インバル指揮フランクフルト放送交響楽団でブルックナーの交響曲第2番を聴いた。
1877年稿と書いてあり「この演奏はノヴァーク版を使用しつつも、スケルツォ楽章のリピート指示はハース版に従っています。」なんて日本語の注釈がある。
楽譜については後述するとして、演奏は音色が瑞々しく表情が新鮮だ。奏者の積極的な表情付けが、初々しくて魅力的。
良くも悪くも、純米吟醸の生を新酒で呑む感じ。炭酸のチクチク感が残っていて、ジューシーな甘味が爽やかに切れていく。
例えば第1楽章509からのオーボエや、第2楽章の《D》(56〜)など、本当にフレッシュで表情豊かだ。特に後者の木管は、素朴なのにお洒落。
こういうのは指揮者の指示ではなく、奏者の自発的な解釈だろう。奏者も素晴らしいが、それを導き出すインバルも素敵だ。
しかし、全体的に熟成感は足りない。
すなわち、バランスの悪さや響の広がりなどに物足りなさが残るのだ。それは、純米吟醸生の新酒に求めてはいけないものとも言える。
強奏部分の金管は、美しい強さで楽器を鳴らし切るためうるさくはないが、音量が大き過ぎだ。アッチで吹けば良かったのに。
この演奏、vide部分のカットがないのが嬉しい。しかも第2楽章の最後は、クラ&ヴィオラでなくホルンだ。
こうなると第1楽章の終結とスケルツォ終結以外、ハース版のように聞こえる。
ということで、楽譜の細かいメモ。
第1楽章は、その終結からノーヴァク版。
第2楽章は微妙。終結部分をハース版(第一稿)でやっているように聞こえるが、199小節の4拍目のフルートは2拍目と同じ音を吹く。これはノーヴァク版に従っているってことだ。
第3楽章はノーヴァク版だが、スケルツォ主部と、トリオの前半だけ繰り返す。
細かいことだが、《A》からの弦のトレモロは、ホルンのアクセントと同じ位置で楽譜にないアクセントを付けている。
第4楽章の489小節での間はハース版からの引用だろうか。それとも1872年稿?