2006〜2008年までの2年間、マダガスカルの片田舎にて青年海外協力隊、看護師隊員として活動していました。このブログはその体験記です。かなり本音でぶっちゃけてます。ガスも水道も、プライベートさえもない村での生活は私にいろんなことを教えてくれました。任期があと1年あったら、確実にマダガスカル人になっていたでしょう。それもいいなぁと思う今日この頃。ブログは終了ですが、またいつか、どこかで・・・。
2009/4/11


12
2009/4/10
本日、めでたく入学式が終了しました!
この歳になって、入学式。
父母席ではないですよ(苦笑)
久々の日本社会デビュー!!
時間ピッタリに始まり、時間ピッタリに終了。
分刻みの入学式進行表。
立ったり座ったり礼したりをひたすら繰り返す謎の集団。
リハーサルもなく、なのに絶妙のタイミングで、
しかもみんな息ピッタリ。
すごいわ、日本人。
こえぇ〜わ、日本人。
そんな日本人に今日から私も仲間入り☆
集団を乱さないよう、頑張りたいと思います。
とか言いつつ、集合時間を勘違いしていたりしてますが・・・。
日本に帰国して早6ヶ月。
今思うこと、それは日本ではブログに書きたくなるようなネタが
少なすぎるということ。
マダガスカルでは毎日盛りだくさんだったのに・・・。
そう、日本では伝えたいことがない。
ということで、突然ですがブログは今日が最終回です。
今まで本当にありがとうございました。
マダガスカル滞在中はブログを書くことがストレス発散になり、
そして辛いときは皆さんのコメントに励まされ、
困ったときも皆さんのコメントに助けられました。
これから1年間、死ぬ気で勉強したいと思います!
また目の下のくまが消えない生活に戻ります。
(目の下のくまが見えるほど白く戻りつつある今日この頃)
将来また海外で活動する際にはブログを再開したいと思います。
(婚活失敗時に限る)
本当に、今までありがとうございました!!!
それでは、またいつかどこかで・・・。

3
2009/3/12
ニセコ3日目
朝からずぅーーーーーーっと雪。
天候と筋肉痛のため、自然と休憩時間も増える。
休んでは滑り、滑っては休み、の繰り返し。
しかし、雪質は最高!
どこを滑っても新雪!
森の中も滑り放題!
調子に乗って、木にすねを強打。
うっ・・・とうずくまる私の横を、
「Ohh!!Ohh!!」と枝にバキバキ当たりながらも
それでも突き進み続ける外人さんが森に消えていく。
たくましいぁ〜、おーじぃー。
マダガスカルでもうすうす感じていたが、
白人は温度感覚がちょっとおかしいのではないだろうか。
と思う瞬間がある。
乾季の寒い季節に海に入っていたり、
スキーウエアの下は半袖一枚だったり・・・etc
いや、そんなこといったら北海道人もかなりおかしい。
うちの父ちゃんも母ちゃんも妹もおいもめいも、
こんな真冬に家では半袖だ。
いくら家の中は暖かいといったって、
私は2枚も3枚も服を着て、靴下を履いてる。
南国育ちですから(笑)
話はニセコに戻り、この日は一日中雪だったため写真は撮れず。
夜は温泉&岩盤浴へ。
友人はあり得ないくらいの汗をかいていた。
4日目、最終日。
ニセコのチーズまんじゅうって知ってます?
神戸の友人が売店のチーズまんじゅうを買い占めていた。
ニセコにお越しの際は、ぜひ御賞味あれ!!
完

0
2009/3/12
先日、ニセコに行ってきました。しかも、3泊4日!!
そんなに体力持たないっつーの・・・。
案の定、はしゃぎすぎて最終日にダウン。
頭痛と腹痛と下痢で食事も取れず。
プー太郎がいきなり激しいスポーツしちゃいかんですな(苦笑)
1日目、千歳空港で協力隊同期2人と待ち合わせ。
一人は神戸から、もう一人は大阪から。
そう、関西人2人+道産子(私)
関西人には意外とボード好きが多い。
ボードにかける情熱は道産子を上回るかもしれない。
だって、このニセコボードが今季2回目となる私と違い、
彼女達は5〜6回はすでに行ったとのこと。
しかも、日帰り強行スケージュールでゲレンデ行く。
自分が東京にいたころもそうだった。
夜中2〜3時に東京を出発し、7〜8時にゲレンデ到着、
リフトが動くまで車の中で仮眠をとって、3時くらいまで滑り、
近くの日帰り温泉で疲れを癒し、夕食を食べ、
高速渋滞に巻き込まれつつ、夜の11〜12時に帰京。
んで次の日は朝から仕事。みたいな。
北海道に帰ってくると、そこまでして滑んなくてもいいよなぁ〜
って感じになってしまう。
話は戻って、ニセコ1日目。
午後2時くらいに宿に着き、部屋でゴロゴロする女3人。
「今日ど〜する?」
「滑る?温泉?それともこのまま寝る?」
「移動で疲れたよねぇ〜」
和室に座布団。
お茶をすすりながら、すでに横になっている私たち。
4時近くになってようやく重い腰を上げ、
とりあえず近くの温泉へ行くことに。
その後宿に戻り、早めの夕食&ビールで乾杯。
そして、就寝。
つづく

