3年前、『敵』の発生ポイントをアメリカの軍事衛星が捉えた。
人類生存の道標であると、世界が歓喜したあの日は忘れられない。
「遂に私は、このボタンを押す日がやってきた。それは、世界を終わらす為ではない、生かす為である。世界の希望は私の人差し指に集約されている」
当時の米大統領は高らかに宣言し、核発射ボタンを押した。
発射された2基の核ミサイルが、発生ポイント、通称『巣穴』に飲み込まれるように進入していく様は全世界に配信され、当時、大学生だった僕は、学校のベンチに座りラップトップの小さな画面を凝視していた。
数分後、映像が激しく揺れ、レポーターの興奮した甲高い声が途切れ途切れに聞こえた。
「神の・・・息吹」
それだけ聞き取れた。
*
「臭ってきたな」
隊長は眉をしかめて意外そうに言った。
「今週は、でかいのが一匹発生しましたからね」
僕は、早々にガスマスクを被る隊長をバックミラー越しに見ながら言った。
「夏が嫌いになっちまったよ、お前、大丈夫なの」
「運転しにくいですから」
そうは言ったが、山間を通る道路は一直線で、ガスマスクを着けたとしても、特に支障はない、
自分の声がマスクの中で反響するのが不快なのだ。鼻腔にツンとくるこの臭いには、もう慣れてしまった。いまだに隊長は慣れていないようだけど。
「ミサキ少尉、ガスマスクの着用はよろしいのですか」
助手席に座る少尉は、僕の方を、見向きもせずくまのヌイグルミの右肩辺りでほつれた縫い目から綿を取り出している。
「ほっとけ、このガキ、俺たちを見下してやがる」
隊長が、どうでもいいように言った。
「隊長、上官なんですから」
「お堅いな、なに言ってもこいつは喋らねえよ、初潮もきてねえ嬢ちゃんが上官なんて世も末だよ」
隊長は身を乗り出し、ミサキ少尉のカールした赤毛を指先で弄んだ。
少尉は、顔色ひとつ変えずにその指を振り払い、クマさんの綿抜きに没頭した。
いつもこんな調子で、板挟みの僕は、隊長の舌打ちを聞きながら意味もなく笑うしかないのだ。
クマがすっかりぺちゃんこになった頃、綿だらけの車を降りた。
道路が大きな岩で塞がっていた。
「工事班を呼べ、俺らが片する前に直しとけよ、そんで迎えに来い。それと、1名残れ、ちゃんと供養しとけよ」
隊長は早口でまくし立て、岩とアスファルトの隙間から、助けを求めるように伸びる赤く染まった細い腕に向けて手を合わせた。
希望は絶望と名を変え、世界を震撼させた。
巣穴から現れたのはきのこ雲ではなく敵の大群であった。
昔のSF映画の様に、放射能が『敵』を活性化させたとか、安易に思いつくが、実際のところ、原因は不明のままであるが、核ミサイルが敵の大量発生を起こさせたのは紛れもない事実であった。

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