心じゃ。あの吉次が運搬ことわるとはのう」
 この時、西行は、この秀衡の別策のために,吉次が断ったことを知らない。

「しかたありますまい。これも時勢でございましょう」
「後白河法皇にもよろしくお伝え下されい。法皇さまの意図、この秀衡は十分
にわかっておりますゆえに」
影都の件である。

「わかりました。秀衡さまもくれぐれもお体、大切になさいませ。今、天下の
趨勢は、秀衡さまが握っておられます。また、高館(たかだて)の君にもよろ
しくお伝え下さい」
 高館の君とは、義経の事である。
 伽羅御所側の丘に、荷駄隊とともにさって行く西行の姿を見る僧形の大男が
いて、ひとりごちた。
「義経さまの願いとあらば、しかたあるまい。白河の関までついていくとする
か」
 単騎の男は、飛ぶ鳥のような勢いで、出発した荷駄隊の後をつけ始めた。

 同じ折り、近くで物見をしている一団があった。
 伊賀黒田の庄から西行をつけていた黒田悪党である。
この時期、神社仏閣に属する商人は、供御人(くごにん)、神人等として神社
や天皇家に属し日本国内の通行の自由を保証されている。黒田悪党は、東大寺
の通行証を手に入れている。大江広元の手配であった。

「よいか、西行らを待ち伏せるは、板東足利の荘、御矢山(みさやま)ぞ」
「平泉と板東の境にある御矢山か。あそこなら、願ったり、適ったりじゃ」

 この頃、頼朝は御家人の士気高揚の実益をあげるために、関東地方にある足
利の荘御矢山の祭を後援している。
 御矢山の祭は、いわば、関東武士のオリンピックであり、御矢山には今で言
う競技用スタジアムが作られている。鎌倉ご家人が自らの武芸の腕を誇り、ま
た神に前で鎌倉殿にたいする忠誠を見せる意味合いがある。

 御矢山の中央に平坦な凹地があり、南北三七〇メートル、東西二七〇メート
ルの十段の階段状段丘が巡らされていた。この段丘でご家人たちが、他の武士
の武芸を堪能するのだ。

 平泉から板東に向かう奥大道(おくだいどう)をゆく西行一行の荷駄に。
矢文が、打ち立てられていた。
 「何事ぞ」。 
その文面を西行がたしかめた。
「静殿を預かっている。代わりに、黄金三千両差し出されよ。場所は足利、御矢
山。期日は七日後、正午。黒田悪党」
 と矢文には、記されていた。
「む、静殿、つかまりしか、この手誰れは、頼朝の手のものか」
「が、鎌倉殿の手先とすればおかしくはありますまいか」
西行に十蔵が告げた。
「それに、西行様、その時は、足利の荘は、御神事ではございませんか」
「そうじゃ、御矢山の祭だ。こやつら、黒田悪党と名乗っておるが、その祭の
行き帰りをねらっていたかも知れぬ。が、」
西行が首をかしげている。
「いかがなされましたか」、
「なぜ、わしが御矢山の祭へ行く事をしっておったかのか。やはり、頼朝殿か
これは、わしと頼朝殿しかしらぬ事ゆえ」
「これは、十蔵殿、手働きをしていただくかもしれぬのう。それに結縁衆の方
の手助けもな」
 十蔵と西行には準備が必要であった。
(続く)
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■義経黄金伝説■第19回  義経

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■義経黄金伝説■第19回 
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第3章 一一八六年(文治2年) 平泉
■■6 一一八六年(文治2年) 平泉

秀衡の政庁を、西行がおとづれている。
現れた秀衡に土産がございますと西行はある巻き物を広げている。
「これは…」
 秀衡の前に広げられた絵図。鎌倉の地図だった。それに何やら矢印
が付け加えられている。
「まさか…」驚きを隠せない秀衡に、にこりとしながら西行が言った。
「ほんの手土産です。秀衡様とは長い付き合いじゃ。ほんのお礼です
よ。私は鎌倉の地をよく見て参りました。戦いはどうすればよいか、
また守るにはどうしたらよいか。加えて、この知識と絵図を東大寺の
重源殿に送り、できあがったのが、この絵図です。重源殿とは、ご存
じのとおり、俺とは高野山で若きころよりの知り合い。また、中国に
二度渡り、中国・宋の都市建築を見て参られた。新興都市鎌倉の欠点
、南の海岸にあります」
「南の海,由比ガ浜から攻撃せよとおっしゃるのか」
「さようです」
「水軍が必要となろうが」
「そこは、それは秀衡様は、水軍にお強い吉次を初めとしてな。加え
て、義経様の者共、水軍出身の方が多かろう。また、弁慶殿は熊野水
軍ともお近い。平泉水軍、安藤水軍、熊野水軍、伊勢水軍、加えて西
国の反源氏平家勢力を加えれば容易いことでこざいましょう。相手は
伊豆水軍となりましょう」
「おお、何と」
「しかし、よろしゅうございますか。必ず総大将は義経様とされよ」
「義経様こそ、反頼朝公の旗印です」
「西行殿、ありがとうございます」秀衡は頭を下げている。
「いやはや、これはこれ、この東大寺のためのが沙金をいただいたほんのお礼
。まだまだ、秀衡様には生きていただいて、働いてもらわねばなります
まい」
「ほんにのう。日本を京都と平泉を中心とした仏教王国にするために
は、それが必要でございましょう」
秀衡はにこやかに言った。
「が、伊勢神宮の方はいかがかな」
「それはそれは、私の知恵の糸を使い、この仕事を終えて、京都へ帰っ
たのち、再び、重源様をはじめ三百人ばかりの僧を、伊勢神宮に参らせ
るつもりでご
ざいます」
「西行殿のお考えは、さようなこと、できようか」
秀衡も、西行の考えに興奮して答えた。
「ふふう、秀衡様、西行もそれくらいのことはできるのでございますよ
。さらに、このおりに、伊勢神宮にいろいろな歌を報じます。有名な歌
のいくさ人、歌人にお願いしていて、「しきしま道」による国家防衛、
平和祈願を行います」
「ほお、例えば、どなたかな」
「近ごろ、よい歌を作りよる藤原定家殿とか」
「おおう、よくお名前は聞く。さすがは西行殿、京都の、いや日の本の
歌事、「しきしま道」の総元締めでおられるか」
「いやはや、然様な者では、私はございませぬ」
「ふふう、そうなれば、やはり後白河法皇様に進められ、出家なされた
のも無駄ではございませんでしたな」
「ふふ、そのことは、他言無用にしてくだされませ」
西行は、後白河と話し合いをした案を、秀衡に話、京都と平泉の連携作戦を
話し合い、その時はいつまでも続くように思われた。
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■義経黄金伝説■第18回  義経

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■義経黄金伝説■第18回 
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第3章 一一八六年(文治2年) 平泉
■■5 一一八六年(文治2年) 平泉
西行は京都の松原橋の事件を思い起こしている。
義経が、源頼朝の暗殺部隊に襲われた事件だ。
「義経殿、私はこの平泉王国が好きなのじゃ。この異国の平泉が。この平泉
を私が訪れましたのは、二十六才の頃です。それは、それは、このような地
が日本にあるとは…、平泉は仏教王国、聖都です。このような平和な美しい
都が、末長く続いてほしいのじゃ。この度の、私の平泉訪問の目的も知って
おられましょうぞ」
「聞いております。法皇様は、この平泉が鎌倉と事を構えないように、お考
えになっておられるとのこと、相違ございませか」
「さようでございます」
「そのために、この義経が邪魔だと」
「そうおっしゃるでしょうな。が、義経殿、秀衡様は別の考えをお持ちじゃ」
「と、いうと」
「義経殿のお命を、平泉の沙金で買おうとなさっておいでじゃ」
「この私の命を、、沙金でと…」
「お怒りあるな。義経殿もご存じでござろう。南都東大寺が平重盛様に先年
焼かれてしまいました。その勧進使度僧を重源上人がこの私にお命じになり、
この平泉までやって参りました。私西行は平泉への途上、鎌倉へ寄り、頼朝
様にも会っております」
「兄者と…」義経、表情が変わる。
「いえいえ、心配なさるな。義経殿の扱いの提案を、秀衡様とあらかじめ書
状で取り交わしておりました」
「兄者は何と…」
「義経様も、お聞き及びでしょう。東大寺勧進が、頼朝様は金千両、それに
対して秀衡様は何と金五千両。その差四千両。これではあまりに差がつきま
す。それで秀衡様より、内密に頼朝様に金四千両の沙金をお渡しする約束で
きております。それを東大寺へお送りします」
「つまりは、私の命を、平泉の砂金四千両で買おうとうわけか」
「いえいえ、頼朝様のこと、今は四千両を受け取り、後々様子をお伺いにな
りますでしょう」
「それが平泉からの物資、必ず鎌倉を通すという約定の本当の目的なのです
か」
「さようでございます」

 西行は義経に、東大寺の重源(ちょうげん)から預かったものを渡す時が
きたと考えた。
「さあ、義経殿。やっと二人になれたところで、重源殿からの贈り物です」
 西行は義経に竹包みを差し出している。
「これはどうもありがとうございます。さて、これは…」
「まあ、まあ、開けてくだされ。それからお話しいたします」
 西行は、にこりと微笑んだようであった。
「おお、これは、建物の図面ではござりませぬか。これを私のために…」
 義経は子供のように、喜んでいた。
「そのように喜んでくだされるならば、西行いささか恥ずかしく思います。
いやいや無論、私が図を起こしたものではない。ほれ、お主も知ってござろ
う。重源様の図面なのじゃ」
「おお、あの東大寺を再建されておられる重源様の…」
「よいか、私が直々重源様に頼んだのじゃ」
「一体何故に、このような図面を」
「よいか、義経殿」
 西行は真剣な顔付きとなり、義経の方へ膝からにじり寄った。
「これはあくまでも二人だけの話ですぞ」
 義経は西行のただならぬ気配を感じ、顔色を変えている。
「奥州藤原氏を信じてはならぬ」
「何を仰せられます。あの秀衡殿が…」
「まあ、義経殿。落ち着いて聞きなさい。秀衡殿は別じゃ。和子たちが
問題なのじゃ」
「和子たちが一体私に対して企みを持っておられるといわれるのか」
「そうじゃ、義経殿。己が身の上考えて見なされい。いずれの身かわ
からぬお主を育ててくれ、勉強されてくれたは秀衡殿。が、和子たち
はお主のこと、よくは思っていまい。考えてもみなされ。お主がいる
ことで平泉が危険になっておる」
「私にこの平泉から逃れよとおっしゃるのか、西行殿。それはあまり
ではござらぬか。私と秀衡様のこと、西行殿はよくご存じではないの
か」義経は涙を流さんばかりである。
「よいか、義経殿。この地図の通り建物を建てなおされよ。そして密
かに北上川の抜け穴を作られよ」
西行は、秀衡を動かし人即に手配をさせていた。
「抜け穴ですと、私は敵に後ろを見せる訳にはいきません」
「万が一のための予防策でございます。そして、この造作にはこの男
を当てられよ」
西行は後ろから、人を呼び入れた。人影が急に義経の前に現れている。
「お初にお目にかかります。東大寺闇法師十蔵と申します。重源様か
ら命を受けて、この平泉まで参りました。どうか、この建物の作事の
支配方は、私にお任せくださいませ」

