2008/8/7
隣りの子ねこ ショート―短編
できてるぶんだけちょっとずつ上げてきます。
君に会えたらなんて言おう。バレンタインデーのときはごめん。なんでホワイトデーに急にいなくなったんだ。話したいことが沢山あるんだ。どれも、言いたいけれどしっくりこない。ああ、そうだ、俺って本当に最低。君を追いきれなかった最大の理由が、ここにあったんだよな。今更だけど、君は許してくれるかな。怒られてもいい。泣かれたら……困るけど。けどもうあの雨の日のようにはなりたくないんだ。もう君を、逃がしたくないんだ。逃げたく、ないんだ。
***
出会いは一匹の子猫。別れは名ばかりのホワイトデー。それなら再会は一体どうなる?会った時に一番最初に何を言おうか考えていた自分が馬鹿らしいよ、全く。考える時間はゆうにあったけれど、残念なことに生かす間もなくそれは突然訪れた。
五月の大学祭。俺にとっては大学生になってから二度目。ウチの大学はお笑いタレントのライブが恒例行事としてあるんだが、サークルにも部活にも所属していない俺はその設置スタッフとして参加していた。何も仕事がないと校内ゴミ回収に廻されるから、同じ重労働ならキツイぶん余った時間は休み放題のスタッフに参加した。設置と後片付けだけしてりゃーいいって話。誘導スタッフはライブが間近で見れるけどその分設置スタッフよりもきついからパスだった。
と、いうわけで、やれやれ一仕事終えた俺といえば、裏庭で煙草ふかして空を見上げる。構内禁煙とか、知ったこっちゃない。あっちこっち追われて隔離されて、喫煙者は犯罪者ですかっての。これしかすることもなければ他にしたいこともないんだから、ちょっとくらいお忍びで許して欲しい。それにサークルだの部活だのってのはバイトに追われてるこっちとしては煩わしいことこの上ないわけで、一年も経たずにやめちゃったし。かと言って構内を一緒に廻る彼女もいなければ、ダチと一緒にわいわいって言う気分でもない。ただ、ほんの少し、倦怠感が抜けないだけ。そこから抜け出す何かが無くて、そこから逃れる為だけに吸う。馬鹿みたいに空に煙を巻き上げては、消えていくそれを眺めるんだ。退屈、とも違う。何かが足りない。足りないそれを、俺は知ってる。知ってるのに、どうしてずっと、俺はここにいるんだろう。これじゃあただの、エセ雲生産機。
『あー、あー、テステス。聞こえてる?ねえこれ入ってんの?手ごたえ感じないんだけど』
『入ってますよ! ごたごた言ってないでそこから出て下さい先輩っ』
なんだ?構内放送?にしては、声に聞き覚えがありすぎる。なんだか嫌な予感がする。
『あー、えーと、構内放送構内放送。鳴海遊佐君、鳴海遊佐君、至急俺のところまで来てください。こないと君の恥ずかしい過去を五分ごとに一つ暴露していきます』
『ちょっと、構内放送で脅迫しないでくださいよ!アホですかアンタは!よそでやれっ』
『あ、先輩にタメ口聞いたー!お前あとで……』
ブツリ。と、そこで耳障りの悪い音がして途切れた。
アイツ。
死ねとは言わない、物凄く痛くて辛くて苦しい思いをして欲しい。今すぐ。
「やっぱ死ねっ」
結局一言で言い表すならその悪態しかなくて、吸ったばかりの煙草をもみ消して重い腰を上げた。信じらんねえ、アイツ。恥ずかしい過去だと?あれかあれかあれかそれか。思い当たる節が多すぎて、走っているはずなのに首筋には冷や汗が浮かんでいた。
恥ずかしい体験なんて、大抵は後の笑い話になる。けれど笑い話にも出来ない話こそが、俗に言う恥ずかしい過去っていうことなんだ、これが。
ああ、もう、まじ、ふざけんな。
呼吸困難に陥りそうなほど走り回った結果要した時間は十二分。奴は五分ごとでなく、三分ごとに臨場感たっぷりに俺の過去を朗読してくれた。後半殺意と羞恥の力によって探り当てた奴の居場所は、無論放送室などではなく、いつもたまり場にしていた研究室。今は皆出払っているようで、佐久間以外いない。その手に玩ばれるマイクを見て、ブツリと何かが切れた、気がした。
「なあ……頼むよ」
「なに」
「俺と一緒に死んでくれ」
「やだよ。百歩譲って死んだとしても俺は美優ちゃんの膝枕の上で死ぬんだ」
「しらねえよ!ってか死ね!孤独死しろ!」
何なの、コイツ何なの。というか俺が死にたいんですけど。今すぐ暴かれた俺の過去と共にみんなの記憶から消え去りたいんですけど。
一気に力が抜けて、その場にしゃがみこんでしまった。疲れた。主に精神的に。
「お前さあ……勘弁してくれよホント。ふざけ過ぎにも程が……」
「ふざけてねえよ」
「は?」
いつものふやけきった声とは違う、力のこもった声が頭上から聞こえた。
顔を上げると同時に――胸倉を掴まれた。
「俺、大真面目。腸煮えくり返るほど、怒ってんの。ワカル?」
俺の鼻先ギリギリまで顔を近づけ、佐久間はにこっと、底冷えするような笑みを口元に浮かべた。ぐっ、と襟ぐりを掴む手に力がこもったと思ったら、右頬にでかい衝撃。殴られたと気付くのには、床に尻餅をつくまでの時間だけで十分だった。思っても見なかった衝撃と、突然の暴挙への困惑に、暫く声が出なかった。
呆然とする俺を冷めた目で見下ろしていた佐久間はふいに、深い溜息をついて、そして――誰もいないはずの戸棚の影に、声をかけた。
