きょおとぉ〜おおはらさんぜんいん〜♪
今回の
ECO DRIVEは、デューク・エイセスの「女ひとり」でも唄われておりました「大原」と「三千院」を訪れてみましたです!
大原というところは、八瀬のずーっと奥にある山中の盆地でございまして、京都自体が盆地なのにそれに輪をかけて盆地でございます。まさに盆地の中の盆地、キングオブ盆地なのでございます。こんなアホな説明ではさっぱり分らないので、以下はちゃんとした説明を.....↓
隠棲、融通念仏、天台声明の場・大原
大原は古くから貴人や念仏修行者が都の喧騒を離れて隠棲する場として知られていた。文徳天皇の第一皇子である惟喬親王(これたかしんのう、844年-897年)が大原に隠棲したことはよく知られ、『伊勢物語』にも言及されている。藤原氏の権力が絶大であった当時、本来なら皇位を継ぐべき第一皇子である惟喬親王は、権力者藤原良房の娘・藤原明子(あきらけいこ)が産んだ清和天皇に位を譲り、自らは出家して隠棲したのであった。大原はまた、融通念仏や天台声明(しょうみょう、仏教声楽)が盛んに行われた場所として知られ、天台声明を大成した聖応大師良忍(1073年-1132年)も大原に住んだ。(wikiより抜粋)
本日はいきなり冬になったかのような天気でひっじょーに寒くてですね、まぁ八瀬まではフツーに来れたのですけど、八瀬を超えて山の中に入ったら天気がおかしいのです。晴れたり曇ったり雨が降ったりと、めまぐるしく天気が変わる。気温も京都市内よりグッと低くなりましてねぇ.....まぁ自転車漕いでアツくなった身体には丁度良いぐらいなのですけどね。
この辺にくるとさすがに道が狭く、
へなちょこライダーな僕はもうビビリまくりですよ。ダンプカーの往来が多いのなんの。
殺されるかと思いました。
それに僕のマウンテンバイクのギアの調子がおかしくなってきて......道路の凹凸などの衝撃で、ギアが勝手に違う段にいってしまったりして、「ガコン!」なんつってペダルが滑りよるんですわ。危ねぇっつーの。こんな山奥でチェーンが外れたりしたらかなわんので、なるべくゆっくり走っておりました。
途中、4人組の若い自転車乗りたちに追い抜かれたりして、
「ち、ちがうのよ!なんかギアの調子が悪いんだってば!」とか内心思っていたのですが、おっさん・へなちょこ・ライダーな僕の脚力では例えギアの調子が良くてもかるーく追い抜かれていますがね。へへ。
さて、そんなこんなでメガネも服も濡れた状態で辿り着きました。
三千院。
まぁ例の歌でしか知らないもんで、ここの何が良いのか全く知らないわたくし。
参道にあるみやげもの屋さんとか茶屋を見てるだけでも大変楽しいもんでして、なんだか無料であったかいお茶とか和菓子などを配っていた、ある茶屋の前を通りかかると有り難いことに「ちょっといっぷく」用の灰皿が置いてあったので、そこに自転車を止めて煙草の有害な煙を肺の奥の奥まで吸い込んで至福のひとときを味わっておりました。
そしたら隣でお茶を配っていたおばちゃんが、「余ったからどうぞ」と僕にお茶を出してくれたのです。
「い....いいんですかぁ!?」
とかわざとらしい言い方をして、有り難くお茶をいただく。普段あったかいお茶なんてほとんど飲まないのに、このとき頂いたお茶がもう五臓六腑に染み渡るというかなんというか。疲れ切った身体には最高の御馳走です。
それから無難な場所へ自転車を停めて、いざ三千院の中へ。
さて以下は三千院の説明でございます。
三千院(さんぜんいん)は、京都市左京区大原にある天台宗の寺院。三千院門跡とも称する。山号は、魚山(ぎょざん)、本尊は薬師如来、開基は最澄である。
京都市街の北東山中、かつては貴人や仏教修行者の隠棲の地として知られた大原の里にある。青蓮院、妙法院とともに、天台宗の三門跡寺院の1つに数えられている。
三千院は8世紀、最澄の時代に比叡山に建立された円融房に起源をもち、のちに比叡山東麓の坂本(現・大津市)に移され、たび重なる移転の後、1871年(明治4年)に現在地に移ったものである。「三千院」あるいは「三千院門跡」という寺名は1871年以降使われるようになったもので、それ以前は「梶井門跡」「梶井御所」「梶井宮」などと呼ばれ、「梨本門跡」「円徳院」などの別称もあり、「円融房」が正式の寺名だったようである。一方、往生極楽院(旧称・極楽院)は、平安時代末期の12世紀から大原の地にあった阿弥陀堂であり、1871年に三千院の本坊がこの地に移転してきてから、その境内に取り込まれたものである。
境内には往生極楽院のほか、宸殿、客殿などの建物がある。このうち、境内南側の庭園内にある往生極楽院は12世紀に建てられた阿弥陀堂で、内部には国宝の阿弥陀三尊像を安置している(三千院と往生極楽院は元来は別々の寺院であった)。(以上、wikiより抜粋)
.....と抜粋してみたものの何が何だかサッパリ分りまへん。
しかし一つだけ言えることは歌にまで唄われているぐらいだから「いいに決まってる」。だから後は実際に自分の目で見て何を感じるか、それだけなのでございます。
700円というちょいと高めな拝観料なのですが、ここまで来たんだから見ないで帰るわけにもいきません。700円分は楽しませてもらいますよ、三千院さん。
受付をしてからすぐ、「客殿」と呼ばれる建物内へ。
そしたらいきなりこんなクールなものが!
