渡ってきた橋の向こう側から、あきら君が「クナー!」と
叫ぶ声が聞こえた。
きっと君は、高校でも同じあだ名で呼ばれるんだろうね。
可愛そうに。
でもね国後くん、君はもっとその女の子みたいなあだ名で呼ばれる
必要があるんだ。
そして「クナ」と呼ばれる度に女の子の気持ちについて考えると良いよ。
君は本当に最低最悪な男なんだから。
嘘つきで、意地っ張りで、自分勝手で、鈍感で、
我慢もなくて、ムッツリすけべで、頭悪くて、センスも悪くて、
いざって言うときの甲斐性もなくて。
その気も無いのに勝手に人に優しくして、私を変な気持ちにさせた
上に、好き勝手に振り回してくれて。
挙句の果てに君が私に告げた本音が「もう疲れた」だなんてさ!
それはこっちのセリフだよ!
君の為に私がどれだけ「可愛い女の子」になろうと努めてきたか!
若者らしい素敵な恋を目指して頑張ってきたか!
鈍感な君はまったく何も気づかなかったみたいだね、私は私なりに
精一杯やっていたのに、君は一つ褒めてくれなかった。
本当に付き合いがいのない男だった。
去年の夏から今年の春にかけての、私の貴重な青春を返して欲しい。
ホントもう、返して欲しい……。
私は朝の冷たい空に向かってため息を一つ吐く。
ほのかに白い吐息がポワッと広がって立ち昇り、
空気に溶けて見えなくなる。
いきなり愚痴だらけですいません。
わたくし広井まどかは、高校受験日3日前という最悪のタイミングで、
失恋したのでした。
橋を渡って公営団地を抜け、ゆるやかな坂を上る。
公園のある丘の麓に建てられた真新しい白亜の校舎、
鈴ヶ丘学園の正門が見えてくる。
北海道という地理風土に似合わず、鈴蘭市はとても密集度の高い街だ。
こうして歩いて通える範囲に学校があることはとてもありがたい。
というか、街全体がそう考えて作られているんだろうね。
2年前に突然両親が「北海道の研究所に転勤することになった」と
言い出したときは、どんな辺境の地で暮らすことになるのかと、
軽い絶望すら感じたのだけど、実際来てみると結構な街だったから
正直とてもホッとした。
当時、私が北海道について持ち合わせていたイメージといえば、
だっ広い草原で牛が草を食んでいる光景だとか、知床の世界的に貴重
な大自然であるとか、そういったものしかなかったからだ。
正門を抜けると、学生玄関前の広場で部活の勧誘をしている人達が
何人もいる。朝早くから良くやるもんだと思いながら、押し付けられる
ようにして渡されるチラシを丁寧お断りしていく。
申し訳ないのだけれど、私は中学のときからやっている弓道を
高校でも続けようと思っているので。
それでも体育系の部活の勧誘はしつこくて、断るのに苦労する。
今もこうして、女子ボクシング部の逞しい2人のお姉さんに
囲まれているわけで……。
「キミ! 良い体をしているね。格闘技に興味ない? ダイエット
にもなって一石二鳥だよ!」
うう、きっと弓道で筋肉の付いた腕と肩のことを言われているんだ……。
「え? もう部活決まっているの? 掛け持ちも全然OKだよ!
一度うちにきてサンドバック殴ってみなよ、キモチいいからさ!」
私は「ええ……じゃあ今度ストレス溜まっているときにでも……」
と、気のない返事をしてその場を逃れる。
その後私は、玄関から教室に至るまでの廊下において、
柔道部、剣道部、レスリング部、合気道部、さらには
カポエラ研究会なんていうマニアックな部活まで、主に武術系
の部活の勧誘を立て続けに受けた。
そんなに私の顔つき体つきは武道向きなんだろうか?
まあ、弓道だって武術系だけどさ……一応これでも気にしているのにな、
人から「男っぽい」ってよく言われることに。
そういやクナも私のこと「目つきが少年っぽいとことか好きだよ」
とかいっていたな。それってまったく褒めてない!
