薩摩焼な日々

 
この記事へのコメント一覧
※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。
投稿者
メール

 
コメント
URL
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:西家庵
この度もわかりやすく解説して戴きまして感謝しております。
まだまだお尋ねしたいことはございますが、この度も大変お手間をお掛けしましておりますので、
このあたりで一段落をつけさせて戴くことに致します。
今後も引き続きよろしくお願いします。
投稿者:watanabeyoshiro
苗代川製品についてのまとまった編年案は,残念ながら,まだ提示されていません。
以前にも書きましたように,17世紀の堂平窯跡資料と,19世紀末の雪山遺跡資料があります。それぞれの資料に「どれだけ近いか」という型式学的な検討を通じて「仮説」を想定するにとどまっています。
また紀年銘資料もありますが,「一点もの」ですので,その特徴をどこまで同時代のそれとして敷衍できるか,という問題点がつねにつきまとい,扱いがなかなか難しいです。
投稿者:西家庵
>実物を実見しない現段階での年代推定は控えたいと思います
インターネットの特性とは云え、手前は匿名にも関わらず、厚かましくも渡辺様に色々と無理を
ねだりまして反省しております。
差し支えなければ、現段階での苗代川製品の「編年」の成果を知るに最適な論文や報告をご教授下
されば光栄に存じます。
投稿者:watanabeyoshiro
>器形、釉薬またはその他の要素によって年代の判定は可能でしょうか。

まさにその作業が現在求められていることであり,それをを進めているところです。
考古学では,それを「編年」と言いますが,そのためには,確実な基礎資料の蓄積が第一であり,今のところその作業が中心です。とくに苗代川では,17世紀の堂平窯と,19世紀末の雪山遺跡の間をつなぐ18世紀から19世紀前半の資料の編年が求められています。
しかしいまだ模索の状態です。そんなわけで,この貝目徳利についても,実物を実見しない現段階での年代推定は控えたいと思います。ご了解ください。
投稿者:西家庵
国立情報学研究所のサイトまで紹介して下さり、ありがとうございます。
近々ゆっくりと拝見いたします。

>「貝目小考」の段階では,貝目の存続年代〜苗代川では19世紀以後も貝目が存続する〜
貝目が200年以上も施される技法であれば、それによる年代の判定はさすがに困難ですね。
では、器形、釉薬またはその他の要素によって年代の判定は可能でしょうか。

この貝目徳利を例に採りますと、商品詳細には1700年代との記述がございますが、私は
それ以降の、多分1800年頃ではないかと推測しております。
特に根拠は無く、漠然と全体の雰囲気からその様に感じるだけですが、骨董商を始め、
売り手側は実際より時代があるように言う傾向がありますから(笑)
渡辺様がご覧になって、おおよその年代はいかがなものでしょうか。
投稿者:watanabeyoshiro
お役に立てば幸いです。あと国立情報学研究所のCiNii(サイニイ)というサイトでも,PDF化された拙文がいくつか読むことができます。

http://ci.nii.ac.jp/

>貝目徳利
ご紹介,ありがとうございます。
私もこのような胴部についた貝目資料から,横置きの窯詰めもあるのではないかと推察しました。ただご紹介いただいた徳利には,底部にも貝目らしきものがあるようにも見え(写真でははっきりしませんが),その場合,どういう窯詰めが想定できるのか,考えどころです。

それと付言しておきますと,「貝目小考」の段階では,貝目の存続年代について18世紀まで下る可能性を書きましたが,その後,橋口亘さんという方のご研究や,雪山遺跡における貝目の確認などによって,苗代川では19世紀以後も貝目が存続することが明らかになっています。
貝目が17世紀に多用されるのはたしかですが,必ずしも17世紀に限られるものではないようです。
投稿者:西家庵
>すると拙文に関しては,大学の「リポジトリ」というPDF版でご覧いただくことに〜
リポジトリのご紹介ありがとうございます。
早速、御大学のリポジトリにて渡辺様のお名前で検索を試みましたら、プロフィールにござい
ます論文の全ては見つけられませんでしたが、九件の該当件数がございました。

仰る通り「黒釉富士形茶家」につきましては、「かごしまデジタルミュージアム」でその存在を知り
ました。独特のなんとも可愛らしい造形に興味を持ちまして、詳細を知りたかった次第です。

