確か以前のエントリに書いたはずだが、いちおうは見ているものの感想を書けないでいた、いわくつきの映画の感想を。
1967年作品の「悪魔のようなあなた Diaboliquement Vôtre」で、原作は一時ハヤカワミステリで数冊の翻訳も出されたルイ・C・トーマ。この原作Manie de la persécution(1962)は「迫害妄想」とでもいうようなタイトルだが、翻訳は映画公開とリンクして出されたようで、書名も映画と同じ「悪魔のようなあなた」と銘打たれている。日本でトーマが知られるようになったのは、まずこの映画ほかの原作者としてというのがきっかけのようだ。
映画は原作を適度に刈り込んで身の丈にあった長さにしているという印象だが、結末は変更されている。「殺そうとする者と殺されそうになっている者がいつの間にか惹かれあっていた」というプロットは、原作だとひねりに利用されているだけでやや常套的なオチがつけられているという印象だが、映画の監督ジュリアン・デュヴィヴィエのほうはこの着想が気に入ったらしく、このセンに沿ってオチの付け方を変えている。それはいいのだが、ナンか中途半端。例の「太陽がいっぱい Plein Soleil」もどきのオチを狙っているのかもしれないが、決定的とまで言えるネタではないので、「オチになってないってばよ…(^烹^;」と思わされてしまうのだ。そのへんの曖昧さまで狙っているものなのだろうか? 以前に「原作を読んでいるから大丈夫だろう」という甘い考え(^烹^;で海外DVD(もちろん字幕なし)を見たが、「台詞が分からんのでいまいちのみこめないところがある」という印象であったため、あらためて字幕入り国内ビデオを買ってみてはみたものの、ナンかそのあたりのスッキリ度は変わんなかったなぁ…という結論。
独特のタッチが興味深く、数少ない登場人物の描き込みなども丁寧であったが、「自分を殺そうというたくらみに一枚かんでいる」と感じているはずのオンナに執拗にナニを迫るアラン・ドロンの役回りがナァンかみっともない(^烹^;んで、そのへんでもややポイントが落ちてしまう気が。