私は源氏物語に興味を持っていますが、それは必ずしも、「このストーリー、最高に面白いよね!」と思っているからではありません。以前、
雰囲気が好きと書きましたが、それだけではない(私にとっての)源氏の魅力は、「説話的な部分」です。そこで代表されるのはなんといっても「夕顔巻」です。
注意

以下の文章は、長文な上、以前別のブログで書いたものとほぼ同じです!!
1・
学生時代に「面白いな!」と思った本です。
源氏を研究する人には必読の本かと思いますが、
「講座 源氏物語の世界」
有斐閣 ISBN4-641-07101-2 C1393
講座 源氏物語の世界 第1集 桐壷巻~夕顔巻
(私が紹介したい本はたいがい楽天にない。なのでアフィリできません。ぶつぶつ。私が買った当時は2400円でしたが、もう絶版なのかな??)
この第一集に、夕顔巻についての講座が5編あります。まずはそのうちの1つ、「夕顔物語と古伝承」三谷栄一教授のお話から。
「しかし光源氏には、「なにがしの院」で現われた「物のけ」は、六条御息所に対する自分の良心の呵責だとは自覚せず、荒廃した邸に住む妖怪だと思い込んでしまい」(p216)
と三谷教授はおっしゃっています。そうなんです。夕顔巻において、夕顔をとり殺したのは六条御息所だ、というはっきりとした記述は出ていないのです。最後まで、
荒れたりし所に棲みけん物の我に見入れけんたよりに、かくなりぬることと思し出づるにもゆゆしくなん
荒廃した場所に棲む「物」が、自分に魅入ってしまったがために、こんなことになってしまった、と源氏は嘆いているのでした。(な〜んてナルナルなの!というツッコミはこの際ちょっと置いておきます…^^;)ですからこの時点では、「物(のけ)=六条御息所」という図式はいったん外した状態で、夕顔を死にいたらしめた物の怪について、少し深く考えてみたいと思います。
「『源氏物語』の作者は『伊勢物語』の第六段の芥川の段で、女を連れ出し雷雨に出会い、避難した荒れ果てた蔵で、女が「鬼」に「一口で食」われてしまった話を踏まえて、河原院らしい幻影の中に夕顔君の死の場面を構築している。」(p217)
シチュエイションとして、芥川と夕顔のお話はよく似ていますよね。男女の貴賎の差は逆なのですけれど、ある意味「許されない恋」であるところとか、「荒れたりし所」という場面(これは三谷教授のお話の通り!)、一瞬にして「なきもの」になってしまう女性。更に、これは私が思ったことなのでなんとも確信は持てないのですが、芥川の「露」と夕顔の「露」は、キーワードとして繋がっているような気がします。
「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」
「白玉かなにぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを」
…意味あいはぜんっぜん違うんですけれど、意外に深読みしてみると、面白かったりもするんですね、これが(*^^*)
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2・
引き続き、「講座 源氏物語の世界」第一集の14「夕顔物語と古伝承」によりますと、この時代は妖怪変化や鬼の噂がとかく絶えなかったということです。
「(前略)女が首、胴を欠いた死体となって発見され、男の姿も忽然と消えていたという話がある。それを『三代実録』には「時人以為、鬼物変形。行此屠殺」と噂したことを述べ、(中略)こうした噂は源氏の作者時代にも多く流布していて、享受者も「なにがしの院」の「物のけ」は鬼ではないかしらという疑問をもちつづけて読み進んで、葵巻に至って、作者から前述のような意外な解答が明かされるのである。」(p218)