褒めているつもりだったんだろうか、目つきが少年っぽい……、
男っぽいとは言われていないんだよな……どうなんだろうそれって、
やっぱり褒めていたのかな、あの男なりに……うーん、微妙だな……
って、なんで私は国後のことなど考えているんだ!
忘れろ私、はやく忘れるんだ、じゃないと今後の活動に響いて
しまうではないか!
私が頭をブンブン降る……と、その時。
ドスンッ
「きゃあ!」
教室の中から出てきた誰かとぶつかる。
しまった!
変なこと考えていたせいで注意が散漫になっていた。
慌てて私は尻餅をついてしまったその子の側に寄り添った。
「ごめんなさい!」
「あたた……びっくりしたー! 大丈夫だよまどかさん」
私の名前を知っている?
って、当たり前か、ここ私の教室だ。
そして私は気づく。
彼女のスカートが少しめくれて、下着が見えている。
黒と紫のストライプ?! 顔に似合わず結構ハデ!
「スカート! スカート!」
「え? ふあ!」
彼女は慌ててスカートを手で押さえ、そして私に向かって
照れくさそうに顔を赤らめ、
「えへへっ、あぶないあぶない」
と言ってあどけなく笑った。
柔らかそうなショートヘアが微かに揺れる。
キューン。
なんて可愛い子だろう。
体中の色んなパーツが小さくて、いちいち可愛らしい。
そのくせ胸は私より大きいらしい。なんてうらやましい。
やや色味の濃い肌はとてもツヤツヤとしていて、朝の光を反射している。
子持ちシシャモのお腹みたいにぷっくらとしたくらはぎが、
何とも言えず美味しそう……うん、やっぱ私、オヤジ臭いわ。
私はその子の手をとる。
彼女はそれを頼りにして「よいしょっ」と言って立ち上がる。
「えーと、名前はたしか……」
「りりすだよ! 新瀬川りりす」
「アタラセガワさん、本当にごめん、私ボーっとしてた」
「ううん、気にしないで! りりすもちょっと慌ててたから……、
あと、りりすでいいよ、上の名前呼びづらいでしょ?」
自分のことを「りりす」って名前で呼ぶなんて、
子供っぽい性格なのかな?
でもなんか良い感じの子、これをきっかけに友達になりたいな。
そう私が思っていると、りりすちゃんは何やら思わせぶりな
表情で私を見上げてきた。
「ん?」
何だろう? そう思っていると、
彼女の両手が私のスカートの裾に伸びてきた。
「チラリッ」
まるで予想だにしなかった彼女の行為に、私は成すすべなく立ち尽くす。どう考えてもありえないことだ。
ほぼ初対面と言っていい相手のスカートをめくり上げて、その中の
下着をまじまじと監察するなんて。
青と黄色のチェック、しかもリボン付き……。
私は慌ててスカートを抑える!
そして周囲を見回す。男子に見られてないだろうな!
だろうな!
「あ、あ、あ、あの……これはいったいどういう!」
「お返し! まどかちゃんもりりすの見たでしょ? うふっ」
うふっってあなたね!
私が何をどう抗議したら良いものかと口をパクパクさせていると、
りりすは下腹部を抑えてモジモジしはじめた。
今度はな……
「ごめんね! ちょっともう漏れそうなんだ! またあとでね!」
……なんだそういうことか、ってオイ!
女の子が漏れそうとか言わない!
私は動転した気も冷めぬまま、自分の席について鞄を下ろす。
なんか疲れた。
朝から色々なことが起こり過ぎだ。
まあでも、入学して間もない頃っていうのは色々あるものかな。
それにしてもあの子は、色々とビックリな子だ。
私は腰をモジモジさせながらトイレに駆けて行くあの子の後姿を
思い浮かべる。
いいなあ、と私は思う。
私もあの子みたいに可愛くなりたいなぁ、と。

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