このところアラン・ドロン映画も、ジャン=ピエール・メルヴィル作品を除けばアウトロー系のものには食傷気味なので、目先を変えてみますた。精神的な余裕もあるので重いテーマのものを(笑)。
結構見ていないものがたまっている(^烹^;せいもあり迷ったが、先だって見たメルヴィル作品「影の軍隊 L'Armee des ombres」との比較を…と考えて、ほぼ同時期のドイツ占領下フランスを舞台とした問題作「パリの灯は遠く Monsieur Klein」(1976)を選択。
ドイツ占領時のパリで実際にあったユダヤ人大検挙をベースに、同姓同名のユダヤ人がいたがゆえに巻き込まれていった、あくどい美術商の悲劇が描かれたもの。監督のジョゼフ・ロージーは以前にアメリカで共産主義者の弾圧を経験しており、そのことがベースにされているのでは?ということだ。また、カフカの名作「審判 Der Prozess」やサルトルの戯曲「出口なし Huis Clos」の影響も受けているといわれ、確かにある種不条理を感じさせるサスペンスは前者に似たところがある。アラン・ドロン自身、この役は特に力の入ったものと考えていたようで、その演技が受賞を逃したことに不満を述べているようだ。
確かに見ごたえのある映画であったが、「影の軍隊」が即座に「お勧め!」と言えるのに対して、こちらはそう言ってもいいのか迷う。評価の難しい作品だ。というのも、主人公のキャラクターにかなり問題があるから。ある意味みずから墓穴を掘ったようなものであり、「ドイツ占領下のフランスの在り方」とか「ユダヤ人迫害」とか言ったような大きな問題が、主人公その人の「自業自得」とか「因果応報」と取り違えられかねない、危うい作品なのである。少なくともそういう見方をさせられる面がある。「暗黒街のふたり Deux Hommes Dans La Ville」とか「ブーメランのように Comme un Boomerang」といった作品が見ごたえはあるのにいまいち繰り返してみたいという気にさせられないのに似て理屈先行で、いまひとつ本来のメッセージとおぼしきものが乖離しているのでは?などと見ていて思った。
「もうひとりのムッシュー・クラン」は「犯罪者」とされているが、その「犯罪」というのが抗独レジスタンスのことであるらしい…というのは、見る人が頭に置いておくと参考になるのではないかと思われる。途中ドロンが「友人の作曲したものだ」と言って楽譜をピアノで弾いてもらうシーンがあるが、これは共産主義に関連するものらしい。これが分からないと、警官に咎められる理由が呑み込めない。上記のような誤解を招きやすいため問題があるラストシーンはなかなか衝撃的だが、それなりに伏線がはってあり、主人公の複雑な内面を連想させる(「もうひとりのムッシュー・クラン」が逮捕されたと知ったあと、ドロンが引き出してみている絵に注目!)。