夕顔巻について考えてみようとする時、今・現代の読者はどうしても「気が強くプライド高く嫉妬深い女性に妬まれてとり殺された、おとなしい優しい女性」として夕顔をまずイメージすることが多いような気がするのですが、当時の読者は、夕顔巻の様々な「前フリ」&「伏線」により、最初から「この人は『鬼(または物の怪)』に殺されるのでは?!」というドキドキ感を持ってこれを読んでいたのかもしれないのですよね。このポイントを押さえておくことは、けっこう大事なのではないだろうか?と思います。
夕顔というキャラクターは、言ってみれば「雨夜の品定め」で貴公子達が…ぶっちゃけ「こんな女がイイ、あんな女はイヤ」と好き勝手に自分の体験談を語り合うあのシーンの中の、「しれ者」の例として登場する人物です。
日本古典文学全集「源氏物語」(1)の訳注によると、しれ者とは「痴者」であり、
「用例によれば、男女関係において、相手に、言葉や言動で、自分の愛情を表して、相手の愛情を確保しない引込み思案の人間をいうことが多い。ここは女(夕顔)をさす。」
とあります。
しかしこの、自分の意見なんてうまく言えない、引っ込み思案で内気なはずの夕顔ちゃん。その割には、源氏に対しては自分から歌を読みかけたりして、存在をアピールしています。これは何故か?!矛盾しているではないか!!という意見、そしてそれを説明する研究者様達の説は、ものすごーーくたくさんありますね!!私(きなり)的には、このおとなしい女性をどうしてもいわくつき(物の怪が出そうな)の場所へ連れていくために、作者・紫式部が、ちょっと強引な辻褄合わせをやったんじゃないのか?なんてことをなんとなーーく思っています。(エラそうにすみません!m(_ _)m)
純真な心を持ったひと、例えば夜露を見て「あの玉は何?真珠か何かなの?」と尋ねてしまう「芥川」の女性のようなひとが、いかにもナニカが出そうな場所へ行く。このいかにも!な場面展開。「これは出るぞ、きっと!」と期待(?)させる手法だったのかも。
さてそれでは、そのイカニモな場所は、どのようにイカニモだったのでしょうか?!
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3・
夕顔の家で一晩を過ごした源氏は、まだ夜が明けきらぬ頃、そのまま夕顔を連れて「なにがしの院」・荒れた廃屋を訪れます。朝はゆっくりと眠り、日が高くなってから目を覚まし、二人はその日一日中、誰も邪魔の入らない「隠れ家」で仲睦まじく過ごしていました。
異変が起こったのは午後10時頃です。
宵過ぐるほど、すこし寝入りたまへるに、御枕上にいとをかしげなる女ゐて、「おのが、いとめでたしと見たてつるをば、尋ね思ほさで、かくことなることなき人を率ておはして、時めかしたなふこそ、いとめざましくつらけれ」とて、この御かたはらの人をかき起こさむとすと見たまふ。
源氏の夢枕にとても美しい女性が現われて、「私がこれほど想っているというのに、あなたは私を訪ねてもくれず、しかもこんなどこにでもいるようなつまらない女といちゃいちゃしているなんて!!つらすぎる!」(きなり訳です。スミマセン怨霊ぽくなくて ^^;)って文句を言いながら、隣にいる夕顔ちゃんを引き起こそうとしている場面ですね。
で、で、で!!私が「源氏ってほんと嫌いだ〜!」と思うのは、ここよりちょっと後の場面なんですけど、夕顔がぐったりとして気を失っているので、灯りを近づけて顔を見ようとすると、その夕顔のすぐ側に、先ほど夢で見た美しい女の面影が一瞬見え、消えます。
そこでさ、源氏の思ったのが、
昔の物語などにこそかかる事は聞け、とめづらかにむくつけけれど、
ってゆうのはどうなんよ??!!と思いましたよ!!