西行が一人ごちた。
「不思議な縁でござりました。平清盛殿、と私は北面の武士の同僚で
ございました。清盛殿は平家の支配を確立し、この私は義経殿をお助
けしたのです。治承・文治の源平の争いの中を、私は伊勢に草庵をか
まえ、戦いとは無関係に生き残ってこれたのも、秀衡殿のお陰です。
食扶持の費用は、秀衡殿にまかなっていただいた」
「西行様にとって、秀衡様はどのようなお方なのですか」
「そうでございますな。あれは私が二九才の折りでござったか。京都
で秀衡さまにお会い申した。そのおうた折り、佐藤家の夢を与えて下
さったのです」
「夢ですとと」
「そうです、京の戦いにもかかわらず、奥州には、この平泉のような
仏教の平和郷、極楽郷があるという夢です。私が昔、この平泉を訪れ
た時の思い出は、、この戦乱の世に、いつも、目に焼き付いていて慰
めとなるは、この束稲山の桜の姿なのです。あれが、この世にあって
は、何か平和の証しのように私には見えたのです」
「西行様は、桜の花がそれのどまでにお好きなのか」
義経がたづねる。
「私は、月と花をよく謡います。日本のしきしま道の根本なのです。
が、この何年か身近に人の死をみすぎました。その京の地に比べ、こ
の奥州平泉の地、なんと静かなことよ。100年の平和、その時期を
お作りななれた奥州藤原氏の見事さよ」
義経が深くためいきをつく。
「西行様は、秀衡さまと御同族と聞いております」
「さようでございます」
「では、藤原秀郷様の子孫ですか」
「そうです」
「兄上が西行さまに在られてごきげんはいかでございましたか」
「銀の猫をいただき歓待させました」
「藤原藤原秀郷の子孫、西行どのが、坂東新王、頼朝殿を、つまり新
しい反乱王将門(まさかど)をとどめるわけですか」
「私にとってもこの地は安住の地、が、この私の存在が、この平泉の
地を、地獄に変えるかもしれぬ」
「何を気の弱いことをもうされます。この奥州の地は敢馬の地。もと
より義経殿の戦ぶり、この地で培われたのではありませぬか」
「……」
「そのために、私はこの地を陰都(かげみやこ)としょうと考えるの
です」
「かげみやこ」
「東北の地を納める京都です。政庁には京都からどなたかをお招きし。
そして祭神は、崇徳帝様でおわす」
義経は、西行の話に引き込まれている。この平泉を救う事、また義経
を救う事を西行は話しているのである。
それには、頼朝に対して平泉の黄金をつかい、頼朝をとどめ、平泉を
安泰にするため京都から皇族をよび、崇徳を祭神として京都の陰都に
しょう。そして平泉と京都が連携し鎌倉を牽制しょうという案である。
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■義経黄金伝説■第17回  義経

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■義経黄金伝説■第17回 
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第3章 一一八六年(文治2年) 平泉
■■4 一一八六年 平泉黄金都市

 平泉にある藤原秀衡の政庁である伽羅御所で、宴が開かれていた。
 秀衡が上機嫌で、招かれた西行に挨拶する。
「西行殿、今日はよう来てくだされた。お知り合いを紹介しょう」
 「この西行の知り合いですと、はて」
 秀衡はほほえみながら
 「これへ、、」
 小柄な優男が、障子の向こうから現れて、西行に深々と頭をさげる。
「西行様、義経でございます」
「おお、これは……もうやはり平泉に着いておられたか」
 西行、身繕いを正す。
「それでは、私はあちらへ……ゆるゆるとお話下され」
秀衡は気を使い、二人っきりにしてくれた。

西行は義経に深々と頭をさげた。
「私が西行、歌詠みの僧です」
「西行様、ありがとうございます」
 義経が、逆に西行に対してまた深く頭を下げる。
「これこれどうなされた。源氏の武者が、歌詠みの老人に頭を下げるとは
めんような」
「いえいえ西行様、お隠しありますな」
「これは何をおっしやる」

西行が名乗りをあげるのは、この時が始めてである。それ以外は、鬼一方
眼が義経牛若丸の相手をしている。正式な紹介は今までなかったのだ。
「昔、私が鞍馬に引き取られたのも、西行様のお働きがあったと聞いてお
ります。また商人金売り吉次殿が、この平泉に私を連れて来てくれたのも、
西行様のお口添えと聞いております」
「はて、またおかしなことを申される。私は単なる歌詠み。それほどの力
は持っておりませぬ」
「いえいえ、お隠しあるな。私の供者、弁慶が知識の糸は、日本全国に散
らばる山伏の知識糸でございます。この世の動き、知識は、世にある山伏
の、すべて口から口へと伝えられております。西行様、お礼を申し上げま
す。この平泉で秀衡様に我が子のように可愛がられたのも、西行様の口き
きのお陰。いや、またこの私が、平家を壇の浦で滅ぼすことができたのも
、十五才の折りよりこの平泉王国や外国で学びました戦術のお陰でござい
ます。すべては西行様の縁(えにし)から始まっております」

 義経はふと、十五年前の京都の鞍馬山、僧正ケ谷を思い起こしていた。
 西行はこの後、秀衡の政庁である伽羅御所の北に離れている義経の高館
へ招待されていた。
 自分の屋敷で、うって変わって弱きになる。
「のう、西行殿、私はだれのために戦うてきたのでござるのか」
義経は。急に気弱になって父親に話すがごこくである。
「何をおっしゃる。今、日本で天下無双の武者であられる義経殿が、何を
お気の弱いことをおっしゃられる」
「が、西行殿」
義経の顔がこわばっている。ある思いでが義経の精神的外傷(トラウマ)
としていつも義経の心にある。
「私の最初の……父親の膝の記憶は、何と清盛殿なのです。母、常盤が清
盛の囲い者であったからのう。養父の大蔵卿長成殿の記憶は、あまりない
のです」
「……」
「それに平泉についてからは、秀衡殿の北の方、また外祖父の基成殿の保護
をうけました。奥州藤原氏と京都藤原氏との眼に見えぬ縁あるあるいは糸が
あったのです」
「……」
西行は、ただ聴き入っている。
義経は、自らの心の闇をのぞき、自分の過去半生を知る西行におもいのたけを
打ち明けていた。
「考えて見れば、私の一生は、いろいろの人々の糸がもつれ合っております
。源氏の糸、京都藤原氏の糸、奥州藤原氏の糸、後白河法皇様の糸、眼に見
えぬ平家の糸」義経は少し考えていたのか、しばらくおいて話した
「いま考えれば、平家の糸があればこそ、平家の長者平宗盛殿、平清宗
殿を、あの戦いの折り、殺さずにおいたのじゃ。それが一層兄者頼朝を怒ら
せてしもうたとはのう。何という世の中だ」
義経、溜め息をつく。
「そして、、、最後は西行殿が糸です。西行殿も奥州藤原氏のご縁です。そ
れに加えて、西行の別の糸がございましょう」
「私の別の糸とは」
「山伏が糸。また仏教結縁の糸じゃ。いや山伏の糸といってもいいかもしれ
ませね」西行は義経の顔をみている
「私は、いろいろな糸に搦め捕られて動けませぬ」
義経は、この地で、どうやら鬱状態に入っている。
西行は思う。この和子義経は、ついに安住の地をみつけられなかったか。
背景となり保護してくれる土地がなかったのか。
私が、この地平泉に、義経殿を送り込んだのも間違いかもしれぬ。
その行為は義経殿の悩みを増大させたのかもしれぬ。
「ここ平泉が死に場所かもしれません。が、私は、清衡殿、秀衡殿のように
中尊寺の守り神となることはできぬでしょう。私は奥州藤原氏の長者ではな
いのです」
初代清衡、2代基衡の遺骸は、守り神として、中尊寺黄金堂三味壇の床下に
安置されている。
「義経殿は、みづからが、奥州藤原氏になる事をお望みか」
「いや、そうではござらぬ。拙者はやはり源氏の武者、華々しく戦って死に
とうござる。が、戦う相手が兄者ではのう」
ためいきをついている。
「迷われておられるか」
西行は、こころの奥深いところから、怒りがわき上がってきた。
「義経殿が迷いが、この平泉仏教王国を滅ぼされるぞ」
この義経の弱気が平和郷を崩壊させる。
「が、この仏教王国も元々は奥州藤原氏が造ったもの。私が、この国の大将
軍になるは荷が重うござる」
「しかし秀衡殿のお言葉がござろう」
「その言葉、仕草が重うござる。何せ戦う相手は兄者が軍勢。また相手の武
者ばらは、私が一緒に平家を滅ぼした方々。いわば戦友。その方々を相手に
、戦わねばならぬのじゃ」
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■義経黄金伝説■第16回   義経

■義経黄金伝説■第16回 ―――――――
■義経黄金伝説■第16回 
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第3章 一一八六年(文治2年) 平泉■■
■■3 一一八六年 平泉黄金都市
西行はようやく平泉にたどり着いていた。
平泉全土の道路に1町(約108m)ごとに張り巡らされた黄金の阿弥陀佛を
描いた傘地蔵が、ここが、新しい仏教世界を思わせる。この地が仏教の守られ
た平和郷である事をしめしている。長い奥州の祈念が読み取れるのだ。
「おお、ここじゃ。この峠を越えれば平泉は望下の元じゃ」
「では、西行様、我々はこれにて姿を消します」
東大寺闇法師、十蔵が告げた。
「何、お主は、私と同じ宿所に泊まらぬつもりか」
「はい、私の面体にて、藤原秀衡殿に変に疑いを生じせしめらば、東大寺への
勧進に影響ありましょう。私は沙金動かすときに現れます」
 十蔵は、西行の前から音もなく消え去る。また背後の結縁衆の気配も同じよ
うに消えている。
西行の前に、平和なる黄金都市平泉の町並みが広がっている。京都とそっくり
につくられている。賀茂川にみたてられた北上川が、とうとうと水をたたえ流
れている。東の山並み束稲山は比叡山である。ここの桜を、西行との友情の
ため秀衡が植えてくれていた。
 平泉は当時人口十数万人を数え、この時期の日本では京都に次ぐ第二の都市
となっていた。清衡以来、わずか100年でこのように発展したのは、この黄
金の力によるのだろう。奥州王国は冶金国家であり、その基本は古来出雲から
流れて来た製鉄民の集まりである。金売り吉次が重要な役割につけたのも、岡
山のたたら師であった出自が大きなポイントになっていた。

 平泉・秀衡屋敷で西行を待ち受ける藤原秀衡は、この時六十七歳である。
「西行様、おおよくご無事で、この平泉にこられた」
秀衡はまじまじと、西行の顔と姿を見る。
「秀衡様、お年を召されましたなあ」
西行も嘆息した。
「前にあった時から、さあもう四十年もたちもうしたか。西行殿、当地に来ら
れた本当の理由もわかっておるが、私も年を取り過ぎました。息子たち、ある
いは義経様がおられましたら、法皇の念ずるがままに、この平泉の地を法皇様
の別の支配地に出来ようものを。残念です」
「季節はすぎております。お見せしたかった。おお、東稲山の桜は、きれいに
咲いておりまする。その美しさは、ふふ、四十年前と変わらぬではございませ
ぬか」
 西行はその東稲山の、京都東山の桜に似た風景を愛でた。
「変わってしまったのは、我らのほうです。西行殿、自然はこの後千年も二千
年も桜の花を咲かせましょう。が、我々の桜はもう散ってしまったのです」
「何を寂しいことを申されるのじゃ、秀衡殿。平泉という桜も今は盛りに咲い
ておるではございませぬか」
「が、西行殿。平泉という桜は、いずれ、散ってしまおう」
「西行殿だからこそ、話もいたしましょう。この陸奥の黄金郷、末永く続けた
く思っておるが、悩むのは、私がなくなった後のこと」
「なくなるとは、また不吉な」
「いやいや、私も齢六十七。後のことを考ておかねばなりません。六年前まで
おられた義経殿を、ゆくゆくはこの我が領地の主としようと画策致しました
が、我が子の清衡は、いかんせん、私の言うことを聞きそうにありませぬ」
「ましてや、義経殿が、この奥州を目指していられるとの風聞もある由、そう
なれば鎌倉殿と一戦交えねばなりますまい」
「西行殿、再び、平泉全土をご覧になってはどうじゃ。この平泉王国、けっし
て都に引けは取りますまい。この近在より取れる沙金、また京の馬より良いと
言われる東北の馬が十七万騎。いかに頼朝殿とて、戦火を交えること、いささ
か考えましょうぞ。そこで西行殿、ご相談じゃ。この秀衡、すでに朝廷より大
将軍の称号をいただいておる。加えて、天皇の御子をこの平泉に遣わしていた
だきたい」
「何、天皇の御子を平泉に…」
「さようじゃ。恐らく、西行殿も同じことをお考えになっておられるに相違な
い。この平泉、名実ともに第二の京都といたしたいのじゃ。今、京の荒れよう
は保元事変以来、かなりの酷さと聞き及びます。どうぞ、御子をはじめ公家の
方々、この陸奥ではあるが、由緒正しき仏教王国平泉へ来てくださるようにお
願いいたす。秀衡この命にかえましてお守り申しそう」
 平泉を第二の京都に、その考えは、後白河法皇も考えていたのである。が法
皇はそれにある神社を付け加えたいと考えていた。保元の乱にかかわったあの
方。そして西行もかかわったあのかた。
崇徳上皇である。