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君に会えたらなんて言おう。バレンタインデーのときはごめん。なんでホワイトデーに急にいなくなったんだ。話したいことが沢山あるんだ。どれも、言いたいけれどしっくりこない。ああ、そうだ、俺って本当に最低。君を追いきれなかった最大の理由が、ここにあったんだよな。今更だけど、君は許してくれるかな。怒られてもいい。泣かれたら……困るけど。けどもうあの雨の日のようにはなりたくないんだ。もう君を、逃がしたくないんだ。逃げたく、ないんだ。
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出会いは一匹の子猫。別れは名ばかりのホワイトデー。それなら再会は一体どうなる?会った時に一番最初に何を言おうか考えていた自分が馬鹿らしいよ、全く。考える時間はゆうにあったけれど、残念なことに生かす間もなくそれは突然訪れた。
五月の大学祭。俺にとっては大学生になってから二度目。ウチの大学はお笑いタレントのライブが恒例行事としてあるんだが、サークルにも部活にも所属していない俺はその設置スタッフとして参加していた。何も仕事がないと校内ゴミ回収に廻されるから、同じ重労働ならキツイぶん余った時間は休み放題のスタッフに参加した。設置と後片付けだけしてりゃーいいって話。誘導スタッフはライブが間近で見れるけどその分設置スタッフよりもきついからパスだった。
と、いうわけで、やれやれ一仕事終えた俺といえば、裏庭で煙草ふかして空を見上げる。構内禁煙とか、知ったこっちゃない。あっちこっち追われて隔離されて、喫煙者は犯罪者ですかっての。これしかすることもなければ他にしたいこともないんだから、ちょっとくらいお忍びで許して欲しい。それにサークルだの部活だのってのはバイトに追われてるこっちとしては煩わしいことこの上ないわけで、一年も経たずにやめちゃったし。かと言って構内を一緒に廻る彼女もいなければ、ダチと一緒にわいわいって言う気分でもない。ただ、ほんの少し、倦怠感が抜けないだけ。そこから抜け出す何かが無くて、そこから逃れる為だけに吸う。馬鹿みたいに空に煙を巻き上げては、消えていくそれを眺めるんだ。退屈、とも違う。何かが足りない。足りないそれを、俺は知ってる。知ってるのに、どうしてずっと、俺はここにいるんだろう。これじゃあただの、エセ雲生産機。
『あー、あー、テステス。聞こえてる?ねえこれ入ってんの?手ごたえ感じないんだけど』
『入ってますよ! ごたごた言ってないでそこから出て下さい先輩っ』
なんだ?構内放送?にしては、声に聞き覚えがありすぎる。なんだか嫌な予感がする。
『あー、えーと、構内放送構内放送。鳴海遊佐君、鳴海遊佐君、至急俺のところまで来てください。こないと君の恥ずかしい過去を五分ごとに一つ暴露していきます』
『ちょっと、構内放送で脅迫しないでくださいよ!アホですかアンタは!よそでやれっ』
『あ、先輩にタメ口聞いたー!お前あとで……』
ブツリ。と、そこで耳障りの悪い音がして途切れた。
アイツ。
死ねとは言わない、物凄く痛くて辛くて苦しい思いをして欲しい。今すぐ。
「やっぱ死ねっ」
結局一言で言い表すならその悪態しかなくて、吸ったばかりの煙草をもみ消して重い腰を上げた。信じらんねえ、アイツ。恥ずかしい過去だと?あれかあれかあれかそれか。思い当たる節が多すぎて、走っているはずなのに首筋には冷や汗が浮かんでいた。
恥ずかしい体験なんて、大抵は後の笑い話になる。けれど笑い話にも出来ない話こそが、俗に言う恥ずかしい過去っていうことなんだ、これが。
ああ、もう、まじ、ふざけんな。
呼吸困難に陥りそうなほど走り回った結果要した時間は十二分。奴は五分ごとでなく、三分ごとに臨場感たっぷりに俺の過去を朗読してくれた。後半殺意と羞恥の力によって探り当てた奴の居場所は、無論放送室などではなく、いつもたまり場にしていた研究室。今は皆出払っているようで、佐久間以外いない。その手に玩ばれるマイクを見て、ブツリと何かが切れた、気がした。
「なあ……頼むよ」
「なに」
「俺と一緒に死んでくれ」
「やだよ。百歩譲って死んだとしても俺は美優ちゃんの膝枕の上で死ぬんだ」
「しらねえよ!ってか死ね!孤独死しろ!」
何なの、コイツ何なの。というか俺が死にたいんですけど。今すぐ暴かれた俺の過去と共にみんなの記憶から消え去りたいんですけど。
一気に力が抜けて、その場にしゃがみこんでしまった。疲れた。主に精神的に。
「お前さあ……勘弁してくれよホント。ふざけ過ぎにも程が……」
「ふざけてねえよ」
「は?」
いつものふやけきった声とは違う、力のこもった声が頭上から聞こえた。
顔を上げると同時に――胸倉を掴まれた。
「俺、大真面目。腸煮えくり返るほど、怒ってんの。ワカル?」
俺の鼻先ギリギリまで顔を近づけ、佐久間はにこっと、底冷えするような笑みを口元に浮かべた。ぐっ、と襟ぐりを掴む手に力がこもったと思ったら、右頬にでかい衝撃。殴られたと気付くのには、床に尻餅をつくまでの時間だけで十分だった。思っても見なかった衝撃と、突然の暴挙への困惑に、暫く声が出なかった。
呆然とする俺を冷めた目で見下ろしていた佐久間はふいに、深い溜息をついて、そして――誰もいないはずの戸棚の影に、声をかけた。
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