馮赫陽2008「清末における中国新式窯業の展開について」『史泉』108 pp.1-14(関西大学史学・地理学会)
清末から民国初頭における中国窯業の近代化(新式窯業)について検討している。これまでほとんど議論のなかったテーマだけに,興味深く拝読した。
さて論文中,福建省徳化窯製品の販路について,筆者は以下のように書いている。
「徳化磁器の販路が福建省一省と台湾や南洋を主としたものであった。台湾が日本の植民地になると,日本産陶磁器が徳化陶磁器の販路を奪い取った。そのため徳化磁器は主に福建省内の人々の需要を満たすに止まっていたことがわかる」(p.5)
注によれば,この記述は,北村弥一郎の『清国窯業視察報告』(1908)に基づくものである。同書には
「台湾が我が版図に帰せしより同島に対する(徳化磁器の−引用者追記)輸出は殆ど途絶し」とある(『工学博士北村弥一郎窯業全集』第2巻 p.341,1929年)。
ところで私は,以前から明治〜昭和戦前期の鹿児島県の統計資料を調べているが,その中に県内各港湾における陶磁器の移出入に関するデータがある。明治30年代になると,その移出先として台湾の「基隆」「安平」といった地名が散見されるようになる。
明治28年(1895)に日本の植民地になったことから,「国内」の移出先として統計資料に台湾が登場してくるのだろう,というくらいに考えていた。どうやら,それが当時の台湾における陶磁器流通に大きな影響を与えていたわけである。
今のところ鹿児島県の統計資料しか調べていないが,おそらく全国的には,より大規模に台湾へ出荷されていたのではないか。