京都は霊的都市である。京都を建設した桓武は怨霊の祟りを封じ込める方策を
した。当時の最新科学、風水、陰陽道である。東北にあたる鬼門には、比叡
山を置き、西北には神護寺がある。文覚の寺である。またその対角線には
坂之上田村麻呂を意味した将軍塚をおいた。将軍塚は東北征伐を意味する。
坂之上田村麻呂が征服した東北、鬼門が奥州である。奥州平泉に比叡山にあ
たる神社をおけばよい。そうしれば、後白川は、京都朝廷は崇徳の祟りから
防衛できる。そう考えていた。

西行は、「しきしま道」すなわち言葉遣い士、言う言葉に霊力があり、西行
が歌う言葉に一種霊的な力があるとした。和歌、言葉による霊力で日本を守ろ
うとし、西行を始めとする歌人を周回させている。
西行はその意味で歌という言霊を使う当時の最新科学者。言葉遣い士である。
西行は、それゆえ歴史に書かれてその名が残るように行動した。現世よりも
死後歴史著述にその名が残るように行動した。そういう形で西行の名が不滅
であるようにした。後世、西行がポーズをとっていると言われるが、その行
動様式こそが歌人の証明であった。いわば祝詞という目出度い言葉を口にさ
せで、目出度い状況をつくりあげるのだ。万葉集という詩華集以来、日本は
世界最大の言霊のたゆとう国である。
平泉を第2の京都には、実質は奥州藤原氏によって立ち上げられている。後
は祭事行為をどこまで、認めるかである。

「秀衡殿、そうならば、鎌倉の頼朝殿の攻撃から逃れられるとお考えか」
「甘いとお考えかもしれぬ。しかし、我が子泰衡の動き、考え方などを見る
につけても、泰衡一人で、この陸奥王国を支配し、永続させていく力はござ
いません」
「が、義経殿がおられましょう」
「義経殿は、いまだ、どこにおわすかのう」
「秀衡殿、お隠しめされるな」
西行は語気強くいった。
「何と…」秀衡は慌てていた。
「すでに義経殿は、秀衡殿の手に保護されておられるのではないか」
西行は疑う様子が見える。
「何を証拠に…」
慌てる秀衡に対して、西行は元の表情に戻っている。
「いえいえ、今の一言、この老人のざれ言じゃ、気になさらずとも良い。が
、もし義経殿がおられるとしたらどうするおつもりじゃ」
「そうよ、それ、もしおられるとすれば…。西行殿もご存じのように、津軽
十三湊(とさみなと)、我が支配にあることご承知じゃろう」
「知っております」
 そうか、その方法があったのかと西行は思った。海上の道である。
「あの十三湊は、大陸との交易につこうておる。今、大陸では、平清盛殿のお
りとは違って、宋の力も落ちているとのこと。もし鎌倉殿の追及が激しけれ
ば、
義経主従、かの国に渡っていただこうと思っております」
「おお…、それはよい考えじゃ」
「つまり、義経殿は、この日の本からいなくなるという。それで頼朝殿から
の追及を逃れる。加えて法皇様の力で、この平泉政庁を第二の京都御所にし
とうございます。そうすれば、この平泉仏教王国は、京都の背景を受け安泰
でござる。そのためにはぜひとも…」
秀衡は砂金を使い、砂金をそれこそ、金の城壁にして平泉を守ろうとしてい
る。
京都はそれできくだろう、が、鎌倉は、頼朝殿は、そうはいくまい。西行は思
った。頼朝は、源氏の長者は、その金そのものがほしいのだから。
「その東大寺の沙金、そうした意味の使い方もござるのか」
「さようです。無論、東大寺の、重源殿に渡していただければ結構。
しかしそれがすべてではございまぬ。どうぞ、後白河法皇様にこの秀衡
の話を、取り次いでいただけませぬか」
「わかりました。この西行がこの老いの身をおして、再び平泉の地を訪れ
たのも、この極楽郷、平泉の地がいかがなるかと気に致してのこと。秀衡殿、
この地、永遠に残したいという思いあればこそ、二ヵ月もかけて、この陸奥
の地を踏みましたのじゃ。よくお受けくださいました。法皇様も喜ばれるこ
とでございましょう」

西行の思いは半ば成立している。崇徳上皇様、法王様、喜び下されい。こ
れで少しは鎌倉殿の勢力を押さえる事が可能かも知れない。
西行は四国の寒々した崇徳上皇綾を思った。
同じ寒さでも、ここは、崇徳上皇様にとって暖かかろう。
西行は、この平泉平和郷を守りとうしたかった。
ここでなら、西行の守る西国王朝、京都の言葉の武器「しきしま」道も守
れるかもしれん。

 平泉の衣川べりの高い台地に、新しい館が建っている。高館(たかだて)
と平泉に住むものどもは呼んでいる。 館の下を二人の雑色がとうりかか
り、館を見上げる。
「あれはどなた様のお館じゃ」
「お前、知らぬのか。あれは高館御所。義経様と郎党の方々が住んでおられ
るのじゃ」
「おお、あの義経殿か。それでもお館様の伽羅御所に比べれば、小さいのう

「まあ、これは俺が聞いた話じゃが、泰衡様が、義経様に対して、あまりよ
い顔をなさってはおられぬ」
「なぜじゃ」
「それは、お前。秀衡様は、我が子泰衡様より義経様をかっておられるから
のう」
(続く)
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■義経黄金伝説■第15回  義経

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■義経黄金伝説■第15回 
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第3章 一一八六年(文治2年) 平泉
■■1  一一八六年(文治2年) 多賀城   

 西行は、多賀城にある吉事屋敷をでて平泉に向かう奥大道を歩いていた。前
を歩く小者と従者をつれた女性が静であるとに気付き、呼び止める。
「静殿、静殿ではござらぬか」
「ああ、西行様」
静は西行に気づいている。静も平泉を目指していると言う。
「お子様のこと、誠にお気の毒でござる。が、御身が助かっただけでもよいと
はせぬか」西行はなぐさめようとした。
「我が子かわいさのため、あの憎き頼朝殿の前で舞い踊りましたものを。あ
あ、義経殿の和子を殺されました。ああ、くやしや」
「その事を確かめるのも、みどもの仕事であった。後白河法皇さまから、言わ
れておったのじゃで、静殿、この後はどうされるおつもりじゃ」
静は、少し考えて言った。
「行く当てとてございません。母、磯禅尼とも別れたこの身でございます」
「禅師殿とのう。さようか、そうなれば白河の宿の小山家(こやまけ)まで行
ってくだされぬか。我が一族の家でござる」
西行の一族、藤原家はこの板東に同族が多い。その一の家にとどまれと西行は
いうのだ。
「白河の関。まさか、義経様がそこまで…」
「はっきりしたことは言えぬ。が、義経殿に会える機会がないとも言えぬ」
「私が、西行様と同道してはならぬとお考えですか」
「ならぬ。儂の、この度の平泉への目的は、あくまでも東大寺の勧進じゃ。秀
衡殿から沙金を勧進いただくことじゃ。女連れの道中など、目立ち過ぎる。鎌
倉探題の義経殿に対知る詮議も厳しかろう。それに、いくら私が七十才を過ぎ
た身なれば、何をいわれるかわかり申さぬ」
静は、ある疑念をぶつけてみた。
「ひょっとして、西行様。わが母、磯禅尼とはなにか拘わりあいが、若き時
に」
静は、つねから、疑問に思っていたのである。
「これ、静殿、年寄りをからかう物ではない」
が、静は自分の疑問がまだ広がっていくのを感じた。
 西行は、自分と乙前があったあの神泉苑で、その思い出の場所で、この若い
二人が、義経と静が、出会うとは思っても見なかった。縁の不思議さを感じて
いる、やがて西行は意を決して言葉を発した。
「これは義経殿よりの便りじゃ」
「えっ、どうして、これが西行のお手に」
「儂がこのみちのくへ旅立つ前のことじゃ。実は、儂の伊勢にある草庵に、義
経殿の使いの方がこられて、これを鎌倉のいる静殿に渡すよう頼まれたのじ
ゃ。あの鎌倉では危のうて渡せなんだ」
「西行さま、義経さまとは」
「たぶん、平泉であえるだろう」
「平泉。どうか、私もお連れください」
「それはならぬ。頼朝殿の探索厳しい、そのおりには無用じゃ。この地にある
小山氏屋敷に止まっておられよ。きっと連絡いたそう。これが私の紹介の書状
じゃ。儂の一族がこの地におる」
「きっとでございますよ」静は祈念した。

 西行と分かれ旅する静たちに気付く数人の騎馬武者がいる。遠く伊賀国黒田
庄に住まいしていた悪党、興福寺悪僧、鳥海、太郎左、次郎左を中心とする寺
侍、道々の輩の姿の者どもが板東をすぎる途中に、十四人に膨れあがってい
る。その一行である。
 黒田庄は東大寺の荘園であり、東大寺の情報中継基地の一つであった。大江
広元からの指示を得て、西行のあとに追いついてきていた。そこでめざとく静
をも見染めている。
「おい、あれは静ではないか」鳥海がつぶやいた。
「おお、知っておる。見たことがあるぞ」
「あれは京一番の白拍子と謳われたのう。が、確か義経とともに吉野へ逃げ
て、どうやら頼朝が離したらしいのう」
 鳥海が付け加えた。
「ふふう、ちょうどよい。ここでいただこうぞ」
「おう、そうじゃ。女子にもとんとご無沙汰じゃのう」
「よき話。幸先がよいのう。静は西行へのおさえにもなろう」

 なかの三人はゆっくりと、旅装の静たちを追い越し、一定の距離で止まって
いる。静は何か胸騒ぎを感じた。
 騎上の三人がこちらを見ているのが、痛いほどわかる。それも好色な目付き
で、なめ回すように見ている。首領らしい三人とも、普通の武士ではない。
加えて、心の荒れた風情が見えるのだ。この戦乱の世でもその人間の壊れ具合
が静には手に取るようにわかる、
「そこなる女性、我々の相手をしてくれぬか」
静たちは無視して通り過ぎようとした。
「ほほう、耳が遠いと見えるわ」
「いや、違うだろう」
「義経の声でないとのう、聞こえぬと見えるわ」
すわつ、鎌倉探題の追って、静は思った。
 静は走り出していた。が、三人は動物のように追いかけて捕まえている。小
物と従者はその場で切り捨てられいる。
「ふう、どうじゃ。我が獲物ぞ」
「兄者、それはひどいぞ」
「次郎左、よいではないか。いずれ、西行が帰って来るまで、こやつは生かし
ておかねばならぬからのう」
「それも道理じゃ。ふふ、時間はのう、静、たっぷりとあるのじゃ」
 ひげもじゃの僧衣の男がにやついている。静の顔をのぞき込んでいる。

 街道の近くにある廃屋の外にひゅーっと木枯らしが吹いていた。
 可哀想な獣たち。
 静は、太郎佐たちを見てそう思った。
 きっと、この戦乱が悪いに違いない。静は舌を咬んで死のうかと思った。
が、万が一でも、義経様に会えるかもしれない。この汚れた体となっても、義
経様はあの子供のような義経様は許してくださるに違いない。
 静はそう思い、いやそう念じていた。この獣たちと生きて行くが上の信仰と
なっていた。 この獣たちは、静の体を弄ぶとき以外は、非常に優しかった。
静という商品の価値を下げてはいけないという思いと、以外と京の白拍子とい
う、京に対する憧れが、静を丁寧に扱わせているのかもしれなかった。

「おい、鳥海。あの笛、止めさせぬか。俺はあの音を聞くとカンが立つ」
太郎左が言う。 静が廃屋で、源氏ゆかりの義経からもらった形見の薄墨の笛
を吹いているのである。
「よいではないか、兄者。笛ぐらい吹かせてやれ」
「次郎左、お前、静に惚れたか。よく庇うではないか」
静は、我が体が死しても義経に会わなければならなかった。こうなった今はな
おさら。
(続く)
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■義経黄金伝説■第14回   義経

