人の手ってございますでしょう?
人の手や動作、立ち居振る舞いというのは、
人間の内面をうつす鏡のようなもので。
というような世界があります。
むかーし。
私が少林寺拳法を学んでいた頃の話ですが。
こう、腕を掴んでエイッと引っ張ったりした時に、
どう切り替えすか、みたいな技術があったりして。
学生たちは、先生に「教えてください!」といって、
腕などをとりに(掴みに)いくわけです。
それに対して先生は「ここをこうやってね・・・」といって
やさしく教えてくれるわけです。
素直な学生は腕全体、体全体で、その先生が伝えようとしている
「技術」を体得しようとするわけです。
こういうのは言葉だけじゃぁ伝わりませんから。
体で聞き耳をたてている。といった感じ。
ちなみに私はこのタイプでした。
・・・というよりも普通学生は素直なんです。
ところが、学生の中には、
少し困ったやつが居たりして、
聞きに(教えてもらいに)行っているくせに、
先生のことを「試そうとしている」ようなのが居たりするのです。
『どうだ!』とか『コノヤロー』とか。
そういう意識が力加減とか、体勢とか、顔つきとか。
そいうのになってあらわれてきちゃう。
心の動きが、体の動きに、顔の表情に、筋肉のこわばりに。
なってあらわれてきちゃうわけです。
高段位の先生ほど、
素直な子にしか教えません。
それはぱっと見で分かっちゃうもの。
大体顔つきや空気感で分かるそうですから。
それでも、先生なので、
素直じゃない子にも指導しなきゃいけないこともあるわけで。
そんな時。
激しい先生はもぅほんとに。
道場中に響き渡るような怒鳴り声でこういうわけです。
「それが人にものを聞く時の態度か!?」と。
普通の学生からすれば「なにやってくれてんだよ〜」
みたいな空気が一挙に流れます。
この一喝で素直になれる人は、
また先生に教えてもらえますが、
この一喝でも自分がやったおバカな行動が、
理解できない時。
そんなときは、もう二度と先生から直接教えを受けることはできない。
素直な子は教えてもらえるのでどんどん上手くなるけど、
素直じゃない子はおバカなので全然上手くならない。
そうやって我流に走っちゃったり、
後輩をいじめたり、グレちゃったりしたりしながら、
スネていってしまう。
「素直になること」というのはひとつの技術。
なのかもしれない。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
会計事務所の営業支援事業【税理士会計.jp】を展開中です!
営業ツール「キカクペン」はまだまだ売れています!
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

1