0
2009/2/24
先日、自然分娩で有名な吉村医院のお産の家で勤務されていた、
元婦長さんの講演を聞く機会があった。
このお産の家は、できる限り自然な環境で、
自然なお産をするために建てられたもの。
単に自然分娩するための施設に留まらず、
徹底的に自然にこだわっている。
江戸時代の伝統的建築工法によって建てられたそのお産の家は、
うっそうと茂る林の中にひっそりと建ち、茅葺屋根で木造作り、
家の中には土間があり、部屋は畳。
そこでは4800gにもなる巨大児で分娩が長引いても、
前期破水してしまっても、陣痛促進剤といった人工的なものは
一切使わない。
逆子でも帝王切開せず、自然分娩。
自然の流れ、自然の力に任せている。
この自然分娩を可能にしているのが、なんといっても妊娠中の
妊婦の管理。生活の仕方、食べ物、心構えなどなど。
現代の日本では、妊婦はなるべく重いものは持たないように、
無理はしないようにと指導するが、この吉村医院では、
妊婦は床や壁の雑巾がけをしたり、
重い木を持って階段を登り降りしたり、薪割りまでする。
妊娠中の過度の安静は、筋力の低下をまねきストレスも増える、
しかし、薪割り、雑巾がけといった肉体労働をすることによって
筋力アップを図ることができ、それがストレス発散にもなる。
この「しゃがむ」姿勢がお産に役立つという。
そう、最近しゃがむ機会が減ったと思いませんか?
座るのはイス、トイレは洋式、雑巾がけから掃除機へ、
それが出産に影響を与えていたとは、知らなかった。
また多くの産科は、出産するときに妊婦は陣痛室から分娩室へ
そして分娩後には回復室へと部屋を移動しなければならない。
しかし、お産の家では部屋は一つ。家族の立会いも自由。
自分の好きなスタイルで好きなように産んでよし。
出産後ももちろん母児同室。
母親の元から片時も離れることのない赤ちゃんの表情は、
そりゃもう安心しきってとっても穏やか。
また、お母さんの表情もつらいお産直後とは思えないほど
肌につやがあり、キラキラしている。
お産は女性にとって、一生の中の一大イベント。
充実したお産はその後の子育てに影響するという。
この講演を聞いて思うこと、それはこれからの日本は
やはり助産師にかかっているのではということ。
親が子どもを殺し、子どもが親を殺す時代。
虐待、育児放棄、家庭崩壊・・・。
つい最近も、板橋で生まれたての赤ちゃんが
路上に置き去りに去れていたという事件を目にしたばかり。
いかに充実したお産を妊婦さんに体験してもらうかで、
こういったことは防げるのではないだろうか。
まだ助産師の学校も始まっていないし、
助産師がどこまでできるのかもわからないし、
いままで妊婦さんと関わるような仕事はしてこなかったし、
ましてや子どもも生んだことないし、
よくわからないことだらけだけど、
助産師はいろんな可能性があっておもしろいかもしれないって、
漠然と思った。
やはり、目指すは自然分娩。
どんどん便利になっていく日本に、あえて逆らっていきたい。
それが今の日本を救うのではないだろうか。
なんて、ちょっと大きく言ってみたりして(笑)
でも、とにかく心にしみる講演でした。