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■義経黄金伝説■第14回 
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第3章 一一八六年(文治2年) 平泉

■■一一八六年(文治2年)10月 多賀城・吉次屋敷

平泉で、義経が感激している時期、西行は少し離れた、多賀城(たがじょう)
(現・宮城県多賀城市)に入っている。奈良時代から西国王朝の陸奥国国府、
鎮守府がおかれている。つまり、多賀城は西国王朝が東北地方を支配がせんが
ためにもうけた城塞都市である。
いわば古来からの西国征服軍と先住アイヌ民族戦争での最前線指揮所である。
ここから先は、慮外の地、今までに源氏の血が多く流されしみついていた。
今も奥州藤原氏勢力との国境にあり、世情騒然たる有様である。鎌倉と平泉と
の間に戦端が開かれるかいなか、民衆は聞き耳をたてている。
西行は多賀城にある金売り吉次の屋敷を訪ねる目的があった。屋敷はまるで、
御殿のようであり、「大王の遠つ朝廷(みかど)」多賀城政庁より立派な建物
と評判であり、金売り吉次の商売の繁盛を物語っている。ここだけではなく日
本中に屋敷はある。

2人は先刻から、座敷に対峙していた。吉次は赤ら顔でイノシシのような太い
体を、ゆらゆらと動かしている。体重は常人の倍はあるだろうか。西行は、思
いが顔にでていまいかと、くるしんでいる。話はあまり、うまく進んではいな
い。
「吉次殿、どうしても秀衡殿の荷駄の護衛を受けてくれぬか」
吉事はふっとためいきをいき、上目つかいで、ためないながら言った。
「西行様、、、、いくら西行様のお願いとて、吉次は、今は、商人でございま
す。利のないところ商人は動きませぬ。今、藤原秀衡様は鎌倉殿と戦いの火ぶ
たを切られようとするところ。さような危ないところに、吉次の荷駄隊を出す
ことはできませぬ。やはり、昔のような事ができませぬ」
「わたしとお主との旧い縁でもか」
「牛若様、いあや義経様が、鎌倉殿とあのような、今は、、、やはり、時期が
悪うございます」
「吉次殿、お主も偉くおなりじゃな」
 西行は吉次に嫌みを言った。
(一体誰のお陰で、、この身上を吉次がきづけたのか)という思いが西行には
ある。

「西行様、もうあの頃とは時代が違ごうてございます。今は世の中は、鎌倉
殿、頼朝様に傾きつつまると、吉次は考えます」
「そういうことなら、仕方あるまい」
 西行、吉次の屋敷振り返りもせず出て行く。先を急がねば、いつの間にか、
姿を消していた十蔵の姿が現れている。
この二人をとりまくように、人影がまわりを取り巻き歩いている。鬼一方眼が
使わせた結縁衆である。
西行は十蔵に語りかけるのでもなく、一人ごちた。
「不思議な縁じゃ。いろいろな方々との縁でわたしは生きておる。平清盛殿、
文覚(もんがく)殿、みな、北面(ほくめん)の武士の同僚であった。清盛殿
は平家の支配を確立し、文覚は源頼朝殿の旗揚げを画策し、この私は義経殿を
お助けしたのじゃ。がしかし、この治承・文治の源平の争いの中を、この私が
生き残ってこれたのも、奥州藤原秀衡(ひでひら)殿のお陰じゃ」
西行は昔を思い起こしている。
あれは五十年程前であったか、
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■義経黄金伝説■第13回  義経

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■義経黄金伝説■第13回 
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第3章 奥州平泉
■■1 一一八六年(文治2年)10月 平泉

奥州の黄金都市平泉にはすでに初雪が舞っている。10万
の人口を抱える中心に
ある藤原秀衡屋敷が騒がしかった。多くの郎党が玄関先
に並んでいる。
「我が子よ」
 義経と秀衡は、お互いの体をがっしりと抱き締めてい
た。それは親子の愛情
よりも、もっと根深いものであった。いわば、お互いに
対する尊敬の念であろ
う。が、この二人の仲むつまじさが、秀衡の子供たちの
嫉妬を義経に集めたの
である。
「よくぞ、ご無事で、この平泉まで」
義経は肩を震わせている。それは平氏を打ち破った荒武
者の風情ではない。
「遠うございました。が、秀衡様にお会いするまでは、
この義経、死んでも死
にきれません」
「死ぬとは不吉な。よろしいか、この平泉王国、ちょっ
とやそっとのことで
は、頼朝を初めとする関東武士には、負けはいたしませ
んぞ。おお、どうなさ
れた、義経殿」
義経は涙を流し、秀衡の前にはいつくばっていた。
「くやしいのでござる。実の兄の頼朝殿の振る舞い。そ
れほど、私が憎いの
か。疎ましいのか。一体、私が平家を滅ぼしたのが、い
けなかったのか。私は
父の敵を打ちたかっただけなのです。おわかりでござい
ましょう」
 秀衡は、義経の肩を抱き、慰めるように言った。
「おお、そうでございますよ。よーく、わかっておりま
す。その願いがなけれ
ば、あなたを戦の方法を習わせに、女真族の元まで、い
かせるものですか」
奥州の帝王、藤原秀衡はゆっくりと義経の全身を見渡し
、顔を紅潮させてい
る。
「そうなのです。私の戦い方は、すべてこの奥州、さら
には秀衡様のお陰で渡
れた女真の国で学んだものでございました。おもしろい
ほどに、私は勝つこと
ができたのでございます」

義経は、頼朝のことも忘れて、目をきらきらさせて、戦
の話始めていた。義経
の圧倒的な戦い方は、日本古来の戦法ではなかった。外
国、特に騎馬民族から
学んだ戦い方、異なる戦い方をするということが、坂東
武士から嫌われる原因
の一つともなっていたのである。

 義経は、純粋の京都人でありながら、平泉王国という
外国へ行き、そこから
またもう一つ遠くの女真の国へ出向き、新しい地平を見
たのであった。
 義経は、自分の力を試したかったのだ。自分の力がど
れほどのものか。外国
で培った戦術がこの日本で、どれくらい有効なのか。義
経は、そういう意味
で、
戦術の技術者であった。技術者同志ということで、不思
議と冶金の技術者であ
った金売り吉次と気があったのかもしれなかった。もっ
とも、吉次は、今は商
人という技術者だが。
 義経は京都人であった。ましてや、源氏という貴人の
血を持っていた。また
義経は十五歳以降源頼朝の元へ参じる二十三歳までは、
奥州人でもあった。奥
州は京都から見れば、異国である。義経はいわば奥州と
いう外国生活をした訳
である。後年、戦術においては、それまで存在していた
戦い方を一変させた義
経の戦闘方法は、いわば奥州という外国製である。
 義経にとって育ての親は、藤原秀衡である。秀衡は当
初義経を京都に対する
政治的道具として使おうとしたであろう。が、義経の素
直さ。また何とも人を
引き付けるいわば少年のような健気さをこの奥州の帝王
は愛したのである。
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■義経黄金伝説■第12回   義経

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■義経黄金伝説■第12回 
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■■ 一一八六年(文治2年)10月 鎌倉の大江屋敷。

 鎌倉の大江屋敷では、静の母である磯禅師と、大江広
元が密談していた。大
江は西行との話の後、磯禅師を呼びつけている。
「ここは腹を割っての相談じゃ。二人だけで話をしたい

 怜悧な表情をした広元は、ゆっくりとしゃべる。
「これはこれは何事でございましょう。頼朝様の懐刀と
いわれます広元様が、
この白拍子風情の禅師にお尋ねとは?」
磯禅師は身構えている。広元は京都の貧乏貴族、昇殿で
きない低格の貴族だっ
た。それが、この鎌倉では確固たる権力を手にしている
。侮れぬこの男と禅師
は思う。
「あの静殿、本当はお前の娘ではあるまい」
 磯禅師の返事は少し時間がかかる。やがて、答えた。
「さすがに鋭うございますね。広元様、確かにあの娘は
手に入れたもの」
「禅師殿、赤禿を覚えておられるか」
 急に、広元は京都の事を問い始める。
 磯禅師の頭には、赤禿の集団が京都を練り歩く姿が思
い起こされた。
「何をおっしゃいますやら、平清盛殿が京都に放たれた
童の探索方、平家の悪
口を言う方々を捕まえたというは、広元もご存じでござ
いましょう」
 禅師は、続いて白拍子が清水坂にたむろしている姿も
思い出していた。
「いや、まだ話は続くのじゃ。この赤禿以外に、六波羅
から清水寺にいたる坂
におった白拍子が、公家、武士よりの悪口を収集してい
たと聞く。その白拍子
を束ねていた女性(にょしょう)があると聞く」
「それが私だとおっしゃるのですか」
「いやいや、これは風聞じゃ」
「……」
磯の禅師は黙った。次に来る言葉が怖かった。

尼僧が禿(かむろ)を呼び止めている。京都、六波羅の
近くである。
「どうや、あの方、佐藤様のこと、何かわかったか」
「あい、禅師様。残念ながら、も一つ情報がつかめまへ
ん」
「ええい、何か、何か、手づるはないのかいな」
「へえ、でも禅師様…」
禿は、いいかけて言葉を止めた。自分の想像を禅師に告
げたならば…。仕返し
が恐ろしかった。禿の思いには、何故そのように西行様
の情報を…、何か特別
な思い入れがおありになられるのか…、答えはわかって
いるようであった。つ
まりは嫉妬である。
西行が皇室の方々に恋をし、またその皇女の方も、西行
を憎からず思っている
ことを…。どうしても邪魔をしなければならなかった。

磯禅師の顔色は変わっていた。
がしかし、次の広元の言葉は禅師の予想とは違った。
「が、安心せよ。本当に聞きたいのは西行殿のことじゃ


「え、西行様のことですか」
 磯禅師はほっとした。平家のために行っていた諜報活
動を責めるのか。いや
そうではない。私はお前の過去のすべてを知っているぞ
という威しであろう。
ともかく、安堵の心が広がっている。そこは同じ京都人
である。
「そうじゃ。今日、西行殿が頼朝様の前に現れた。西行
殿は東大寺重源上人よ
り頼まれて、奥州藤原氏、平泉へ行くと言う。目的は東
大寺勧進じゃ」
「確か、西行様は、七十才にはなられるはず。西行様と
重源様とは、高野山の
庵生活の折りからお知り合いとか聞いております」
「そうじゃ、が、その高齢の西行殿は、よりにもよって
この時期に、平泉へ行
くというは何かひっかかるのじゃ」
「それで、何をこの私にお尋ねになりたいのですか」
「まずは、平清盛と西行殿の繋がりじゃ」
「確か、北面の武士であられたときに知己であったとか
、また文覚様とも知己
であったと聞いております」
「あの文覚どのと、重源どのは京都で勧進僧の両巨頭だ
。清盛がこと。西行庵
と六波羅とは指呼の間、六波羅へは足しげくなかったか

「特にそれは聞いておりませぬ」
 広元は、しばし考えていた。
 広元の声が、磯禅師の耳に響く。
「聞きたいのは西行とは奥州との繋がりだ。私も京都に
いたとき聞いておる
が、あの平泉第の吉次じゃ。あやつが数多くの公家に、
黄金や財物を撒き散ら
しておるのは聞いておる。そこで、吉次と西行との関連
だ」

 金売り吉次は、奥州藤原秀衡の家来であり京都七条に
ある平泉第(首途(か
どで)八幡宮のあたり)の代表である。平泉第は京都の
一条より北にあり、広
大な屋敷を構えている。いわば異国の大使館である。
 吉次の率いるの荷駄隊は、京都にて黄金を、京都在住
に多くの貴族に贈り物
として差し出していた。

