徳川宗賢編1979『日本の方言地図』中公新書(2007/09/05の記事参照)
沢木幹栄「せともの(陶磁器)」(pp.84-89)に以下のような記述がある。
「カラツモノは近畿をはさんで,その東側の北陸一帯に領域をもつ。この分布は,一時代前にこの語が近畿中央部で広く使われていたのではないかと疑わせる。山梨の分布も,あるいはかつて連続して広がっていたものの残存かもしれない」(p.87)
文章だけだとわかりにくいので,原図となった『日本言語地図』4集「せともの(陶磁器)」の分布図(PDF版)に,直接リンクをはっておいた。参照いただきたい。
『日本言語地図』4集「せともの(陶磁器)」
「セトモノ」は,現在の関西地方(大阪・京都南部・兵庫東部・滋賀など)に分布しており,福井県も「セトモノ」分布圏に含まれている(さらに東日本へと広く広がる)。
一方「カラツモノ」は,中国・四国地方とともに,山陰から京都北部まで分布し,福井でいったん途切れ,石川・富山・新潟南部に分布する。
上記の文章は,このような「カラツモノ」の分布状況を,古い言葉が周辺で残るという「方言周圏論」で解釈したものである。
しかし現在の,多少なりとも近世の陶磁器流通に関心のある者の目からすると,山陰から北陸にかけての分布は,むしろ一連のものとして見ることになるであろう。また中国・四国地方での「カラツモノ」の分布は瀬戸内海流通圏との関係でとらえるだろう。
もちろん『日本言語地図』作成のための調査時や,同書刊行時において,近世の肥前陶磁の流通(とくに考古学的研究に基づくそれ)は,ほとんどわかっていなかったのだから,「後知恵」的に上記の解釈を云々することはできない(「方言周圏論」そのものの是非については,手に余るので置いておく)。
ただ「分布図を読む」という行為において,同じ分布図が常に同じ「読み」を保証するものではないということを改めて感じた。やはり「読み」には,さまざまな「前提」や「枠組み」が介在するのであろう。