谷口俊治編2008『長浜遺跡第2地点』北九州市埋蔵文化財調査報告書第388集 (財)北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室
北九州市のY野氏よりお送りいただく。感謝。また同遺跡についてご教示いただいたS藤氏にもあわせて感謝。
長浜遺跡第2地点は,古小倉湾に面する海浜の遺跡で,慶長7年(1602)に始まる小倉城普請にともなって,漁師たちが移され形成された漁村であるという。
さて本遺跡3区15号土坑より薩摩苗代川産の摺鉢が出土している。年代比定は,(一応の見通しは持っているが)実物を見ていないので控えておきたい。
薩摩摺鉢の流通圏は主に旧島津領内(鹿児島県全域と宮崎県南部)であり,藩外での出土例は,藩境周辺の遺跡で見られるものの(宮崎県高鍋町野首第1遺跡など。2007/05/17記事参照),きわめて少ない。
また沖縄で出土しているが,沖縄でも荒焼(アラヤチ,無釉焼締陶)の摺鉢を生産しているので,薩摩摺鉢が商品として流通したと言うより,薩摩商人・武士などによる持ち込み品ではないかと考えている(渡辺2004)。
このような現段階の状況から類推すると,本遺跡出土の薩摩摺鉢も,商品流通の結果とは想定しにくい。ではどのような契機か,と問われると,何とも言えないのだが。
薩摩土瓶の全国的流通については,少しずつ認知されはじめ,県外の方からの問い合わせも出てきているが,それ以外の器種については,まだ「産地不明」の中に埋もれている可能性もある。
鹿児島側からの発信の必要性を改めて感じる。
渡辺芳郎2004「近世陶磁器から見た鹿児島と沖縄」『第5回沖縄考古学会・鹿児島県考古学会合同学会研究発表資料集「20年の成果と今後の課題」』
付記
上で触れた野首第1遺跡について,最近,以下のページを見つけた。同遺跡を調査されたH田さんががんばっておられる。
宮崎県埋蔵文化財センター 平成19年度第2回報告会の様子