「う〜〜っ」
4限目の授業を終える鐘がなって、
私はここぞとばかりに両手を上げて背筋を伸ばす。
さすが道内有数の進学校、授業のペース早い早い。
して、お昼休みでお弁当な時間なわけですけど。
ある意味、授業中よりも頭をフル回転させないといけない時間だったりしますよね?
昨日は席の近かった子4人で食べたけど、正直キツかったんだよなぁ……。
みんな何気に家が裕福なせいか、話の内容がやけにセレブで、
話の流れにしがみつくので精一杯。
ダージリンは飲んだことあるけど、ゴパルダハラなんて銘柄知らんし。
私が昔おばあちゃんに作ってもらったタンポポ茶がすごく苦かったって
話をしたら、それこそ苦笑いだったし……。
とりあえずトイレに行って時間を潰してみるか。
・・・
私がトイレから戻ってくると、案の定、昨日の3人は他の話の
合いそうな子達とグループを作って、お互いのお弁当を見せびらかし
合っていた。
そのグループの近くで一人お弁当をつつくなんていう惨めったらしい
ことは出来ないので、私は当然、他に一緒にお弁当を食べる人を探す
ことになる。
「おや……」
今朝、私のスカートをめくり上げよったあの子が、一人でお
弁当を広げている。
意外だな……と思いつつも、私は彼女の席に近づいて声をかける。
「お一人? 良かったら一緒に食べない?」
「あ、まどかちゃん! うんうん、一緒に食べよ!」
ん? 私はりりすのお弁当箱をチラと見て、なにやらとてつもない
違和感を覚えた。これ、何かおかしくないか?
「あのさ……りりすさん? つかぬことを聞きますが……」
「なぁに?」
「どーしてお弁当箱の中身、全部フライドチキンなわけ?!」
「えー、だって美味しいじゃん、ケンタッキー」
KFCなのか! てか、わざわざ弁当箱に詰め替えてくるあたり、
この子の家庭事情はどうなってんのかね?
まあ、人にはそれぞれいろんな事情があるもんだ。だからどんな
変なことであっても、無下にしてはいけない。
そう思った私は、「全然気にならないよオーラ」を満面にたぎらせて言う。
「そ、そうなんだ……確かにねー、お、美味しいよね! 私も好きだよ」
とりあえず私は、母上が作ってくれたありがたいマイ弁当を持ってきて、
りりすの前の席(男子の席だがどっか行っていないみたいだから使って
も大丈夫だろ)に座り、そして広げる。
「うちのお母さんね、関西の出だからさ、お弁当も京風なんだ」
「へー、でも凄く美味しそう! 体にも良さそうだし」
「うん、でもねー、ちょっと薄味というか、ボリューム感にかけるという
か、まあ、わがままな話だけどね」
「あ、じゃあ私のチキン一個あげるよ!」
「え、ほんと、ありがとー。じゃあ、私の里芋煮いっこあげる!」
と言ってヌルヌルする里芋煮を箸で摘んだはいいものの、さてどこに
置いたもんだろう。チキンの上に乗っけるのもアレだしな……と、
私が迷っていると、りりすは弁当箱の2段目を取ってこちらに出した。
ごはんがびっしり……おま! そんなに食うのか!
何はともあれ、私達は頂きますをすると、各々のお弁当を頬張った。
フライドチキンにかぶりつくりりすは、まるでネコみたいで可愛い。
そしてKFCをおかずにしてごはんもしっかり食べていく。
うん、私は知っている。KFCが実はごはんのおかずとしてとても
秀逸なものであることを。でも人前でやろうとは思わない。
私はなんとなく、この子が一人弁当をしようとしていた理由がわかった
気がした。
変わった子だけど、決して嫌な子ではないのだ。
ただ自分のキャラに素直なだけなのだ。
こうして話をしている最中も、表情がコロコロと変わって、
まるでその表情がその子の心そのものみたい。
でもその無防備さは、とても危ういものでもあったりするわけで。
「洗濯はいっつも私がやってるんだけど、この前私のパンツを
間違ってお兄ちゃんのハンカチに重ねて畳んじゃってね。いや、
お兄ちゃんのハンカチってとてもハデだからさ。ついつい。
でね、お兄ちゃんったら気づかないで、私のパンツそのまま学校
に持ってちゃったんだー。ウケるよねー」
食事中にパンツパンツと連呼するりりすに驚いてか、近くで弁当を
食べていたマジメそうな男子が思いっきりむせこんだ。
私は(ちょっとその話題はやばいってサイン)を必死にめくばせして
伝えようとしたけれど、りりすは「なぁに?」と言った顔をしてケラ
ケラと笑っているのだった。
はあ、なんか変に気疲れする……とりあえず、うん。
君の両親が海外出張中で、兄貴と二人暮しってことはわかったよ。
「ところでー」
はいはい、今度はなんですか?
「まっちゃん彼氏とかいるー?」
はい、今度は私がむせこむ番でしたよっと。
それはもう、色々な意味合いにおいて。
まっちゃんってなんだ!