普通、こんだけ浮名を流していて、しかもついさっき、「おのが、いとめでたしと見たてつるをば、尋ね思ほさで…」と言われているんだから、我が身を振り返るものじゃないですか。「昔の物語などにこそ…」じゃないってば!キミやキミ!アンタや!!…と最初はつっこみまくってしまったワタクシでございます。
で、このあたりから、また同じ本なのですが講座 源氏物語の世界 第1集 桐壷巻~夕顔巻の別の講座、17「廃院の怪」をちょっと読んでみたいと思います。
「しかし、「物の怪」と御息所とを結びつけるのはやはり解釈として誤っているであろう。それは「物の怪」の姿を見た光源氏自身が全く御息所に思いを寄せていないからである。彼が「南殿の鬼」の藤原忠平をおびやかした例を思い出していることからすれば、むしろ光は夕顔を殺した「物の怪」が自分に因縁のあるものでは全く考えていないとみてよいだろう。」(p249)
この、篠原昭二助教授の説によりますと、紫の上に憑いたのと女三宮を出家させたのは御息所だけれども、夕顔を取り殺したのは違う、ということです。まあでもそれならば、「昔の物語などにこそ」とヒトゴトのように言われても、夕顔の四十九日の法要の次の日に夕顔を夢に見て、
荒れたりし所に棲みけん物の我に見入れけんたよりに、かくなるぬることと思し出づるにもゆゆしくなん。
と、荒れたところに棲む物の怪が私に魅入ってしまったついでに、このようなことが起こってしまった、と光源氏がトボけたことを言うのも、まだ許せる…いや、心情的には許せないんですけど、そういうことにしといてやってもいいけどね!!くらいには思えます。
誰が(何が)夕顔を殺したのか。本当のところは作者にしかわからないのかもしれませんし、正解は一つではないのかもしれません。でも、もし、六条御息所の生霊として紫式部が書いているのであれば、紫式部ってものすごーく辛辣な人だよなあ…と思います。だって、生霊になるほど恋焦がれている男なのに、男はまったく気づいていないんですよ!いや、自分のそんな姿は気づかれたくないでしょうけど、それにしてもこの源氏の態度はヒドイよなあ、と思ってしまいます。
そして最後にもう一つ。
かのありし院ながら、添ひたりし女のさまも同じやうにて見えければ、
と光源氏は夢に見ています。死んでもなお、夕顔はその院でその物の怪と一緒にいるのです!!
かわいそう…。
でももしかしたら、女二人で「男なんて!!」という話題で盛り上がるのかも??なんて思ったりしますけれどもね!
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4・
…と書いてはきたものの、私にとって夕顔を殺したのが六条御息所だったのかどうか、という疑問はあまり重要ではありません。どっちでもいい、という言い方は無責任かもしれませんが…。キーワードはあくまで「説話的要素」です。
「昔の物語にこそかかる事は聞け」と、「昔の物語にはこういうこと(怪異に出会うこと)も聞くものだが」なんて、自分の所業は棚に上げて、物の怪との出会い(?)を不思議にも気味悪くも思っている光くんですが、この、「昔の物語」というのはいわゆる「むかしばなし」ではなく、ある特定の事柄を指している、とするのが通説なようです。さて、「昔の物語」とは何のことでしょう?それは、この「なにがしの院」のモデルと言われる「河原院」の怪異のことだとする説が一番有力です。
少し、「日本文学全集 源氏物語 一」(小学館)の訳注を見てみます。
「河原院は、六条坊門の南、万里小路の東にあった。左大臣源融(822〜895)が陸奥塩釜の景を移して造った後、宇多天皇に献上、皇室御陵となる。十世紀中ごろにはすでに荒廃していた。」
ここでどのような怪異があったのか?
風雅を極めたこの「河原院」は、源融の死後に、宇多院に献上されました。しかし融の霊魂はそれを認めてはおらず、宇多院の前に融の亡霊が現われて、「ここは私の家です」と主張した、とのこと。
―それだけといえばそれだけのことなのですが、この事件は多くの書物に収められており、当時の話題をかっさらったことは想像に難くないのであります!!
こうなると、当時の有力者・有権者のことなども書かずにはいられません!!
が、今日は時間がないのでまた後日書かせていただきます。
追記:宇多天皇が京極御息所と共に河原院にいたところ、京極御息所が霊にとりつかれて一度は息絶えるが、法師の祈祷によって一命をとりとめる、という話もありまして、これが夕顔物語のモデルになった、というのが(多分)有力説。出典など詳しい話はまた次の機会に…。