↑クールにも程がある!
廊下の角を曲がったところに、ものすっごく小さい中庭があって、そこにこんな「小さな宇宙」があるのです。この光の射し具合といい、思わず「おおっ!」と写メをパチリ。もうこれで700円のもとは取れた。
さらにその先を行くと、「聚碧園」(しゅうへきえん)と呼ばれる庭園が。
地泉鑑賞式庭園(ちせんかんしょうしきていえん)、と言うそうで、みなさん座って抹茶などをすすりながら癒されております。
いい。いいよ三千院!
寒くなったとはいえ、まだまだ紅葉は遠いのですけど、中にはフライング気味で紅く染まったものもありましてね。ちょうど雨が降った後でしたし、濡れた緑の葉の艶っぽい輝きの中に、こうやって「紅」が混じっている風景、これはこれで美しいのね。
苔むした地面も、しっとりと湿った感じで実に良い。
そんな苔をジットリと眺めておりましたら、今度は不気味で可愛いものに遭遇。
↑わらべ地蔵。
ちょっと気持ち悪いのですけど、なーんか可愛いです。「水木しげる」先生っぽいですね、なーんか。
まぁそんなこんなで、これら以外にも仏像とか、沢山の見どころがある三千院なのですが、一番の見所はこれでしたね。
往生極楽院船底型天井画(復元模写)
三千院内にある、「円融蔵」(えんにゅうぞう)と呼ばれる重要文化財収蔵施設に、これが展示されているんですが、残念!撮影禁止だったのよね。是非みなさんにお見せしたかったのですけど。
これは
「本物」ではなくて「復元模写」なのですが、船底みたいな天井には、極楽浄土に舞う天女や諸菩薩の姿が極彩色で描かれております。そのバックの色は「青」なんですわ。
めちゃめちゃサイケデリックです。
正面向けばどでかい曼荼羅ですし、このぶっとんだ空間は、三千院に来たのなら是非観ておいてください。
何百年も前に、こんなにとんがった感性で絵を描いた日本人ってマジでスゲーと思います。
.....さて帰りの道での出来事。
八瀬の手前で、
野性の猿の群れに遭遇。
道には「猿が出ます」という看板がたっていて、「ああ、猿出るんや.....
って出てるがなー!!」とばかりに物凄くビックリしたのですけど、下手に写真撮ったりとかして逆に猿に襲われたらどうしよう、とか思ってその場は傍観してただけでしたが......
近くに居た地元の人は、まるでそこに猿なんか居ないかのように、淡々と作業をしていたのが印象的でした。
ほんともう、確実に20匹以上の大きな群れが道路を横切って移動してまして、「ウキャー!」とか叫んで凶暴そうでめちゃ怖い。でもよく見ると、母ザルのお腹には「子ザル」が抱きついていましてね.....「OH!ファミリーなんやね」と肩をすくめてアメリカンなリアクションの後、その場を後にしたのでした。
紅葉のピークは来週か、再来週か.....
とりあえず今週の土曜日も、天気が良ければ鞍馬か貴船あたり、見て来ようと思ってます!

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