「昨日、無事にケニヤに到着しました。20年前は昼夜を問わず普通に歩けた通りが、治安が悪い現在はクルマで走り過ぎるだけ。ナイロビのどこへ行っても、あまり歓迎できないそんな変化ばかりが目についてしまいます。それでも昔とあまり変わっていないようなケニヤの人々の表情に、何となくホッとしている私です。」
学生時代の、古い、最も信頼している友人が、数ヶ月の日本滞在の後、また旅立っていった。
今度は東アフリカ・ケニヤ。
農業分野の技術指導の専門職で、政府開発援助の仕事を四半世紀続けている。何カ国目だ?
着いてそうそう、フェイスブックに書いてあったこの記事。
世界の辺境ばかり赴任しているヤツの感想だから、ただの旅行者のそれとは違う。
経験に裏打ちされた感想だから、情報としては正確だと思っていい。
そうか。
不覚にも逆だと思っていた。
「マータイさん」とか、雑誌ソトコトなんかでやってる「スマイル アフリカ プロジェクト」とか、メディアの情報を鵜呑みにしていたわけではないけれど、何となく、いい方に向かっているのだと思っていたよ。
不覚にも。
目先の作業に追われる日が続いている。
それを理由にはしたくないけれど、世界のあちこちで停滞していることにあらためて気づく。
停滞しているのはアフリカ情勢だけではない。
自分が身を置いているこの国の農業も決して明るくはない。
とりわけ養鶏は、何も変わっていない。
有機的な方法で生産される肉や卵の比率が増えているとは思えないし、餌は輸入穀物がなければ成り立たないし、遺伝子組み換え技術も大きく報道されなければ、忘れ去られる。
品種改良の研究も輸入の品種に押されてギブアップ状態だし、何より畜産農家の軒数が減っている。
現場に出始めた25年前に描いた未来は、もっと平飼いたまごが増えていたはずだし、餌を自給していたはずだし、遺伝子組み換え技術なんてのは、家畜の餌に応用する技術ではなかったはずだし、この地にあった鶏の品種を作れたはずだし、地元の若い衆が鶏を飼うはずだった。
そしてそれは、有機農産物流通団体や消費者との共同幻想でもあるはずだった。
それに関しては、あ〜あ〜結局、何も出来てないじゃないか!というイラダチしかない。
まあね、世の中、思うようにはいかないサ。もう知ってるよそんな事、おっさんだからね。
だから。どんなに停滞してても、やめないよ。
これが俺の仕事だからね。一人の農夫(おっさん)が耕せる畑の面積は世界中どこへ行っても同じなんだ。
70億なんて人口になっちゃってもう・・・食糧は足りてないしぃ〜。
めっちゃかっこ悪いけど、俺は現場だ。