「そういえば、平泉第は一条より北にありましたが…」
「西行は平泉第へは通っておらなんだか」
「ともかくも西行様、平泉の秀衡様とも確か知己であっ
たはず。そうなれば、
京都での西行様の良き暮らしぶりも納得がいきます」
「さらにじゃ、西行は西国をくまなく訪ねている。これ
は後白河法皇様の指示
ではなかったかじゃ」
「そこまでは私には断言できませぬ」
「それもそうじゃのう」
「広元様は、西行殿をお疑いですか」
「この時期に平泉に行くのが、どうもげせんのじゃ」

 西行殿…、なつかしい名前を聞いた。思わず磯禅師の
顔は紅潮している。広
元に気付かれなかったろうか。
 京都・神泉苑でのことを、磯禅師は思い出している。
多くの白拍子が踊って
いる。観客は多数である。その中に一際目立つ、りりし
い武者がいた。磯禅師
は、近くの知り合いの白拍子に尋ねる。
「あの方はどなたじゃ」聞かれた白拍子が答えた。
「ああ、あの方は佐藤義清様じゃ。このお近くのお住ま
いの佐藤家のご長男
ぞ」
 磯禅師は佐藤義清の方を見やって、溜め息をつくよう
に思わずつぶやく。
「佐藤義清様か」
 その白拍子が、微かに笑って言う。
「ほほほ、さては、磯禅師さま、一目ぼれか」磯禅師は
はじらった。
「ばかな、そのようなこと……」
 が事実だった。頬が紅色に染まっている。禅師十七才
の頃の思い出である。

 佐藤一族の屋敷は、油小路二条のあたりにあり、神泉
苑に近かった。
 佐藤氏は平将門を討った俵藤太…藤原秀郷の末裔であ
る。祖先は藤原北家で
ある。
 藤原秀郷五世の孫公清が左衛門尉に任じられ、左衛門
尉藤原を略して「佐
藤」とした。秀郷は鎮守府将軍となった。
 平安初期の鎮守府将軍が坂上田村麻呂であり、奥州と
いう異国に対する大和
政権側の侵略側の大司令官である。
 秀郷の長男千時が鎮守府将軍を受け継ぎ、その末流が
奥州平泉王国を作り上
げる藤原清衡と繋がっていく。西行の血はこの秀郷の五
男千常の系であり、こ
の頃は衰退していた。 この佐藤家の傍系は、関東地方
を中心に上野、下野、
上総、相模、駿河、三河、尾張、近江、伊勢にも広がっ
ていた。西行は藤原
氏、源氏、平氏と並ぶ豪族佐藤氏の一員だったのである

 奥州では、さらに奥州侵攻のための兵站基地としての
関東での勢力拡大をは
かったのが、後から来た源氏であった。関東、奥州で根
を張っている佐藤一族
の勢力を食い散らかして、武門の頭領となったのが、源
氏であった。
 古代の豪族であった佐藤氏末裔の西行が、関東、奥州
を旅行する際、助けを
得たのは、この秀郷を祖とする佐藤(藤原)一族の人々
であった。
 当時の旅は、知人を頼っていくのが常識であり、いわ
ば関東、奥州は佐藤一
族のネットワークがすでに張られていたのである。
そのような佐藤一族と源氏との長い争いがあり、 西行
は源氏をひどく嫌って
いた。

 北面武士のとき同僚であった平清盛とは、その全盛期
昵懇であった。その清
盛の息子重盛が、東大寺の大仏を偶然とはいえ焼き払っ
たのである。
 聖武天皇以来滅びることのない仏教聖地が滅びたので
ある。青天の霹靂であ
った。世の中は地殻変動が起こっていた。その象徴的な
ものが大仏焼失であろ
う。大宝律令以降の古代の貴族支配は、終わりを告げよ
うとしていた。
国分田を耕す者とてなく、荘園が日本中に広まっていた
。西行ですら、佐藤家
の持つ高野山近くにある荘園のあがりを弟仲清から送り
届けられていた。
 そして、西行が属していた武士の台頭である。保元・
平治の乱を通じて、こ
の世の中を動かしているのは、武力であり、つきりは武
家階級が日本を支配し
始めようとしていたのである。

 京都に設けられた平泉第は、いわば平泉の大使館であ
った。清衡の頃より設
けられた平泉第は平泉と陸路、海路を通じての黄金ルー
トが発達していた。
 この時期の黄金は現在ほど価値はない。この頃の日本
は銀本位制であった。
また貨幣流通経済は発達しつつあったが、貨幣は中国の
宋から輸入された宋銭
が通貨として利用されていた。

 海の交通は、現在想像する以上に活発であった。奥州
に住む人々は、京都に
住む公家にとって誠に異国人であった。白河の関より先
は異国であった。
 京都から平泉までの荷駄隊が、吉次に指導され出発す
る。鎖国期の江戸時代
のイメージから、日本人が海洋民であることを忘れてし
まいそうになるが、日
本に大和政権が発生する昔より海洋文化は発達していた
。いわば、日本国家の
設立は大いに海洋によっていた。
 すでに平安時代後期には、対馬海峡や東シナ海を自由
に航行する和船が数多
く存在した。 金売り吉次に代表される平泉と京都を行
き来する商人たちも、
陸上の道以外に海上の道を多く利用していた。
 太平洋航路京都から平泉までの主な港は、以下のとお
りである。由良湊、和
歌裏、牟婁湊、新宮湊、尾鷲浦、鳥羽浦、畠湊、焼津、
三保浦、江之湊、下田
湊、御崎湊、鏡浦、置津、御前湊、那珂湊、菊多湊、松
川浦、逢隈湊、国府津
湊、牡鹿湊。 平泉までは、牡鹿湊からは北上川を北上
するである。

■■ 一一八六年(文治2年)10月 鎌倉の頼朝屋敷。
 日本を古代から中世へと、その扉を開こうとしていた
のは、西行の嫌いな源
氏の長者、源の頼朝であった。
 また頼朝の側にいるのは、貴族階級の凋落を見、新し
い政治を求めて鎌倉と
いう田舎へ流れていった貧乏貴族である。その代表が大
江広元である。頼朝は
西行の背景にいる後白河法皇に憎しみを滾らしている。
「あの大天狗、私を騙そうと言う訳か。広元、大天狗に
ひとあわふかせるべく
手配を致せ」
 頼朝が広元に命令する。
「いかように取りはからいます」
「西行へ藤原氏よりいだされる沙金を奪え。が、平泉か
ら鎌倉までの道中にて
ぞ。鎌倉についてしまえば、これから先は鎌倉の責任、
黄金を奪う訳にはいか
ぬ」
「さようでございます。また、よくよく考えますればこ
の沙金、奈良まで着き
ましたならば、西国にいまだ隠れおります平家の落人た
ちに渡るやも知れませ
ん」
「あの大天狗の考えそうなことよ。北の奥州藤原氏と西
の平家残党から、この
鎌倉を挟み撃ちにしようとな」
「では、義経殿もこの謀に加わっておられると」
「可能性はある。実の子供よりも、義経を考えておった
藤原秀衡殿のことであ
るからな。また、後白河法皇もいたく、義経が気に入っ
ておった。あやつは法
皇の言うことなら何でも聞く」
「頼朝さま。やはり、沙金を必ず奪い取らねば、我が幕
府の痛恨となりましょ
う」
「さっそく梶原と相談し、しかるべく手配をいたせ」
「わかり申した。すでに手は打って御座います。
私、京都におりました時より、東大寺にすこしばかり手
づるがございます」
 広元は、東大寺の荘園黒田荘への使者をすでに旅立た
せていた。

(続く)
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■義経黄金伝説■第11回  義経

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第2章5 1186年(文治2年)10月 鎌倉

薄ら寒い10月の鎌倉の朝もやの中で、西行が先ほどの情
景を思い出している。
「十蔵どの。頼朝殿は、流鏑馬に熟達し、当代第一の弓
持ちと言われたこの西行の前で、弓矢の技を見せられた
のだ」
東大寺闇法師十蔵が返した。
「それは何をお考えなのでしょうや」
「頼朝殿、平泉を攻めるつもりであろう」
「えっつ、やはり」
十蔵は西行を見た。
が西行はすでに自分の殻に入り考えにふけっている。
(不思議な方じゃ)
重蔵は、最初の出合いを思い出していた。
  ◎
 西行は、しばらく前から後からつけて来る僧衣の男に
気付いていた身構えて、足取りが早くなる。元は、北面
の武士の面目
である。
 十蔵は、西行の今の住処伊勢の草庵から着けていた、
がそろそろ自ら自分の存在を知らしめた方がよいと考え
ている。この西行の、ただならぬ武闘の力を見抜いてい
た。それゆえ、自分の身を西行が気付くようにあらわし
ている。
「西行様、私はお味方」
十蔵はつぶやく。
「自己紹介いたします。私は十蔵、重源様が遣わされた
闇法師にございます。西行様をお守り申します。西行様
、どうぞお気を付けなされませ。鎌倉殿が、やすやすと
東大寺への沙金を動かすことなき気配あれば」
「鎌倉殿が沙金を盗むので、それを防げとな。重源殿の
指は、それだけだったかのう」
西行は十蔵をじっと見る。
「と申しますと」
十蔵は少したじろいでいる。
「例えばじゃ、私が裏切って、平泉にて平和極楽郷を作
るなら、この西行を殺めよとか、な」
 西行は、初手から恐ろしい言葉を放っている。
西行の答え方いかんでは、十蔵はこの場で、西行と戦わ
ねばなせない。十蔵の背後には、巨大な「東大寺」勢力
が控えている。
「さすれば、西行様は、もう。京都に帰られぬおつもり
か」
「ことと次第によってはな。わしはのう、平泉の桜がす
きなのじゃよ」
 西行は、遠くを見、一瞬、思いにふけっていた。十蔵
はそんな西行を、不思議な顔をして眺めた。いったいこ
の法師様は何を考えてござるのか。十蔵には想像もつか
ない。今まであったことのない別種の人間だった。
   ◎
■■一一八六年(文治2年)10月 鎌倉文覚屋敷。
「くそいらぬ。じゃまが、はいりおったわ。のう夢見よ

文覚が問い、弟子の夢見、後の明恵(みようえ)は答え
た。
「西行様の背後には、あるやんごとなき方への想いが見
えま」
「和歌に対する想いか」
「いえ、そうではございません。人で御座います」。
「女か」
「いえ、ある男の方への想いで御座います」
「では、まさか、あ、おの方にか、」
文覚は、西行の想いの対象が、待賢門院(たいけんもん
いん)へかと思った。
が,夢見は違うという。待賢門院の兄は徳大寺実能、西
行は藤原家徳大寺実能の家人であった。待賢門院は崇徳
上皇の母で
ある。が、その西行の想いの先は、誰なのか?