3
2009/2/24
偏差値:55.5
競争率:3.8(2008年)
筆記試験(看護学、国語)+面接
試験は解剖生理学から、小児・母性だけでなく成人・老人看護、
地域看護まで広く浅く、まんべんなく出題された。
神奈川の試験では母性・小児の突っ込んだ問題が多かったが、
それとは異なる出題傾向だった。
1月初旬、神奈川の試験でコテンパにされた後の北海道の試験。
神奈川の母性・小児の試験では私の持っているテキストでは
対応しきれない問題が多かったので、より詳しい教科書を
現在助産師学校に通っている友人から借りて勉強をしなおし、
札幌の試験に備えた。
なのに、問題はさらっとしたもの。
あえて言えば、いやらしい問題が多かった。
見逃してしまいそうな引っ掛け問題であったり、
選択問題でもどれもこれも選びがたい微妙な選択肢であったり、
見直しして気がついた引っ掛け箇所は数知れず。
また、神奈川と違って成人看護の問題も出題されたため、
得意の消化器関連の問題でかなり点数が稼げたと思う。
「あれ?こんな簡単でいいの?」
というのが試験終了直後の率直な感想。
それは「受かったかも!」という自信ではなく、
「私が簡単なら他の人にとっても簡単だったはず・・・」
という不安へ・・・。
そして、面接。
ここも時間は15分程度、面接官は3人。
一人が面接を受けている間、面接室のすぐ前で
受験生が常時5人ずつ座って待たされるという状況。
確かにこの方がスムーズに面接を進めていけるかもしれないが、
前の人が話している内容まで外に聞こえてくる。
もう少しなんとかしたほうが良いのでは・・・。
ここで聞かれた内容は、
・志望動機
・青年海外協力隊で一番学んだことはなにか
・どのように受験勉強をしたか
・理想の助産師像は
・助産師になった後、どこでどのように働くのか
などなど。
面接官の先生はユーモアのある方で、私の履歴書を見るなり、
「通りで黒いと思ったわぁ〜」と・・・。
私:「私としてはだいぶ白くなったと思うんですけど・・・」
また、私の出身町を見て、
「ここ産科無いわよねぇ〜、無くなったんでしたっけ?」と。
そうです、無いんですよね・・・。
なんだか意味も無く、へこむ面接だった。
しかし、筆記試験は今の自分の力を出し切れたし、
面接も自分の言いたいことを言えたし、
これで落ちても悔いなし!と思いながらも、
受験なんて二度としたくないとも正直思った。
合格していて、本当に良かった!
地獄の2ヶ月だったぁ〜。

2
2009/2/17
私のブログを見ている方達の中に、
今後助産師を目指す人はいないでしょうが、
一応、両校の比較を載せてみたりなんかして(笑)
神奈川県立衛生看護専門学校の試験は1次と2次に
分かれているのに対し、北海道立衛生学院の試験は1次のみ。
【神奈川県立衛生看護専門学校の場合】
偏差値:55.0
競争率:6.8(2008年)
1次:筆記試験。
科目は看護学(解剖生理学、母性、小児)、英語
2次:小論文、面接
1月6日、筆記試験は英語からスタート。
ここ数年、マダ語に汚染されていた私の脳。
タダでさせ少ない英語力はさらに輪をかけて・・・
にもかかわらず、英語は一切勉強せず受験!(無謀)
だって、あんなの勉強しようがないじゃん!(開き直り)
そもそもなんで英語が試験科目なんだよ!(逆切れ)
なのに、奇跡的に問題が簡単だった。意外とできる私(笑)
しかし、簡単なのは英語だけだった。
看護学は、そりゃあもう、おっそろしく難しかった・・・。
問題用紙を見た途端、私は死を覚悟した。
問題が専門的過ぎて、思わず泣きそうになる私・・・。
解剖生理学は選択問題だったのでほとんど運任せ。
母性・小児は時間内に問題を解くのがやっとで、
見直しする時間などまったくなく終了。
こんなの助産師学校の授業で学ぶことでしょーーーーー!って、
叫びたくなるくらい。
試験終了後、あまりのショックにしばらく立ち上がれない私。
でも、不思議なことに、1次試験合格。
ネット上の合格者受験番号を思わず何度も見直す私。
きっと他の人もできなかったのだろう。
そして、2次試験。
皆さん、最近いつ小論文書きました?
起承転結ってなんだっけぇ〜?
とにかく、こういった分野が得意そうな友人に助けを求め、
ありがたいアドバイスをいただく。
そして、試験当日。
小論文のテーマは、「看護師としての成熟の必要性」。
(だったと思う。記憶が定かじゃない・・・)
とある医師が、とある少女の死を通して感じたことを
つづった文章があり、それをふまえて上記のテーマで論ぜよと。
わっけわかんねぇ〜。
その後、面接。時間は15分間。面接官は3人。
聞かれた内容は、
・志望動機
・大学病院ではどんなことを学んだか(かなり突っ込まれた)
・受験勉強はどのようにしたか
・産科経験はあるか(えぇ、マダガスカルでなら。苦笑)
・どんな助産師になりたいか(開業するか、病院で働くかなど)
・神奈川に知り合い、身寄りはいるのか
・自分が助産師に向いていると思う部分は
・以前務めていた個人クリニックはなぜ1年半で辞めたのか
こんな感じだったと思う。
協力隊受験のときの面接がまさに圧迫面接だっただけに、
今回の面接官は天使のように見えました(笑)
トラウマですよ、協力隊面接は・・・。
1次試験が奇跡的に合格したために、
かえって気が抜けてしまったのか、2次は残念ながら不合格。
最初から受かる気していませんでしたから、マジで。

