2008/9/30

思い出でたるは  ショート―短編

 こっちではおひさしぶりですとみですこんばんは。
 長らくお話サボってたのでちょいとリハビリ的な感じで短編一個ころころとな。
 お暇つぶしにでもどぞー。↓

 放課後の教室から見る夕焼け。カッターで半分こに切り分けられた不恰好なケシゴム。ルーズリーフの端っこに消し忘れた小さな筆談。机の上に丸められたピンクのマフラー。後ろの黒板に残された落書き。貰ったシャーペンの芯、未使用。教科書を貸した時に書き込まれた落書き。消して、ない。
 ずっと残っているものであってほしい。刹那的なものだって、よく考えてみれば解るのに。それだけが時間の中で切り取られたみたいに、永遠なんだ。そんな気分になるんだ。例えどれだけ、時間が過ぎても、それだけはなにも変わらずそこにある。そんなこと、ずっと、当たり前だと思ってた。のに、ね。

「卒業、ですか」
「そうらしい、ですね」
 教室の、はじとはじ。あの子は入り口で立ちぼうけ。私はほら、丸まったマフラーをね、ほどこうかと、思っています。いやいや、ほどくというか、首に巻こうかと。いえいえ、とどのつまり、いい加減帰らないとと、思っているわけです。おわかりいただけたかしら。
 外は寒そうね。夕焼けなんてない、真っ暗なんだもん。いい加減帰れって、空も言ってる。
「帰るんですか」
「そのようですね」
 見れば解るよね、って言わないのは、優しさだよ。ほら、だって、ねえ、って見ると。あらら。慌てて、一年と半分使った、ステッカーだらけの黒い鞄を、どすんと机の上に置く。重いんだよ。三年間、使ったかどうかも不明な新古品の辞書三つだもの。それらを一つ一つ横に積んでから、がさごそ中を弄る。ああもう、これだから、普段から整理癖をつけていない人は。いざって時に、必要なもの一つも取り出せないんだよねえ。
「……行か、ないで、くださいっ」
「あーらららら、やだやだ、ちょっと待って待って」
 べそべそぐすぐす、それでも男の子なの、なんて言えたらいいねえ。言えるはずもないから、ちょっと皺の入ってしまっているハンカチを引っ掴んで、彼の元にすっ飛んでいく。
 泣かないで。もう君の涙を拭いてあげることも、今日で出来なくなっちゃうんだから。
「ほら、これで拭いて」
 チェックのハンカチ。ほっぺを伝う涙をそれで擦ると、ぎゅっとその手ごと掴まれた。涙と、手の熱と、あと何か。ぎゅっとしたね、うん、これも最後。
「なに、ちょっと、拭けないよ?」
「いやです。いやだ。いやだよ」
 ぐぐぐっと、前のめりに。私の側から言ってみれば、後ろのめり?ちょちょちょちょっと、顔、近い。近い、よ。ぎゅうぎゅう両手を握られて、こんなに近くで見る泣き顔。沢山、泣いてくれるんだねえ。あんまりにも豪快で、惜しみなく、いっぱいいっぱいなんだもの。ああ、いいね。ぎゅって、するよ。ぎゅってする。心がね。
「泣きすぎ」
「だって……行かないで」
 じゃあ泣かないで。そう言えたらどんなにいいか。泣いても泣かなくても、今日でお別れだもんね。目が、ずるいって、詰ってる。おいていかないでって、泣いてる。捨てられる直前の、子犬みたい。こんな顔を見せられて、心の痛まない女の子がいるのかなあ?
「しょうがないよ、ね?」
「しょうがなくなんかない! やだ、やだよ!」
 剥き出しの涙に打たれる。こんなに痛い気持ちは無い。こんなに切ない想いは無い。
 そんなことも解らずにこの子は。哀しくて腹立たしくて、でも愛しい。愛しい、から。ああ。胸がこんなにも、締め付けられる。
「ありがとう」
「っ……い、やだ! 行くな!」
 力任せに肩を抱かれて、香る、男の子。幾度と無く頭を預けた、彼の肩口。さよならと、目を閉じてお別れ。いつかと、思いを馳せながら。さようなら。
「元気でね」
「知らない!そんなの、知らない、いやだ!」
 抱く、というより、しがみ付くように、背中に食い込む指。この指ともお別れ。この温度も、力も、頬にかかる短い髪も、駄々をこねる声だって。ほら。さよならなんだよ。
「……て」
「え?」
 離さないで。
「離して」
 まるで魔法でもかけられたように、静止した。何もかも止まったように、驚いた表情で私を見てる。それが寂しいなんて、自分でやっておいてよく思える。どうか恨まないでね。そう思いを込めながら、ハンカチを、所在無く空いた彼の手のひらに握らせた。
 頬が、熱いな。冬なのに、熱いな。
 それから、マフラー。新古品。使い古した鞄。椅子が音を立てて、机の下にもぐりこむ。これで終わり。全て、終わり。見渡した教室には、煩いくらいに書き込まれた黒板。やけに華やかな花の添えられた花瓶と教壇。規則と不規則を足して二で割ったような並びの机達。ああ。なにも、無い。
 鞄を肩に担いで彼の元へ、もとい、出口へ。さよなら皆さん。お世話になりました。
「……せんぱい」
 呆然とした顔。びっくりしすぎて、涙も止まっちゃったのかな。それがなんだかげんきんすぎておかしくて、ちょっと笑いながらすり抜けた。すれ違う残り香にも、もうさよなら、です。
「ばいばい」
 たった一言。それだけ置いて、冷えた廊下を歩いた。
 頬はもう、熱くない。流れ落ちた筋が、頬を撫でる風で冷え切ったから。
 さようなら。暖かい世界を飛び出して、私は歩きます。いつかまた、会う日まで。いつかまた、思い出すときまで。それまでは、はい、そこで輝いていてください。大好きでした。学校さん。私の、君。わたし。さようなら。さようなら。





-----------------------fin.


【あとがきらしきもの】
 なんか、卒業する先輩(女)と泣きじゃくる後輩(男)的ななにか。です。
 卒業の切なさというか感慨というものを、あんまりよくわかっていないのに書いちゃったんですよねー。こんなに泣く男は現実でいるのだろうか、と、ハラハラ。
 卒業式で一度もまともに泣いたことが無いのでよく『冷たい』と罵られたものです。
 もっと罵れ!俺を憎め!憎しみを糧に生きろ!
 はい。オワリ。
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