今日から何回かに分けて、読者のみなさんと一緒に、ゼクシィを読んでいきます。
毎回「ゼクシィを読む」というタイトルをつけるので、興味の無い方はすっ飛ばしていただいて結構です。でも、もしかしたら、ちょっと損をしてしまうことも、あるかもしれませんぞ。
さて、言うまでもなくこれは特殊な雑誌である。
一定の年齢以上の人も、以下の人もまず開いてみることはない。「一定の年齢」の範囲内にある人も、業界関係者でもなければ、ほんの一時期お付き合いするだけ。あの厚みだから、立ち読みもちょっと無理である。
にもかかわらず、テレビコマーシャル、電車の中吊り広告、本屋の店頭のご常連という隆盛ぶり。
一体、あの中には何が書かれているのかと、実は気になっている方も多いのではあるまいか。
この僕も、ひょんなことから買い求めてしまったこの雑誌を再び買うことがあるのかどうか、それは神のみぞ知る世界なのである。
ゼクシィとの一期一会。
せっかくだから、いろいろな角度から、この雑誌に迫ってみよう。
一期一会なのだから、テキストは先日買ったもののみ。(もう買わない)
さて、初回の今日はもったいをつけるために、表紙を開いてみることもしないのである。
背表紙に注目。2009 JUNE vol. 168 とある。
月刊なので、168÷12=14。14年前、つまり95年創刊という計算になるのだが、気になってネットで調べてみると(最近こういうことも出来るようになってきました)創刊は93年だそうである。まあ、不規則なこともあったのだろう。
ちなみに、1980年代前後は「雑誌の黄金時代」とされており、雑誌の創刊ラッシュが続いたのだそうだ。そして、いかにもバブリーなこの現象は、バブルがはじけた90年代後半には、やはり下火となる。
我らがゼクシィは、この黄金時代の末期に出現し、黄金時代が終わりを告げても消え去ることはなかったということになる。
例えば自分の親の時代(その「適齢期」という意味ですが)には、もちろんゼクシィは存在しなかった訳だが、それに類するもの、つまり「ブライダル情報誌」なるものが他に存在したかと考えて見る。裏を取った訳ではないが、まず、あり得ないという気がする。
ゼクシィは、バブルの時代において世の中に必要とされ、バブルがはじけても必要とされ続けている。それは、バブルの中で生まれ、バブルが終わっても実は終わっていないニッポン人の「何か」の、象徴のようなものでありましょう。
この「何か」の正体が、見えて来るのか来ないのか。
次回から、いよいよ表紙をめくってみましょう。

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