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2009/11/24

どうしても  貝殻これくしょん

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 詩人の松下育男さんが、先週、インターネットに、またまた『(私め)納得の一篇』をアップした。とっても気に入ったので、ここに再録させてもらうことにした。目の前に、初めて遭遇する世界が突然出現したかのようだ。
 詰まる所、詩作とは、言葉の羅列だけであるはずはなく、それは、眼前に新世界を作り出す工程を指すに他ならない。


『どうしても』

どうしてもっていうんでないなら
もう一度なんて生きたくない

生まれ変わりのその先は
だってどうやってあてがわれるんだろう

一列の最後尾にならんで
くじでもひかされるんだろうか

さんざんドキドキしたあげくに
オオアリクイでもひいてしまったら

どうする?
せめて今のうちに練習をしておくべき?

でも休日に
家族が出かけて行ったあいだに

居間で四つん這いになっては
みたものの

ちっとも力が
はいらない

生きるってそもそも
なんの役にたつのだろう

だからどうしてもっていうんでないなら
もうイチドなんて生きたくない



“Blue Moon”


FINIS
 

2009/11/22

人は、なにゆえ旅に出るのか?  きみがいる時間

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「『ソングライン』は、大分読み進んだの?」 出来上がったパスタを皿に盛りつけながら、朋子が聞く --- 真昼に近い陽射しが南向きの窓から差し込むキッチンでのことだ。
「なかなか速読を許さない本で、まだ最初から五分の一位のところかな」と僕。

 さっき蜂が入ってきたと朋子が騒いでいたが、その蜂も今はどこかへ行ってしまったようだ。

「『人は、なにゆえ旅に出るのか?』という、大命題は解決されないままのような気がする。それが解った時、旅は終わる。そういうものなんだよ、旅は...。・・・そのスカート、可愛いね」 そう言ってパスタを口に運び、バレンシア・オレンジを絞り込んだ赤ワインのグラスに、僕は、ゆっくり手を伸ばした。
「あら、嬉しいわ、有難う」 自分の皿にパルメザン・チーズを下ろしながら、朋子が答える。「いつも昼時になると遊びに来るあなたのお友達は、今日は見えないのかしら...。その分、今日も、ちゃんと作ってあるのよ」と笑う。
「そうか、今日は木曜日か...」  僕は、椅子から腰を浮かせて窓の外を見下ろした。ロルフ・ニーハート --- 町で古書店を営む男だ --- の白い小型車が、崖下の道から上って来るのが見えてもいい時刻だった。

 一瞬、その白い車に見えたのは、崖下の岩場に砕けた波しぶきだったかも知れない。



"Rose Garden" Lynn Anderson


FINIS
 

2009/11/21

靴の中の砂 (8)  きみがいる時間

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 アパートメントの二十人の住人のうち、勤めに出掛けないのは僕だけだった。中には不思議な時間帯に出掛ける人もいたが、兎に角、皆決まった勤め先はあるように見えた。僕自身、無職と言う訳にもいかなかったし、ましては役員報酬だけで生活していることは知られたくなかったから、コンピュータのデータ処理を請け負う会社に勤め、在宅勤務が許されている、ということにしていた。
 そうして僕のいち日は、読書と綿密な自分史の執筆に費やされるのだった。

 僕の住まいは一階の玄関ホールに一番近い、ドアに『101』とステンシルで描かれた部屋だった。それもまたホテル当時の名残のひとつだ。つまり、一階は101から104、二階は201から208、三階が301から308までという部屋番であることが推測できた。



"As Tears Go By" Marianne Faithfull


TO BE CONTINUED.
 

2009/11/20

靴の中の砂 (7)  きみがいる時間

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 大学を卒業して、僕は、さも決められていたかのように横浜で洋酒の輸入商をしていた祖父の会社を継いだ。その商社は、長年、スコッチ・ウイスキーの伝統あるブランドを扱い、それが殊のほか良く売れていた。また、仏蘭西ワインの新酒の時期にも、規模は小さいが、真面目な手作業で良質なワインを作る醸造所のものを数年集中して売るうちに、都内の名のあるレストランがまとめて買ってくれるようになり、それはそれでまた業績の柱となった。
 その会社に、十五年程勤めてくれた男の社員に、この春から会社を任せた。毎月、僕の預金口座に定額を振り込んでくれさえすれば、彼の報酬は、彼が自分で決めていいという約束にしていた。

 そうして、この夏、僕に三十八回目の誕生日は来た。ついでだから話しておこう ---- ある理由から、結婚は、まだしていない。



"Nobody" Sylvia


TO BE CONTINUED.
 