話が茶家から逸れてしまいますことをお許し下さい。
私は、インターネットのオークションを利用こそしませんが、玉石混交甚だしく、ひどい贋作も
あれば、稀に逸品も出品されておりまして、色々と参考にしております。
「貝目小考」を拝読しまして、貝目の付着した苗代川製品の画像を探しておりましたところ、以前
手頃な例を発見しました。
こちらは、「貝目小考」での「横置するときに焼台として用いる場合(図1 -4)」に該当すると思われ
ますが、いかがでしょうか。

「★★江戸初期 古薩摩 苗代川焼黒もん貝目舟徳利 壷★★」
http://64.233.169.132/search?q=cache:jiWM790jmGYJ:page9.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/k51541598+%22%E8%96%A9%E6%91%A9%E7%84%BC%22%22%E8%B2%9D%E7%9B%AE%22&hl=ja&ct=clnk&cd=5&gl=jp
投稿者:watanabeyoshiro
国外にお住まいでしたか。失礼いたしました。
すると拙文に関しては,大学の「リポジトリ」というPDF版でご覧いただくことになるでしょうか(「藩外流通に関するノート」「貝目小考」などもリポジトリのひとつです)。

>黒釉富士形茶家
というのは,「かごしまデジタルミュージアム」で見ることのできる資料ですね。
まだ実物を見る機会がないので,今のところなんとも言えませんが,窯跡や消費地遺跡などでは見ない形態です。注文品かどうかまではわかりませんが,けっして生産量の多いものではなかったかと想像します。苗代川の近代以後の窯跡では,丸形・算盤玉型とはちょっとプロポーションの異なる土瓶も採集していますが,このような土瓶の形態のヴァリエーションがいつ頃始まるのかは,わかりません。
以上,たいしたことはお答えできませんが。
投稿者:西家庵
>図書館同士の相互貸借で借りることができるのではないか〜
私、現在日本を離れておりますので、すぐと云う訳には参りませんが、機会がございましたら
是非拝読したいと存じます。
ウェブ上にございます渡辺様の「近世薩摩焼の藩外流通に関するノート」や「薩摩焼月日小考」は、
既に拝読しましたが、本格的な発掘調査報告書など拝見したことはございませんから、理解
出来るまでにはかなりの時間を要すると思われます(笑)

しつこいようですが、茶家につきましてもう一つ質問をさせて下さい。
鹿児島市立美術館に収蔵されております苗代川製の「黒釉富士形茶家」は、あまり見かけない
造形の茶家でありますが、特定の時期、窯、または注文で焼成された製品でしょうか。
それとも、丸型や算盤玉型のように一般の商品として量産された型式の一つなのでしょうか。
投稿者:watanabeyoshiro
土瓶は底部が露胎しており火をかける器種であり,水注(あるいは酒注)とは一応区別されます。水注は堂平窯跡でも出土しています。
上記の意味での土瓶は,関西では18世紀初頭以前(あるいは17世紀?)に始まっていたようですが,18世紀中頃になると各地の窯場で生産され始めます。苗代川の場合,考古学資料からは確認できていませんが,文献からは本記事にありますように,18世紀末頃には焼かれていたようです(全国的な動向をより敏感に反映している可能性のある竪野窯では,もしかすると先行するかもしれないと想像しています)。苗代川の土瓶は,「薩摩土瓶」の名で,全国各地に流通していたようです。

「堂平的製品」と「雪山的製品」は,あくまで比喩として使っているので,厳密に定義したものではありません。これらについてお知りになりたいのであれば,発掘調査報告書をご覧になるのが一番いいかと思います。

『堂平窯跡』鹿児島県立埋蔵文化財センター(2006年)
『雪山遺跡・猿引遺跡』鹿児島県立埋蔵文化財センター(2003年)

最寄りの公立図書館等で問い合わせていただければ,図書館同士の相互貸借で借りることができるのではないかと思います。ただ送料を請求されるかもしれません。とくに『堂平窯跡』は全3冊の大部なものですので。
拙文については,学会誌や大学紀要などが多いので,入手しづらいと思います。やはり図書館のコピーサービスで取り寄せることができるかどうか,図書館の方にご相談いただければと思います。
1|2

カレンダー

2012年
← February →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      

カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
Powered by teacup.ブログ “AutoPage”