夢見は感受性が強い、それゆえに、その人間の過去もう
っすらと読み取る事ができる。夢見のよく見る夢は恐ろ
しい。きり刻まれた体の夢だ。夢見の父は,「頼朝」決
起の戦いでなくなっている。母は紀州豪族湯浅氏の出身
であった。

この時期の紀州は、熊野詣で大繁盛している。
紀州熊野は、仏教に日本在来の民間密教が結びつき、一
大新興宗教センターとして機能している。密教秘儀を身
につけて貴族の保護を受けるモノが、京都の政治を左右
できる。桓武帝降、宗教各派は、政治闘争を繰り返して
いる。摂関政治に関与できた宗派が権威を持ち荘園を所
有できる。仏教各教団は、経済
組織集団でもあり、一般民衆もその権威に頼ろうとした

夢見の夢想の中に西行が現れている。


■■一一八六年(文治2年)10月 京都

九条兼実の屋敷に僧がおとづれている。
「兄上、どうでござりますか。後白河法皇は」
精悍な僧服の男が言った。
「何にも、お上は麿のことなどかもうてくれはりません
。あのお方は、先の関白の事しか考えておりはらしませ
ん。わかってはりますやろ。藤原基道さんのことや」
「そうでございますか。しかしながら、兄上もその関白
につけたのは、頼朝様のおかげ。」
「ふふ、慈円(じえん)殿、そういうこと言わんといて
。麿の身がかなしゅうなりますろ」
関白、藤原九条兼実は悲しげな顔を向ける。
「で、慈円殿、西行殿から頼まれた、あのお仕事はお進
みか」
「そうですな。ゆるゆると進んで居ります」
 慈円は後年、「武者(むさ)の世は」という歴史書「
愚管抄」(ぐかんしょう)を書く事になる。比叡山最高
責任者天台座主(てんだいざす)にもなる、西行より38
歳年下の友人である。
「西行様には、重源様のお手のかたが、ついておりはる
から、まあ。あのお仕事のほうは無難にこなしはるやろ

関白、九条兼実は、悲しげな目で比叡山を眺めている。
(続く)
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■義経黄金伝説■第10回   義経


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第2章4 1186年 鎌倉■■■■

西行は文覚に言う。
「文覚殿、西行はこの世を平和にしょうとおもうのだ」
「平和だと、うろんくさいこと言うな。おぬしの口から
そんな言葉がでようとは」
「では、この国の形を変えると、申しあげればどうだ」
「くっつ」
文覚は苦笑いしている。
その笑いは同じく、文覚もまた国を変えようとされてい
るからである。
「何年たっても,私の考えがおわかりにならぬか」
「わかりたくもない」
「で、源頼朝殿から頼まれて奥州の藤原秀衡殿を呪殺さ
れようというわけか」
「主は何を企む。平泉と何を企む。まさか、」
文覚はある考えを思う。
「主は崇徳上皇にも取り入り、弟の後白河法皇に取り入
り、また平泉にも取り入るつもりか」
崇徳は30年前、1156年保元元年、弟の後白河法皇に敗れ
てる。保元の乱である。この後、四国に流されている。
「文覚どの、鎌倉には法皇の命令で、今は鎌倉の味方か

「だまれ、西行、貴様こそ、由緒正しい武士でありなが
ら、しきしまみち」を使うとは、武家である先祖に対し
て申し開きできるか」
「文覚どの、その言葉そのまま返そう。お主も武士であ
りながら呪殺を江ノ島祈願いたしておろう」
「うぬ。敵、味方はっきりしたならば、お主を平泉に行
かせまい」
「よろしいのか。大殿とのの命は」
確かに頼朝の命令は、西行を平泉に行かせよである。
「しかたがないのう。ここで雌雄を、」
二人はにらみ合っている。
恐るべき意識の流れがそこに生じていた。
「御師匠様、おやめ下され」
かたわらにいる子供が言いた。
子供ながら恐るべき存在感がある。その顔は夢みる眦に
特徴がある。
「おおう、夢見か。わかった。この西行殿が顔を覚えて
おけ」
「西行様、夢見でございます。京都神護寺からまいりま
した。師匠さまの事よろしくお願いいたします」
夢見、後の明恵(みようえ)である。法然と宗教上で戦
うこととなる。そして日本の運命、精神革命を行うこと
になるのだが、
二人の背後に、集団が近かづきつつあった。
「くそ、西行、味方が増えたらしいのう。集団で動くか
。お主も、勝負はいずれじゃ,その時をまちおれ」
「生きて合えればのう」
西行も悪態をつく。

 二人はふた方向にわかれた。
「西行様、ご無事で」
いつのまにか、東大寺闇法師十蔵が控えている。が、笑
いをこらえている風情である。
「おお、十蔵殿あいすまぬ。」
汗をかいている。
「ふふ、ワシとしたことが、つい歳を忘れてしまう。あ
やつにあうと」
にが笑をしている。
「文覚殿とは、お知り合いでございますか」
「古い付き合いよ。北面の武士以来だ。」
西行は、出現した廻りの集団が気に成っている。
「結縁衆(けちえんしゅう)の方々、お助けのしだいあ
りがとうござる。何でもござらぬ。もう終わり申したぞ

十蔵の言葉に、近くの樹木の影にいた多くの人の気配が
すべて消えていた。西行はにがりきった笑いをする。
「鬼一法眼(おにいち)殿の手下か」
先ほどの手勢は、方眼が京都から連絡した結縁衆であろ
う。密かに西行を守っている。鬼一が、友人の西行のた
めに護衛集としてつけたのだ。
十蔵は、西行にも、文覚との先刻のような面があるかと
思い
微笑んでいる。この有名なる京都「しきしきみち」の漢
(おとこ)西行に子供のけんかのような、、
「あの子僧の方が気にかかります。なにやら恐ろしげな
、、」
重蔵はつぶやいている。

 西行は生涯を通じて、交渉者たらんと欲した。佐藤家
という彼の出自が大きくものをいっていた。時代は西行
のような斡斡旋者を強く要求していた。保元の乱から始
まる源平合戦は、古代より続いた貴族社会に住む人々に
とって、青天の霹靂であった。仏教でいう末法がと思わ
れた。
 武士という自分たちのルールに従わない人種が出現し
、あれよあれよという間に政治の仕組みに食い込んで来
た。そして、土台ごと乗っ取られていることに気がつい
たのである。
 古来から貴族たちは、血が流れるのを嫌った。自分の
勢力拡大のために、流れる血は気にしなかったのだが。
今の血の流れている戦いは別種であった。古の壬申の乱
以来である。
 西行は源氏にも平家にも顔が効いた。まして、相国(
しょうこく)平清盛入道とは、北面の武士のおり、同役
であった。

また征夷大将軍坂之上田村麿ゆかりの、京都神護寺(じ
んごじ)の文覚とも同役であり、顔見知りであった。平
家往時のおり、西行の庵は六波羅のすぐ側にあった。

 六波羅は鴨川の東岸にあたり、鳥辺野の真ん中に位置
する。平家政治集落の様相を呈していたのである。また
、六波羅は
清水寺への参道に位置していた。
京の動きは街道の人の行き来から判断することができた


 西行に、上皇をはじめ、院、貴族層が気を許したのは
、その歌の作詞能力(しきしまみち)であった。古代か
らの歌の伝統を踏まえ、美しい歌をつくることができる
西行は、貴族たちと同じ人種であることを意味した。西
行は、平家、源氏、貴族、そして寺社勢力、両方面に顔
が効き、出入りができたのであ
る。
 源平の争乱のとき、西行は伊勢の草庵に隠遁していた
。そして、西行、最後の賭けの時が六十九才のおりに訪
れて来た。

西行の動き、あるいは言葉の一つで、この微妙なバラン
スで保たれている。日本の政治状況が変わるかも知れな
かった。
 西行は変えようとした。
 彼は政党を持たない一個の政治家であり、思想家であ
った。

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■義経黄金伝説■第9回(60回完結)  義経


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第2章3 1186年 鎌倉■■
 頼朝屋敷を出た、西行の背後から声が掛かる。西行は
後を振り向く。
「西行殿、ここで何をしておるのじゃ」
(聞いたことのある声だが…、やはり、)

頼朝の荒法師にして政治顧
問、文覚(もんがく)が、後ろに立っている。傍らに弟
子である、すずやかな
眼差しをした小僧をはべらしている。
「おお、これは文覚殿。先刻まで、大殿(頼朝)様と話
をしておったのじゃ」
「話じゃと、何かよからぬ企みではあるまいな」
 文覚は最初から喧嘩腰である。
文覚は生理的に西行が嫌いだった。
西行は院をはじめ、貴族の方々とも繋がりをを持ち、い
わば京都の利益を代表
して動いているに違いない。その西行がここにいるとす
れば、目的は怪しまな
ければならない。
「西行、何を後白河法皇(ごしらかわほうおう)から入
れ知恵された」
 直截に聞いている。元は、後白河法皇様から命令され
、伊豆の頼朝に旗をあ
げさせた文覚であったが、今はすっかり頼朝側について
いる。それゆえ、この
時期に、この鎌倉を訪れた西行のうさん臭さが気になっ
たのだ。
「さあ、さあ、もし、大殿に危害を加えようとするなら
ば、この文覚が許しは
せぬぞ」
 西行も、この文覚の怒気に圧倒されている。

文覚は二〇年ほど前を思い起こした。
1166年京都
。「西行め、ふらふらと歌の道「しきしまみち」などに
入りよって、あいつは
何奴じゃ」
 文覚は心の底から怒っていた。文覚は怒りの人であり
、直情の人である。思
うことは直ぐさま行い、気に入らぬことは気に入らぬと
言う。それゆえ、同じ
北面の武士(ほくめんのぶし)のころから、気が合わな
いでいた。

西行が、佐藤義清(さとうのりきよ)という武士であっ
た頃は、鳥羽院(とば
いん)の北面の武士。院の親衛隊である。西行は、いわ
ば古代豪族から続く政
治エリートであり、それがさっさと出家し、歌の道「し
きしまみち」に入っ
た。それも政治家など上級者に、出入り自由の聖(ひじ
り)である。

 いわば、北面の武士よりも自由を得、知己も増えたの
である。それが故、文
覚の気に入らなかった。
 文覚の罵詈雑言は、京都になり響いていた。やがて、
後白河法王に対する悪
言が、後白河の耳に入って来たのである。
「私のことを悪し様にいう、文覚とか申す僧主おるそう
な」
「これは法皇様のお耳を汚しましたか。厳重に叱り付け
ましょう」
「よいよい、その文覚という男に、私も会ってみたいの
じゃ」
「これは、法皇様も物好きな」
 やがて、文覚が、法皇の前に呼ばれて来る。
 法皇に対して正々堂々と政治の有り様を述べる文覚は
、流石である。一応し
ゃべり終えたと思われる文覚に、後白河は思いも付かぬ
言葉を告げた。
「どうじゃ、お主、面白い男じゃ。いいか、伊豆へ行っ
てみぬか」
「伊豆ですと」意外な言葉に言葉もない。
「そうじゃ、伊豆じゃ」
「何を申される。このおり、私を罪に落とされるつもり
か」
「いや、そうではない。良く聞け。源氏の頼朝が伊豆に
流されておる。その男
に会って欲しいのじゃ」
文覚は頼朝を説得していた。1180年永暦元年、今から6年
前のことである。
文覚は、頼朝を前に懐の袋から、古びた頭蓋骨を取り出
していた。
「頼朝殿、この髑髏、どなたの髑髏と思われる」
 このとき、すでに文覚の幻術中に、頼朝は入っている

無論、そんなはずはない。
それゆえ、常人の常識は通じない。文覚の声が、遠くか
ら聞こえて来るようで
あった。
「亡き父君の骨ぞ」といい、文覚は涙を流した。
「見られよ。平清盛のために殺された父義朝殿の成れの
果てじゃ。何も思われ
ぬか。お主は義朝殿の子供ぞ。お前に今源氏の氏長者は
、お主じゃ。頼朝殿、
この平家の中でお主が、
今立ち上がらなければ、誰が立つというのじゃ。父君、
また源氏の恨み、この
おり晴らすべきではないか。それが「人の道ぞ」。 文
覚は大きな声で、一気
にしゃべり終えた。頼朝の質問の暇な
ど与えはしない。頼朝も、もう文覚の言語の勢いに飲ま
れるようだった。
 本来ならば、判断力の鋭い頼朝であったが、このおり
は熱病に取りつかれた
ようであった。
「よし、余が源氏の旗をあげるのじゃ」
サイは投げられていた。が、本当の振り手は、京都にい
た。後白河法皇であ
る。
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■義経黄金伝説■第8回(60回完結)  義経

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■義経黄金伝説■第8回(60回完結) 
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第2章 1186年 鎌倉

