003からの続編。今回は羅宇竹の真骨頂である「鼈甲染め」などの仕上げについてお話しましょう。
鼈甲仕上げ
箱根竹にはもともとラオスの黒斑竹のような斑模様がありません。そこから考えられことは、輸入に頼っていたであろう羅宇の斑竹は鎖国令で途絶えてしまい、ラオス産斑竹の模造品、代替え品として工夫されたものが、通称『ベッコウヤキ』ではないのでしょうか。
ベッコウヤキとはあたかも鼈甲の肌に似ているところからの呼び名でしょう。鼈甲とはご承知のように海亀の甲羅です。飴色の斑紋様が美しい風合いをもっていて、かんざしとか櫛、眼鏡の縁など工芸品に加工されていますが、ワシントン条約とやらで輸入が細くなり、鼈甲職人も大変だろう思います。
一方で羅宇竹には虎斑竹、或は豹紋竹といった斑紋様の竹があります。天然のものは非常に数少ないところから珍重品されます。が、日本の在来種の竹には斑紋様がありませんから、なにかの病気に罹った竹なのかもしれません。
さて、この鼈甲仕上げの技をかいつまんで申しますと、斑紋様を付けるには、焼き鏝を使う方法と、海藻を使う場合とがありました。海藻とは昆布を削ったシラガコブ(トロロ昆布)です。シラガコブの方がきれいに仕上がったことから、こちらの製法が主になっていきます。
塩とニガリを水で溶かした樽などにノノ本当は海水がよかろうと思うのですが、裾野市は山の中ですから、海水もどきを作って、そこにシラガコブを入れてかき回し、竹を入れてさらにかき回し、竹にコブをまつわり着かせます。
その竹を一本ずつ火炉にかざすと、コブのまつわりついた所だけ焦げることなく白く残り、斑模様の焦げ目が着くという仕組みです。ということで同じ紋様は作ろうとしても作れないことになります。
焼き終えた後、水洗いして、コブと塩分を取り除き、乾かします。
下塗りに柿渋、あるいはニカワを塗り、仕上げは漆が本道ですが、カシュウという合成の疑似漆ができてからそれを使うようになりました。塗るといっても、筆、刷毛などで一本ずつ塗るというのではなく、大ザルに竹を入れ、その上から塗料をふりまき、かき回しながら手で揉む、という乱暴なものでした。さらに乾燥させた後、鑞磨きして完成となります。
また、渦巻き模様のある羅宇を御存じの方もおられるだろうと思います。これは、インキと硝酸を調合し、ゴム印で模様を竹に捺印して火にかざす。焼き付けるというより熱を加えると判を押したところの色が変わるというものです。硝酸が強いとすぐにゴム印がボロボロになるため、調合の兼ね合いが難しいと云っておりました。さらに硫酸鉄を加えた湯で煮立てると、化学変化を起こして紋様が黒くなる。なかには染料を捺印しただけという粗悪品もたくさん出回り、これはすぐに色落ちしたものです。
全体を黒とか茶とかに染めた羅宇は、染料入りの湯で煮立てるというものですが、この染料を使う方法は割合新しく、それ以前の方が化学的原理に乗っ取って色を出していたといいます。黒色に染める場合はヘチマエキスで、茶色の場合は硫酸鉄、これらを使って一昼夜煮込み続けたと云います。いずれにしても、これらは芯まで染め上げられているため色落ちする事はありません。乾かした後は、やはり蝋で磨きを掛けて仕上げています。
仕上げの加工で欠かせないのが、曲がりの矯正です。竹を水に浸して湿りを与え、さらに火にかざしながら、タメギ(矯め木)という道具を用い、一本一本曲がりを直していきます。ベッコウ仕上げと模様付けでは、塗りやスタンプ押しの前に、染め着けでは磨きの後に矯めています。
好事家に好まれたものとして、節付きの羅宇があります。節付きは挿げ替えに決まりがあり、雁首から指一本の距離をとった位置に節を置くのが作法です。
虎斑竹とか雲紋竹といったものは特殊な斑竹の一種ですが、この場合、紋様を生かすために皮を剥かずにそのまま使われます。
女物キセルにみられる艶やかな朱塗りは、細目の羅宇に朱漆をかけたものです。漆にベンガラをまぜた色で、赤とオレンジの中間といった色合いといいますか、独特のぬくもりを持ったやさしい日本の色です。さらには羅宇に彫りを刻んだり、螺鈿、象眼、蒔絵などの装飾はそれぞれの職人にお願いすることになりますが、これらは量産できるものでないことはいうまでもありません。
飾り職の出の方で、時折キセルを張る方がおられますが、(あ、キセルの場合、作るとは云わず、「張る」といいます)羅宇のない『延べキセル』あるいは金銀を用いた「飾りの延べキセル」が多いようにみうけられます。延べ作りは大名とか武士などが持つものであり、町民は本来使いません。新作のキセルに延べ作りが多いのは、羅宇竹がないためにやむなくということかもしれません。
しかし、喫煙という実用面からみますと、延べキセルというのはタバコのけむりが金属でなんらかの化学反応を起こし、味がよくなるとか、声を使う人によいとか云われていますが、昔のことですから、科学的に証明されたわけでもなく、都合のよい思い込み、手前味噌の理屈であったかもしれません。
羅宇に竹が使われる理由というのは、タバコのヤニを竹肉、つまり竹の繊維のなかに吸い込むという役目もあり、今で云うならフィルターの役目も果たしているといいます。そのため、肉質の柔らかい箱根竹が好まれたのでしょう。また、タバコは熱いけむりより、冷えたけむりの方が美味しいということもあり、キセルには一定の長さが必要となります。紙巻きタバコが短くなると不味くなるのは、熱いけむりを吸い込むからに他なりません。また、長く使っていると羅宇竹は否応なしにヤニ詰まりを起こします。詰まるというよりも、竹肉そのものがといいますか、竹の繊維がヤニで目詰まりし、けむりの温度が下がらず、通りも悪くなり、ますます味を損なうことになります。
と、ここで羅宇屋が登場するわけです。厳めしい漢字を使ってはいるものの、とどのつまりは、キセルの修理と清掃が専門の職人ということですよ。ちょいと器用な方ならすぐにでも出来る仕事です。
が、ヤニの匂いというのは、仕事とはいえ、お世辞にもいいものじゃありません。吸うタバコの薫香とは、おのずと異にするものです。自分が吸う分には構わないが、他人様が吸っている匂いはどうもノノという方も少なくはありません。だからこそ仕事になりえたのでございましょう。
多少の小技も必要なところから、職商人(しょくあきんど)と呼ばれる部類に属するのですが、これは、破損したりしたものを再利用できるよう修理したりする職人のことで、下取りしたり新品の販売も合わせて行っていて、職人と同時に商売人でもあったところからの呼び名でしょう。
こうした商売も今ではほとんど見られなくなりましたが、他には鍋釜を修理をする鋳掛屋、包丁研ぎ、錠前直し、桶や樽を修理するタガ屋、変わったところでは「傘の骨買い」などというのがあります。時代劇なんぞで長屋の浪人の傘張り内職などというのがありますが、あれは新品の傘というのではなく、破れた傘の張り替えというのが殆どだったといいます。物を大事にするということが、いろんな職業を次々と産んでいったのではと思います。

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