ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省交響楽団の演奏でブルックナーの交響曲第7番を聴いた。
harahideさんが聴きなさいと置いていった【VICTOR CDBV-1037】というディスクで1985年の録音。
これはなかなか素晴らしい。
いや、酷くてとても聴いていられない(-_-;)
第七のフィナーレは誰の演奏でも今一感動が薄い。
ハース版による朝比奈隆は第1楽章の終結に於て、微動だにしないテンポで息の長いクレッシェンドから法悦のfffに持っていくことを成功させている。
その朝比奈ですらフィナーレの終結は今一だ。
奇跡的名演となったチェリビダッケとベルリンフィルも、前3楽章に比べると第4楽章だけは落ちる。
その理由の1つは、みんなコーダのテンポが速過ぎるからだ。
スコアを見るとコーダには「a tempo」と書いてある。
直前の「Langsam」に対する指示だろう。
んじゃ、その前のテンポはと辿っていくと再現部のテンポということになる。
再現部は当然のごとく「Tempo Imo(テンポ・プリモ)」だから、最初のテンポってことだ。
ということは、コーダを遅いテンポで演奏するためには曲の主要テンポを遅くしなくてはならないということだ。
フィナーレの冒頭には「Bewegt, doch nicht schnell」とある。
Bewegtの意味はともかく、速過ぎずにと書かれているわけだからもっと遅くて然るべきだろう。
ただ、そのテーマが複付点のリズミックなものだからある程度の速さになってしまうのは理解出来る。
しかし、複付点だからこそ32分音符を正確に刻むためのテンポが必要ともいえないか?
100歩譲って主要テンポを充分な遅さで演奏しなくても、コーダでは「a tempo」を無視して「Langsam」のまま終わって欲しいものだ。
ホルンへの「feierlich」という指示を全うしようと考えたら速いテンポはおかしい。
などと思いながら、ロジェヴェンの第七のフィナーレ・終結をまず聴いてみて驚いた。
なんとコーダのテンポはほぼ「Langsam」のまま。
ということで「これはなかなか素晴らしい」となったのだ。
それにしては感動が少ないので、最初から聴いてみた。
ちょっとおバカっぽいラッパに、金属的というかクリスタル的というか、とにかく無機的響の弦群は膨らみに乏しくヴァイオリンの高音も全く美しくない。スル・ポンティチェロってわけじゃないけど駒近くを弾いているかのような音なのだ。
そして、やたら強過ぎる木管バランス。
明らかに弄くり回したヘンテコな録音だ。
木管が強いため部分的に面白い響きが聞けるけど、無心にブルックナーの音楽を楽しむのは無理がある音響だ。
ということで「酷くてとても聴いていられない」。
使用楽譜は「駆け降りるクラリネット」や「上昇したい第2ヴァイオリン」他から、
初版風味のハース版といったところか。
で、やすのぶ教授の
音楽じゃ脳への書き込みを思い出した。
曰く「
ハースはritard.--atempoを全部削除したのに、このコーダのa tempo(その前のlangsamも含めて)を削除しなかったのは、統一性を欠くやり方だ」ヽ(^O^)ノ

0