 西行は、奥州藤原氏のことをしゃべり終わると、急に
無口になった。頼朝は、話題を変えた。歌曲音舞、そし
て弓道のことなどである。頼朝はこの伊豆に住みながら
、いつも京都のあのきらびやかな文化を、生活を恋い焦
がれてい
た。武士という立場にありながら、京の文化を慈しみ愛
していた。それゆえ、その京の文化に取り込まれること
を恐れてい。
 義経は、京の文化、雰囲気という、得も知れぬものに
取り込まれ、兄頼朝に逆らったのだった。同じように義
経より先に都に入った義仲も、京都という毒に当てられ
て死んだ口だった。
 京都は桓武帝以来、霊的都市であった。藤原道長のと
きの安倍晴明を始祖とする土御門家が陰陽師として勢力
を張ってい
た。
 京のことを懐かしむ頼朝に、西行は佐藤家に伝わる弓
馬の術などを詳しく述べていた。これを語る西行は、本
当に楽しげであった。
 鎌倉幕府の史書『吾妻鏡』には西行と頼朝、夜をあか
して話し合ったとある』
    ◎
「これは、これは有り難きご教示、有り難うございまし
た。もう夜も白んで参りました。
 鎌倉の酉が鬨の声を告げていた。二人は一晩中語り合
ったのであった。
 西行はわれにかえっている。まだ鎌倉にいて、頼朝の
前なのだ。
「西行殿、この鎌倉にお止まりいただけぬか」
唐突な頼朝の提案であった。
「いや、無論、平泉から帰られた後でよい」
と頼朝は付け加えた。
「それはありがたい提案ですが」
 西行は考える。黄金をこの地鎌倉に留め置くつもりか
。加えて西行をこの鎌倉に留めおき、平泉の動き、京都
の動きを探ろうとする訳か。
「いやはや、これは無理なお願いごとでございましたな
。それではどうぞ、これをお受取ください。これは旅の
邪魔になる
やもしれませんが…」
 頼朝が手にしたのは、黄金の猫である。
「ほほう、これを私めに、それとも奥州藤原家に…」
「いや、西行殿でございます」
「私はまた猫のようにおとなしくなれという意味かと思
いました」
「いや、旅の安全を願ってのこと。他意はござらぬ」
■■
第2章3 1186年(文治2年) 鎌倉

1186年(文治2年)、草深き坂東鎌倉に三人の男が対
峙しょうとしている。
東国で武家の天下を草創しようとする男。頼朝。その傍
らにて、京都王権にては受け入れられず、坂東にて「こ
の国の形」を変えようとする土師氏(はじし)の末裔。
大江広元。
対するに、京都王権の交渉家、貴族政治手法である「し
きしまみち」敷島道=歌道の頂点に立つ。西行。ここに
ひとつの伝
説が作られようとしていた。

頼朝にとって、西行は打ち倒すべき京都の象徴であった
。京都から忌み嫌われる地域で、忌み嫌われる職業、武
家。
いたぶるべき京都。京都貴族王権の象徴物・大仏の勧進
のために来た男・武士「武芸道」からはじきでた、貴族
の象徴武器である歌道「しきしまみち」に乗り換えた男

結縁衆(けちえんしゅう)なる職業の狭間にいる人間と
つながりのある男。さらには、奥州藤原氏とえにしもあ
る。坂東王国を繰り上げようとした、平将門を倒した俵
俵太の末裔。この坂東にも、そして、義経を育て平泉に
送りこんだた男。対手である。その男がなぜ、わざわざ
敵地に乗りこんだか。その疑問が
頼朝の心に暗雲を懸ける。

西行にとってこの頼朝との邂逅は、今までの人生の総決
算にあたるかも知れぬ。その長き人生において最後の最
終作品になるものかも知れなかった。心に揺らぎが起こ
っていた。

が、その瞬間、重源(ちょうげん)と歩んだ高野山の荒
行の光景が蘇ってきた。山間の厳しい谷間、千尋の谷、
一瞬だが、谷を行き渡る道が浮かぶ。目の前にあるその
道をたどる以外にあるまい。

「西行どのこちらへ。」
大江広本が頼朝屋敷の裏庭に案内される。矢懸場が設け
られている。
武家の棟梁頼朝は、毎日犬追物をたしなんでいる。的と
砂道が矢来をさえぎられ続いている。
「さっさ、こちらへ」
促されるまま、西行は裏庭物見小屋へいざなわれる。
遠くに見える人馬が、的を次々と射ぬきながら、こちら
へ走ってきた、頼朝である。
「いざ、西行殿の弓矢の極意を昨晩お伺いし、腕前の程
をお見せしたかったのです」
「大殿は、毎日武芸にたしなみを、」
「西行殿は、我が坂東の武芸の祭りをご存知でしょうな


坂東のしきたりが、京都の弓矢道と結びついているのが
、西行には理解できた。京都人でありながら、武芸は坂
東と、頼朝は言っているのだ。
馬をもといた場所にとって返し、再び、馬を駆けさせ、
用意された的をすべて、射抜いている。
我が坂東の武芸の祭りとは、坂東足利(あしかが)の庄
にある御矢山(みさやま)で行われる八幡神を祭る坂東
最大の祭事である。いわば武家のオリンピっクである

「西行殿、奥州平泉からお帰りにこの祭りに参加いただ
きたいのです」
馬上から、息をつきつつ、頼朝が叫んでいる。返事は無
用という訳だ。答えようとする西行の前から姿を消し、
再び馬首を元の方へ。
西行は義経を助けなければ。が、藤原氏の黄金が、果た
して役に立つのか。秋風の吹きはじめた鎌倉で、西行は
冷や汗がでてきている。

三度、的をすべて打ち矢って、頼朝は馬上から叫ぶ。
「さらに、西行殿、義経のおもいもの、静の生まれし子
供の事聞きたいのではござろうぞ。和子は男子がゆえに
不敏だが、稲村ヶ崎に投げ捨てましたぞ」
と言い捨てている。後ろ姿に笑いが感じられる。

頼朝は、西行の策を、封じようとした。
西行は動揺を表情に出さず。が、考えている。かたわら
にいる大江広元を見た。
(広元殿、政子殿がいるなかば、わづかばかりの希望あ
ろう。また、そうか、あるいは、静の母磯の禅師が糸を
引いているかも知れぬ。わずかだが、希望の光はある。
極楽浄土曼陀羅、あの平泉におあわす方が。早く合いた
い、さすれば、この身、西行法師の体は、まだ滅ぼすわ
けにはいかない、平泉を陰都となし、この世の極楽を、
さらには、しきしま道にて日本を守れねばならぬ)
頼朝は四度目もすべて撃ち終え、今度はゆっくりと馬を
歩ませてきた。
「西行殿、御家、佐藤家は、紀州にその領地がありと聞
きます。弟君の、佐藤仲清殿。高野と争い絶えずときく
。誠でしょうか」
馬上の頼朝は、しばし、西行の回答を待っていた。
「その御領地を、この頼朝の元に預けられぬか。さすれ
ば、高野山との争いは解決して見せようぞ」
佐藤家は、高野山山領地、荒川荘の領地におしいってい
る。西行のなりわいはこの弟の家からでている。いわば
佐藤家の家作からから活動資金がでている。紀伊の国、
那賀郡、田仲庄は紀ノ川北岸にあり、摂関家徳大寺の知
行である。佐藤家はこの徳大寺の家人である。今では平
家の威光を背景にしてきたのだ。
その根っこを、頼朝は押さえよとしているのだ。
「どうでありましょうな、西行殿、この申し出は」
(絡め手か。やはり、頼朝殿は、この西行と義経殿の関
係を気づいているか。京都でもそのとこしるは、わずか
だが、、)
大江広元が、秀才顔でしらぢらと西行をにらんでいる。
大江は、水を得た魚。京都から呼びだされ、この鎌倉に
根付いた時、歴史は変わった。日本最優秀頭脳集団・大
江家。元は
韓国(からくに)から来た血筋。
この関東坂東で同じ韓国(からくに)の史筋武家の平家
と結びついた。
「すべてのご返事は、平泉からの帰途におこないましょ
うぞ」
西行は、頼朝の前から去ろうとした。
「まて、西行殿」
大江が呼びとめようとするが、
「勝負は、後じゃ」
頼朝が止めた。
「はっつ」
頼朝が打ち据えた的が割れていた。的の裏側には、平泉
を意味する曼荼羅が描かれているのだ。武家の棟梁頼朝
が、打ち破るべき国だ。そして黄金もまた、、

そして、西行は、まだ、最大のライバル文覚とは、対峙
していない。
(続く)
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■義経黄金伝説■第7回  義経

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■義経黄金伝説■第7回 
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第2章1 一一八六年 鎌倉・頼朝屋敷

 驟雨が鎌倉を覆っている。頼朝の屋敷の門前に僧衣の
男が一人たっている。
老人である。その老人を尋問する騎馬が二騎現れていた
。二人は、この僧を物乞いかと考え、追い払おうとして
いる。
「どけどけ、乞食僧。ここをどこと心得る。鎌倉殿頼朝
公の御屋敷なるぞ。貴様がごとき乞食僧の訪れる場所で
はない、早々に立ち去れい」
語気荒々しく、馬で跳ねとばさんばかりの勢いである。
「拙僧、頼朝公に用あって参上つかまつた」
「何を申す。己らごときに会われる、主上ではないわ。
どかぬと切って捨てるぞ」
ちょうど、頼朝の屋敷を訪れようとしていた大江広元が
、騒ぎを聞き付けて様子を見に来る。
「いかがした。この騒ぎは何事ぞ」
広元が西行に気付く。
「これは、はて、お珍しい。西行法師殿ではござらぬか

「おお、これは広元殿、お久しゅうござる。みども乞食
僧と呼ばれおるか。何卒頼朝公にお引き合わせいただき
たいのです」
「何と。天下の歌詠み西行殿とあれば、歌道に詳しい頼
朝様、喜んでお会いくだされましょう」

 広元が武者に向かい言う。
「この方をどなたと心得る。京に、天下に有名な歌人、
西行殿じゃ。さっさと開門いたせ」
広元は西行の方を向かい、
「重々、先程の失礼お詫び申す。なにしろ草深き鎌倉ゆ
え、西行殿のお名前など知らぬやつばら」
「拙僧は、頼朝殿に東大寺大仏殿再建の勧進のことお頼
み申したき次第でございます」
「何を南都の…東大寺の…」
広元の心の中に疑念が生じた。その波は広元の心の中で
大きくなっていく。
「さよう、拙僧、東大寺勧進重源上人より依頼され、こ
の鎌倉に馳せ参じました。何卒お許しいただきたく」

 頼朝と西行が体面している。横には広元が控えていた

「西行殿、どうでござろう。この鎌倉の地で庵を営まれ
ましては」
「いやいや、私は広元殿、程の才もありませんでな」
「それは西行殿、私に対するざれ言でござりますかな」
「いえいえ、そうではございません」
「西行殿、わざわざこの頼朝が屋敷を訪れられたのは、
歌舞音曲の事を話してくださるためではありますまい」

西行の文学的素養は、絢爛たるものがあった。母方は
あの世界史上稀に見る王朝文学の花を開かせた一条帝の
女房である。西暦一千年の頃、一条天皇には「定子」「
彰子」という女房がいたが、定子には「枕草子」を書い
た清少納言が、また彰子には「源氏物語」を書いた紫式
部などが仕えていて、お互いの文
学的素養を誇っていた。

「さすがは頼朝殿、よくおわかりじゃ。後白河法皇様か
らの書状もっております」
頼朝に書状をゆっくり渡す。頼朝は、それを読んだ。
「さて、この手紙にある義経が処置いかがいたしたもの
か。法皇様は手荒ことなきようにおっしゃっておられる
が」
「義経殿のこと、頼朝様とのご兄弟の争いとなれば、朝
廷・公家にかかわりなきことなれど、日々戦に明け暮れ
ること、こ
れは常ではございますまい」
「それはそれ。このことは私にまかされたい。義経は我
が弟なればこそ、命令に逆らいし者、許しがたいのです
。……」

頼朝は暗い表情をしたが、しばらくして、急に表情が変
わった。
「西行殿、これから行かれようとしている平泉のことだ
が……」

 西行は、平泉のことを意を決してしゃべりはじまた。
「ようぞ聞いてくだされた。秀衡殿は、平泉に将兵を集
めて住まわせることなどはしておりませぬ。よろしゅう
ございます
か。奥州藤原氏の居館は、城ではございません。平泉の
町には、軍事施設はないのでございます」
「では兵はどうするのじゃ」
「いざ戦いがあれば、平泉に駆けつけると聞き及びます
。秀衡殿、頼朝殿に刃向かうつもりなどないのでござい
ます」
 頼朝は、この西行と藤原氏の関係をむろん疑っている
。聞ける情報はすべて聞き出そうと考えていた。広元も
先刻、西行と会う前に、耳元で同じ旨を告げていた。こ
の西行、果たして何を企む。頼朝は、頭をひねりながら
、西行の話を聞く。平泉は城ではないというのか。まる
で平泉全体が大きな寺ではないか、と頼朝は思った。
「初代清衡殿は中尊寺、二代基衡殿は毛越寺、三代秀衡
殿は無量光院をお造りになったと聞いております」
「それでは、すべて寺院ばかりではないか」
「さようでございます。平泉は仏都でございます。中尊
寺建立の供養には、こう書かれているのでございます。
これは初代
清衡公のお言葉。長い東北の戦乱で、多くの犠牲者が出
た。とくに俘囚の中で死んだものが多い。失われた多く
の命の霊を弔って、浄土へ導きたい。また、この伽藍は
、この辺境の蕃地にあって、この地と住民を仏教文化に
よって浄化することである。こう書かれているのでござ
います」
頼朝は、冷気を浴びせるような視線を、西行に浴びせて
いる。
「西行殿は平泉がお気に入っておられるか」
頼朝のその質問に、西行の頭の中に、あるイメージが浮
かんでいた。平泉・束稲山の桜ある。
「私は花と月を愛しますがゆえに」