1
2009/2/13
大事なことを書き忘れていました。
どこの学校に行くのかというと、
北海道立衛生学院の助産師学科です。
北海道の助産師養成施設は以下の6校。
・北海道立衛生学院(北海道札幌市)
・北海道大学医学部保健学科看護学専攻(北海度札幌市)
・天使大学大学院助産研究科助産専攻(北海道札幌市)
・旭川医科大学医学部看護学科(北海道旭川市)
・北海道立旭川高等看護学院(北海道旭川市)
・日本赤十字北海道看護大学看護学部看護学科(北海道北見市)
大学は頭もお金も足りないので却下。
この中で、専門学校は2校
・北海道立衛生学院(北海道札幌市)
・北海道立旭川高等看護学院(北海道旭川市)
2校とも道立のため学費が安く、入学金7,400円、
授業料は月9,900円(年間118,800円)。
これが大学となると、入学金は20万、30万、40万。
授業料なんて年間100万を越えてしまう。
この違いは大きい。
札幌にするか、旭川にするか・・・。
両校とも道立で、受験日も同日。そのため、併願ができない。
旭川かぁ〜、あそこはなんだかパッとしないし、
冬なんて毎日雪降ってるしなぁ〜。
雪かきはしたくないなぁ・・・。
ということで、札幌を受けることに(旭川人ごめんなさい。笑)
しかし、1校だけではとーーーーっても不安。
そこが落ちたら終了。
そこで、もう1校道外の学校を受けることに。
そして選んだのが、神奈川県立衛生看護専門学校。
ここは入学金70,000円、授業料年間171,600円。
神奈川の看護短大、大学病院に勤務していた私にとって、
神奈川は第2の故郷のようなもの。
(いや、マダガスカルが第2で神奈川は第3かな。)
それに、短大時代の友人が通っている学校でもあり、
いろいろと情報を収集することができた。
結局、神奈川は落ちて、札幌のみ合格。
最初から札幌1本にしぼっていても良かったのかも。

5
2009/2/11
突然ですが、ここで皆さんにご報告。
次の進路がようやく決定しました。
4月から、また学生に戻ります。
人生、何事も勢いが大事!!
をモットーに生きてきましたが、今回も勢いで受験。
勢いで、助産師学校受けてみました。
事の発端は、看護短大以来の友人の一言。
友:「あんなの簡単に受かるって、余裕余裕!!」
私:「簡単なわけないじゃん!もうかれこれ2年以上も
臨床から離れているんだし、もう30過ぎだし・・・。」
友:「1日5時間くらい勉強すれば大丈夫じゃない?」
私:「あんたとは脳みそのつくりが違うんだよぉーー!!」
この友人は、学生のときから頭がよかった。
私の尊敬する友人の一人であり、そしてなんといっても
彼女は助産師学校に通う学生。先輩だ。
1日5時間かぁ・・・。
あいつが5時間っていうなら、
私は8時間くらいやれば受かるんじゃない?
時はすでに12月。試験は1月。
1ヵ月半死ぬ気で勉強すればなんとかなるんじゃないだろうか。
そんな単純な動機ではじめた受験勉強。
とりあえず図書館引きこもり作戦!ってか作戦はこれしかない。
図書館でひたすら知識を頭に詰め込む。
教科書と向き合うのは学生以来、約10年ぶり。
自分の知識の衰え具合に本気でへこむ。
過去に勉強したはずが、聞いたことのない単語ばかり。
まさに、罰ゲームのような日々・・・。
すみません、今までてきとーな知識で看護師していました。
看護師免許も5年おき、10年おきの免許更新を
するべきかもしれません。
そんなことを考えつつあっという間に1ヶ月が過ぎ、1月受験。
2校受けたうち1校は不合格だったが、2校目は奇跡的に合格!
この地獄のような受験勉強からは開放され、
めでたく4月から学生です。
31歳で学割を使う貧乏学生。
いや、もうすぐで32歳になるんだった。
1年助産師学校へ行き、来年2月国家試験に合格すれば
念願の助産師です。
まだまだ道のりは長いし、地獄の日々はこれからだろうし、
実は自分の「助産師像」が全然見えてない。
(これでよく面接通ったなと思うのだが・・・)
とにかく、合格してよかったぁ〜。

0
1 2 3 4 5 | 《前のページ |
次のページ》