むせ込んだ拍子で気が緩んだらしい。
たぶん、私の表情に何か影のようなものが浮かんでしまったのだろう。
りりすはにわかに同情するような表情を浮かべる。
ああ、この子はこんな顔もできるんだ。
やめておくれよ、そんな瞳で見つめられたら話さずにはいられないじゃないか。
ただでさえ、今の今まで、一人で抱え込んできたんだからさ。
「実は去年の夏ごろから付き合っていた奴がいたんだ」
私はついうっかりそう口ずさんでしまっていた。
「過去形……?」
そう過去形。つまり今は居ないってこと。
りりすが、その小さい手で私の手を握ってきた。
そしてウルウルとした瞳で私を見つめてきた。
口元にKFCの揚げ衣をつけたままで。
「いろいろあったんだね……」
きゅーん。
ああ、なんというあどけなさ。その天然チャームな上目使いを私にも
分けておくれよ、りりすちゃん。
そして気がつけば私は、立て板に水を流すようにして、過去にあった色々な
ことをりりすに向かって話していたのだった。
――――
それは中学3年の夏のことだ。
グラウンドのすみに砂を盛っただけの仮設弓道場。
そこでの練習を終えた私は、用具倉庫に弓を閉まって家路につくところだった。
そのとき私は、私物である矢筒を少々乱暴に扱ってしまったらしい。
マイ矢筒につけてあった「まりもっこり」の紐が切れて、不運なことに
グラウンド脇の側溝に落ちてしまったのだ。
ああ、なんてこった。
そう心の中で嘆息する私の近くを、練習を終えたサッカー部の男どもが
通り過ぎる。
――おい、だれかこの哀れな乙女を助けろ。
そう思いはしたものの、クタクタでドロドロで汗まみれな男どもに、
わざわざ助けを請いに行くのもなんだか億劫で、結局私は自分で何とか
することにしたのだった。
とりあえず側溝のフタを持ち上げねば。
そう思って、その鉄網みたいなフタに手をかける。
予想以上に重かった。こりゃあかん。
「なあお前……」
振り返るとヤツがいた。
両手にサッカーボールを抱え、あごの先から汗を滴らせたクナが私を
見ていた。
ヘディングしたときにでも潰したのだろうか? 額のニキビが一個
潰れて少し血が出ていた。
突然声をかけられて、何を言ったものかと考えあぐねた私は、ただじっと
彼を見つめ続けた。君は私を助けてくれるのかい? それともただの
冷やかしかい?
ポタリポタリ、
そうしている間にもクナの体からはとめどなく汗が滴り続ける。
大して強くもないのに、練習量だけはいっちょまえな、我が高の男子
サッカー部。
私が見つめ続けていると、クナは何故か照れくさそうに目をそらす。
首を動かした瞬間に、前髪の先からまた一滴、汗が滴った。
ポタリポタリ
「な、なあに?」
今ひとつ何をしてくれるのかわからないクナに私は思わず声をかけてしまう。
そっちから声をかけてきといてどういうわけだ?
何をそんなに照れくさっているのだ? そんな態度をとられたら、
こっちまでドキドキしてしまうではないか。
「……落としたんだろう?」
そんなのみりゃわかるでしょ……そう私が思うや否や、地面にサッカー
ボールが二つ跳ねる。そしてクナの日に焼けた腕が、側溝のフタめがけ
て伸びて来た。
クナの体が私に近づく。よく見るとあごの下にもニキビがあった。
結構大きいやつが。潰したらきっと白いのがうにゅって出てくる。
きっと出てくる。
クナは両手で鉄枠を掴み、腰を落とすと予想外のバカ力で持ち上げた。
ガコォ! とすごい音がしてフタが外れる。私はついつい見入ってし
まった。それはまさしく男の体だった。鉄枠を掴む腕先に幾重もの筋が
走っていて、力の入った二の腕や太ももの筋肉がこれ見よがしに盛り上
がっている。
ユニフォームの下の腹筋やそのまた下の横隔膜がピクピクと躍動する
音さえ聞こえてきそう。
その、生き物そのものの生々しい存在感が、クナの全身からにじみ
でているようで、私は正直、少し怖いと思った。
「おい、早く取れよ」
私はあわてて側溝の中に手を突っ込み、まりもっこりを救いだす。
幸いなことに側溝の中はこのところの日照り続きでカラカラになっていて、
まりもっこりは大して汚れていなかった。
クナはそれを確認すると、持ち上げていたフタを降ろして、ガシガシと
足で踏みつけて、元に戻した。
変な話だが、私はそのとき、私自身の体がクナのその足によって
踏みつけられることを想像してしまった。
想像して、そして少し恥ずかしくなった。
「あ、ありがとう」
クナはまた照れくさそうに頭をかくと、ボールを拾って倉庫の方に歩いていった。
クナは口数少ない男だ。女子との付き合いもあまりない。なんとなく
硬派でナイーブな人だ。私はそのことをよく知っていたのだけど、
そのときクナが何も喋ってくれなかったことが、どういうわけか
ひどく不満に感じられたのだった。
まりもっこりをつけなおして、クナの方を振り向いてみる。
倉庫から出てきたクナとちょうど目があう。
――何か言ってちょうだい。
私は心の中でそう念じる。
クナは何も言わずに、私から微妙に目をそらしたまま、私の横を通り過ぎる。
そして聞き取りづらいボソボソとした太い声で一言。
「気をつけろよ」
とだけ呟いた。
私たちがお互いを意識するようになったのは、そのときからだったように思う。
そして次の日から私たちは、朝廊下ですれ違ったときには、
必ず挨拶をするようになったのだった。
――――
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
私はペットボトルと弁当箱をしまう。
そしてしまいながらなんとなく聞いてみた。
「こんどりりすの話も聞かせてね」
するとりりすは、少し困った顔をしてこういった。
「んー、りりすね、男の人と付き合ったことないんだー」
瞬間、
教室の中にざわめきが走った。
鈴を転がすようなりりすの声はよく通る。
きっと教室の隅々にまで聞こえたころだろう。
午後の教室は男子どもの胸のトキメキ音で満たされる。
ああいやだなあ、これは近いうちにきっと何かあるね。

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