 頼朝屋敷はすでに夕刻を迎えている。
「が、なぜ、西行殿、秀衡殿を庇いなされる。ただ東大
寺がために勧進とはおもわれぬ。聞くところによれば、
西行殿と、秀衡どのとは浅からぬ縁あると聞くが……」
 頼朝は矛先を、藤原氏と西行とのかかわりに向けてき
た。この質問に、西行はいささか足元をすくわれる感じ
がした。この頼朝という男、さすがである。
「いや、それは単なる風聞でございましょう。私は唯の
歌詠み。東大寺のために、沙金をいただきに秀衡様のと
ころへ参る
だけでございます」
「それならば、そういうことにしておきましょうか。で
、西行殿」
頼朝はかすかに冷笑した。その笑いの底に潜む恐ろしい
ものを感じ、わずかに言葉がかすれている。
「何か」
「西行殿は、昔は北面の武士。あの平清盛殿と同僚だっ
たとも聞き及びます。なにとぞ、この頼朝に弓の奥義な
どお聞かせいただきたい」
「よろしゅうございます」
 話の矛先が急に変わったことに、西行は安堵した。頼
朝は、これ以上、西行を追い込むことを避けたのだ。あ
まりに西行を追及すれば、この場所で西行を殺さねばな
るまい。殺さずとも、閉じ込めねばなるまい。今、それ
は政治的にはマイナスであろう。無論、広元もその案に
は賛成すまい。
 ここは少しばかり話を流しておくことだと頼朝は思う
。一方、西行は虎穴に入らずにはと考えたが、頼朝とい
う男は虎以
上に恐ろしかった。このことすぐさま、法皇様に書状を
もって報告せねばなるまい。この男の扱い方は、義経殿
のようにはまいらぬ、そう考えていた。頼朝は、西行が
ある程度、義経の行方を知っていると考えている。
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■義経黄金伝説■第6回  義経

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第1章5 一一八六年 鎌倉

 鎌倉に向かう西行の頭の中に奈良での会話が思い起こされた。
一一八〇年の平家による南都焼き打ちにより、東大寺及び大仏は焼け落ちていた。
都の人々は、何と平家の横暴なことを考えた。また、貴族の人間にとっては、
聖武帝以来の、いわばふれざる東大寺を焼き打ちする平家の所業が人間以外の
ものに思え、また自分のために属する階級に危機が及んでいると考えざるを得
なかったのである。
 東大寺大仏は硝煙の中、すぐに再建に着工され、すでに大仏は開眼供養が一
一八五年、後白河法皇の手で、行われていた。大仏を囲う仮家屋や、回りの興
福寺を中心とする堂宇の修復が急がれていた
。今、南都は建築ラッシュを迎え、活気に満ちていた。

 西行は東大寺焼け跡にある仮建築物にいる重源(東大寺勧進僧)を訪ねてい
る。
重源は齢六十五才であったが、精力的に各地を遊説し、東大寺勧進を行ってい
た。また全国に散らばらせている勧進聖から、諸国の様子が手にとるように分
かった。
 勧進聖は、当時の企業家でもある。技術集団を引き連れ、資材を集め、資金
も集める。勧進の場合、費用のために半分、残りの半分は聖の手元に入る。西
行は、佐藤義清という武士であった頃は、鳥羽院の北面の武士であった。西行
の草庵は、鞍馬、嵯峨などで、草庵生活を送っていた。

草庵といっても仙人のように山奥に一人孤独に住む訳ではない。この当時の聖
の住む位置はほぼ決まっていた。そして藤原家を縁とする寺塔が立て並んでい
る。別に難行苦行の生活をするのではない。政事の流れから外れて、静かに物
事を考えるのである。
日々の方便については、佐藤家は藤原家の分家であり、大豪族であった。その
日々の心配はないのだ。
「重源殿、お久しぶりでございます。このたびの大勧進抜でき、誠に祝着至
極」
「おお、これは西行殿。わざわざ伊勢から奈良まで御足労おかけいたします。
実はお願いがござる。西行殿の高名にすがりたいのです」
 数日前、伊勢の庵に重源の使いが訪ねてきて、ぜひ東大寺再建の様子を見に来てほしいというのだ。重源が呼ぶからには、これは大事と思っている西行だった。
若き頃、高野山の聖時代に知り合った二人だったが、すでに重源は二度宋に渡
って、建築土木のテクノクラートとして帰国していた。
 国の政府と結び付いていた宗教は、南都北嶺であり、中世は禅宗となる。栄
西は臨済宗の禅宗である。

「はて、それは……」
「奥州に行ってきていただきたい。奥州は遠く聖武帝の時代より、黄金の産
地。できますれば、金をこの東大寺のために調達いただけまいか。平泉は黄金
の仏教地と聞き及びます。もし、藤原氏との交渉なれば、黄金が手に入りまし
ょう」
 重源は、西行と奥州藤原氏とのかかわりあいを知っていた。この言葉は重源
から出ていたが、無論,話の出所は朝廷に違いなかった
。それに時期が時期だ。この時期に奥州へ、それは朝廷から藤原氏へのある種の意向を伝えるために違いない。思ったより大きい仕事。が、これも私を信
じておられるゆえんか。私の最後の一働きになるかもしれん。西行は思った

「それと、これは平泉におられる方々への手土産じゃ」
「何でござりますかな。重源殿のことでございますから」
「これは…」
 鎌倉の絵図面だった。
「ありがたく頂戴いたします」
西行の顔色は変わっている。
「あの方の役に立てばよろしいですが」
「役に立ちますとも。では、重源様は、私に町をよく見て参れと」
「そうです。その鎌倉が様子を、詳しく書状に認めてきだされ。さすれば、重
源、いろいろな技術と語らい、新たな計画書をお作りしましょうぞ」
「ありがとうございます」
「よろしいか、重源がかようにするは、京都のためにでございます」
が、西行は重源はさりげなく秀衡たちに、自分の腕前を披露しようとしていることに気がついている。
 西行が去ったあと、重源に、雑色(ぞうしき)が話しかけた。
「お師匠、この御時世でございます。西行様がため、東大寺闇法師を護衛に付けた方がよろしいのではございませんか」
「おう、よい考えじゃ。誰か心当たりの者はおるのか」
重源は、はたと気付く。
「十蔵が、いま高野山から降りてきております」
「わかった。ちょうどよい。十蔵を呼べ」
 僧衣の男、十蔵が重源の前に呼ばれる。十蔵は東大寺のために荒事を行う「東大寺闇法師」である。「闇法師」は僧兵の中から選ばれた、いわばエリート戦士である。十蔵は陰のように重源の前に、出現していた。

その突然の現れ方は、重源を驚かせる。
「十蔵、わざわざ、かたじけない。今度の奥州藤原氏への西行殿の勧進、大仕
事だぞ。西行殿にしたがって奥州に行ってくれるか」
「あの西行さまの……わかりもうした」
「さて、十蔵、今述べたのは表が理由じゃ」
「重源様、まだ別の目的があるとおっしゃいますか」
「さようじゃ。西行殿、俺が思いどおりには動いてくださらぬ可能性がある。
ましてや、この時世。頼朝殿、奥州藤原氏と一戦構えるかもしれぬ。いいか十
蔵、西行殿が我々を裏切らぬとも限らぬ」
「西行様がお師匠様を裏切ると。しかし、西行様は、もう齢七十でございまし
ょう」
「いや、そうじゃこそ、人生最後の賭けにでられるかもそれぬ。西行殿は義経
殿と浅からぬ縁がある。この縁はばかにはできぬ。こころしてかかれよ」
重源は気迫のこもった眼差しで、十蔵に命じた。

重源にとっても、この大仏再建の仕事は大,仕事。失敗する訳にはいかなかっ
た。重源は、すでに自らを歴史上の人物と認識している。
 重源の使命。いや生きがいは、今や東大寺の再建であった。先に重源は平家の清盛から依頼され、神戸福原の港を開削していた。この日の本に、重源以上の建築プロデューサーは、存在しないのである。「支度一番」の名声は、重源のもの。
 重源は世の中に形として残るものを、生きている間に残しておきたかったの
である。
重源の背後には宋から来た陣和慶という建築家がいた。
また朝鮮半島から渡ってきた鋳物師もいる。そして、有り難いここにに運慶、快慶が同時代人であった。この日本のミケランジェロたちは、運慶工房とも思える工房システムを作り上げ、筋肉の動きを正確に表す、誠に力強い存在感のある彫刻像を続々と作り上げていった。日本の始まって以来、二度目の建築改革の波が押し寄せて来たかのようであった。

「重源様のご依頼ならば。断るわけにもいきますまい」
十蔵はにやりと笑う。
そしてつけくわえた。
「承知いたしました。が……」
闇法師は自らの意志などもたぬ。その闇法師の十蔵が、何らかの意向を重源に告げようとしていた。不思議な出来事であった。
「何か、まだ疑問あるのか」
 切り返す十蔵の問いにはすごみがあった。
「死に場所がありましょうか」
 重源はその答えに冷汗をかき答えた。
(死に場所だと、闇法師は東大寺がために死ぬことが定めぞ)
。が、その十蔵とかいう男は、別の死に方を求めている。それも自らが闇法師中の闇法師という自信を持って言っているのだようやく重源は答えた。
「時と事しだいぞ」
 それにたいして平然と言う十蔵。
「わかりもうした」
 十蔵はすばやく姿を消した。
「十蔵め、この仕事で死ぬつもりか」
 重源は、十蔵が消えた方向を見遣り、つぶやく。
「まあまあ、重源殿。そう悩まずともいいではないか。十蔵殿にまかしておか
れよ。茶を一服どうじゃ」
 話を聞いていたのか、後から一人の重源より若い僧が手に何かを持って現れている。
巨大な頭のハチに汗がてかっている。栄西であった。重源と栄西は、留学先の
中国で知り合い、友人となっていた。
 そして、栄西は、仏典とともに、日本の文化に大きな影響をもたらす「茶の
苗」を持ち帰っていた。栄西が手にしているのは、茶である。まだ、一般庶民
は、手に入れることができぬものである。
「ほほう、どうやら、茶は根付いたと見える。よい匂い、味じゃ。妙薬、妙
薬」
 重源は、栄西が差し出す茶碗を、うまそうに啜った。
「さすがじゃのう、栄西。よい味じゃ」
 その重源の様子を見て、栄西が尋ねる。
「重源様、どう思われます。この茶を関東武士たちに、広めるというのは」
「何と、栄西。あの荒々しい武者ばらに、この薬をか…」
重源はすこし茶に噎せた。
 重源は少し考え込む。やがて意を決して、若者のように眼を輝かせながら言
った。
「いい考えかも知れぬ。思いもかけぬ組み合わせだが。貴族よりも、むしろあ
の武人たちをおとなしくさせる薬効があるかもしれぬ」
(なるほど、栄西はおもしろいことを考える)。
 重源や栄西には、自負があったのだ。日の本を実質動かしているのは、貴族
でも武士でもない。我々学僧なのだ。僧が大和成立より、エリート階級とし
て、日の本のすべてを構築してきたのだ。それを誰もが気付いておらぬ。が、
大仏再建がすでに終わり、この東大寺再建が済めば、我々の力を認めざるを得
まい。
重源の作るものは形のあるもの。そして、栄西は、茶というもので、日の本を
いわば支配しようとしている。おもしろいと重源は思った。
 (続く)
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