『出典を明記した引用箇所』を除き、このウェブサイト上のテキストについて、ブロガーは著作権を主張します。

2009/10/27


クリックすると元のサイズで表示します


 安部公房が生前、小説は決して大説であってはいけないと語っていた。大説は、論文やエッセーの領分であって、小説は、あくまで読者の娯楽のために存在すべきだと言うのだ。国語の教師が好む、文学作品から意味や存在価値を見出す講義というのは、安部に言わせると正解のない議論で、学問的にもさほどの意味を持つことではないらしい。長くて難しい文学作品を書く丸山健二でさえ、インタヴューでは、読者が楽しめるものを書くことを念頭に置いていると言う。
 作家は、作品が自分の手を離れてしまうと、それについて多くは語らないものだ。必然、批評家や学者、学校の先生が、その後を継いで様々な意味付けを試みてくれる。自作について彼等が解明してくれる多くの事柄のうち、作家が執筆当初から意図したものは希少なようだ。

                             ***

 さて、公私共にテンションの低い十月でした。秋という事で、いろいろもの思う事も多かったのが、その訳かも知れません。ひとまず、明るい音楽で気分を盛り上げたいと思います。
 曲は、Sandy Valentino のデビュー・シングル『なぜ?』。彼女については「現在、癌と闘病中」というニュースがパリから届いています。折角の人生なのだから、彼女にもくじけずに頑張ってもらいたいと願ってますよ。



"Pourquoi ?" Sandy Valentino


FINIS
 



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




Powered by teacup.ブログ “AutoPage”