2009/11/19

靴の中の砂 (6)  きみがいる時間

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 自分のことを話しておこう。
 僕が生まれて間もない頃、父は若くして脳内出血で逝った。その時、母方の祖父が片親よりはマシだろうと、僕を祖父母の養子にした。だから、祖父母から見れば、別戸籍ではあるが、母と僕は姉弟という続柄になった。その後、母は再婚。以後、母に会う機会はなかった。



"YOU DON'T KNOW" HELEN SHAPIRO


TO BE CONTINUED.
 

2009/11/18

靴の中の砂 (5)  きみがいる時間

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 キッチンピエロは、毎日昼前に開店した。午後の休憩はなく、そのまま喫茶室になったり、夕方からハイボールなどを飲む近隣の隠居衆もいた。客が切れれば午後八時頃に灯りは消えたが、客がいさいすれば、十時頃までは営業した。
 マスターの澤口さんもコックのセイさんも、誰が見ても、どこから見ても訳ありの二人で、セイさんに至っては、マスターの言うことに小さくうなずいて答える程度で、声を聞いたことがある人は殆どいないという話であった。
 メニューは定番が七品と日替わりが二品。いずれの味にも、レトロな洋食の伝統が感じられた。セイさんの得意料理は、人気メニューでもある蟹クリームコロッケで、それに添えられたタルタルソースの、刻んだタマネギの食感にコックのこだわりが感じられた。



"こんな時" シリア・ポール


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2009/11/17

靴の中の砂 (4)  きみがいる時間

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 玄関ホールには、以前、小さな帳場の跡があったようだ。そこは、今では木造りのポストが並ぶ、郵便室になっている。壁を隔てて隣は、かつてダイニングルームだった部屋である。長いこと使われずにいたが、住人の澤口という六十半ばの男が、他所から通ってくるセイさんと呼ばれる、同じような年格好の男と二人で、キッチンピエロという名の食堂を十年程前から開いているとのことだった。そこは住人のみならず、一般客も自由に出入りが出来、サマーシーズンには、終日、海水浴客で繁盛するのだと誰かから聞かされた。
 二人は、若い時分、新宿三光町の交差点の角で洋食屋を営んでいたらしく、店名が踏襲されたようだ。大きな硝子のはまった店の扉には、太いゴシック文字のアルファベットで店名を書いたステッカーが貼ってあり、赤字に白抜き文字のそれは、やはり住人で藤沢辺りのデザイン事務所だか電飾看板の製作会社だかに勤める、高林さんという四十をわずかに超えた女性が、仕事の合間にこしらえてくれたという話だった。



"Suddenly I See" KT Tunstall


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2009/11/16

靴の中の砂 (3)  きみがいる時間

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 一階の南側、つまりプールのある庭に面して四部屋、二階と三階に、それぞれ八部屋あり、すべて十五畳程のワンルームであった。
 住人の年齢に多少開きはあったが、みんな等しく一人暮らしであった。



"For What It's Worth" The Buffalo Springfield


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2009/11/15

靴の中の砂 (2)  きみがいる時間

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 そのアパートメントの歴史について少し書いておこう。
 映画会社の日映が、江ノ島から少し離れたその海岸に『ビーチホテル』というリゾートホテルを建設し、観光事業に進出したのは戦前のことだ。戦後、保養施設として米軍に接収されたが、やがて映画産業は復興し、会社の景気も良く、米軍から建物の払い下げを受け、ホテル業を再開したという。
 そうして半世紀程たって映画産業が破綻を迎えた時、それは、地元の名士である不動産業者の所有に移り、『シーサイド・レジデンス』と名を改め、賃貸のアパートメントに姿を変えたと聞く。



“Someday Soon” Judy Collins


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2009/11/14

夜が更ける頃  きみがいる時間

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 空腹を感じたら、それを満たすだけの、なるたけ少量の粗食を摂り、陽の高いうちに眠くなれば、しばし居眠りをする。目覚めていれば、こぢんまりした一文を探してきて、幾度か声に出して読み、そうして夜が更ける頃、きみのために新たな一行を刻む。



“Sunday Will Never Be The Same” Spanky & Our Gang


FINIS
 



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