『光州5・18』
『ユゴ 大統領有故』で描かれた
10.26朴正煕大統領射殺事件の後、軍事クーデターで政権を掌握した全斗煥の退陣と民主化を求める市民のデモと軍隊の衝突が韓国全土で頻発していた1980年5月、韓国南西部の光州市で数千人ともいわれる膨大な数の犠牲者を出した大惨事が発生した。世にいう
光州事件(ウィキぺディア)である。
事件当時、軍部による徹底した言論統制が敷かれておりその後87年まで軍事政権が続いたため、具体的な死傷者・行方不明者数も含め事件の全容は未だにはっきりしていないことが多いという。
映画『光州5・18』はこの事件を題材にある兄弟の絆を描いた物語。
うーーーん・・・期待、しすぎたのかなあ・・・イマイチ・・・でした。残念!
ぐりは事件当時小学生で両親がこの報道を聞いてひどく悲しんでたことだけはよく覚えてたんだけど、小さすぎて事情はよくわかんなかったんだよね。確かそのころは自分が韓国人だってこともまだ知らなかったハズ。
それで今回いい機会だから事件のことをもっと知りたいと思って観に行ってみたんだけど・・・ごめんなさい、全然わかんなかったわ(爆)。コレ、もしかして完全に韓国国内向けの作品なのかしらん?すいません、勉強して出直して来ます。
タクシー運転手のミヌ(金相慶キム・サンギョン)は早くに両親を亡くし、男手ひとつで育てて来た弟のジヌ(李俊基イ・ジュンギ)とふたり暮らし。ジヌを通じて知りあった看護師のシネ(李[木夭]原イ・ヨウォン)と恋に堕ちるが、3人いっしょにコメディ映画を観ていた休日、街をデモしていた学生たちを空挺部隊が襲撃し兄弟も騒乱に巻き込まれていく。
シネの父親(安聖基アン・ソンギ)が元職業軍人の予備役兵という設定だが、彼も含めて登場人物のほとんどには政治的背景がいっさい描かれない。どの人も平等に“無辜の一般市民”として描かれているのにはつくり手側の微妙な配慮もあるだろうし、映画を徒に政治的な話題にとりあげられるのを避け、純粋に事件の犠牲者に対する罪のないオマージュにしたかったという意図もあるだろう。
でも結局、事件の背景、事件に至るまでの経緯をそっくり引き抜いてしまったがために、映画の中と外=観客との間の温度差がまったく埋まることなく、勝手にどんどん物語は進んでいく。家族を捨てて勝ち目のない戦いに挑む庶民の葛藤や、レジスタンス同士にもあったはずの追いつめられた人間関係の描写も希薄で、彼らが無自覚に一方向へ暴走する動機が感覚として伝わりにくくなっている。映画を観ている限り、市民は隣人や家族を奪われた怨恨から武器をとり、結果として軍隊の過剰防衛を招いたという、現代人にはなかなか受け入れにくい構図ばかりが必要以上に目立つように感じる。そしてスクリーンの中で人々が熱くなればなるほど、観客はつい引いてしまう。画面の向こうでいくら盛り上がられてもこっちはなかなか感情移入できない。これはツライ。
ストーリーそのものは悪くないし、出演者は全員怖いくらいの熱演だし、80年当時を忠実に再現したプロダクションデザインはまさに見事の一語に尽きる。お金も手間もかかった大作であり力作でもあるだけに、このアンバランスさが非常に惜しい。ものすごくもったいない。
歴史的悲劇を描いてはいるけど、前半は古典的なラブコメテイストで笑いあり涙ありアクションありと、盛り沢山な娯楽映画にもなっている。観ていて退屈するような映画ではない。
けどぐり的にはこの映画、盛りすぎ、欲張りすぎなような気がする。どうせ政治的歴史的背景を削いでしまうくらいなら、主要人物3人にもっと話を絞りきってしまった方がうまくまとまったんではないだろうか。他の人物のエピソードをいれたことで物語が概念的になっただけじゃなくて、映画全体の世界観も散漫になってしまっている。いれたかった気持ちはわかるんだけど、それならもっと効果的なスマートな入れ方があったはずだ。
つくり手の思い入れが伝わるだけに、ひたすら歯痒さばかりが印象に残ってしまった。もったいねーーー。
ただ、こういうことがあったんだな、という程度の軽いアナウンス的な映画としては、観てもソンするよーな映画ではないです。ハイ。