『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』
去年日本でも回顧展が催された画家ヘンリー・ダーガーの伝記映画。
画家といってもダーガーの場合、作品を生前どこへも発表しなかったので、彼本人についてわかる情報は量的には非常に貧しい。なのでこの映画では、彼の書いた小説「非現実の王国で」を彼の挿絵を使ってアニメーション化し、そのハイライトシーンと、これまでの研究でわかっている生立ちや生前の彼を知る人々のインタビューを交互に重ねあわせるようにして構成している。
だからこの映画は、ダーガーの伝記であると同時に小説「非現実の王国で」の映画化作品でもある。
ダーガーについては以前にも何度かここで触れているが、この映画を観ると、いかに彼の生涯が謎だらけで、どれほどその謎が深いかを改めて感じさせられる。
たとえば、過去にぐりが読んだ資料には、ダーガーには言語に軽い障害があったために知的障害児の施設に入れられてしまったと書かれていたが、ダーガー自身の見解はまったく違っている。ダーガーが従順な子どもではなかったことから、施設の方は厄介払いのつもりで障害児施設へ送りこんだらしい。まだ「子どもの人権」などという概念が確立される以前の時代の話だから、ありえないことではないだろう。極端な人嫌いや自閉的な性格はこの施設での虐待から形成されたもののようだ。
それと、彼の作品が死ぬまで他者の目に触れることがなかったというよく聞く煽り文句も真実ではない。晩年、ダーガーはそれまで住んでいたラーナー夫妻のアパートを出て救護院に移るのだが、その後、ダーガーの了承を得て部屋を片づけた夫妻と近所の人は膨大な量のコレクションと作品群を目にして驚愕する。救護院にダーガーを見舞った近所の青年はこの発見について賞賛したのだが、ダーガー本人は「もう遅い、手遅れだ」としか答えなかったという。
切り抜きやコラージュやスクラップブックや紐の糸玉などなど、彼の部屋は町中のゴミ捨て場から拾い集めたコレクションと、それらから編み出した作品群でぎっちりと埋まっていた。それらは現在、スイスのアール・ブリュット収集館で見ることができるのだが、ダーガーはアパートを出てそれらの「財産」から引き離されたのが悲しくて淋しくてしかたがなかったらしい。
彼は確かに変わった人だったが、養子を欲しがったり犬を飼いたがったり、人としての愛情という感覚はごく当り前に備えた人でもあった。唯一の友の死を嘆き悲しんだり、幼くして死んだ子どもの新聞記事を大切にとっておいたり、他人の不幸に共感する気持ちももっていた。
だから、81年間の生涯をたったひとりぼっちで、家族も友人もなく誰にも愛されることなく暮した天涯孤独の人生が淋しくなかったはずはないと思う。どれほど淋しかったかはまったく想像はつかないけれど。
それなのに、彼は身近な人々にその淋しさを訴えるということをいっさいしなかった。なぜだろう。やっぱり謎は謎のままだし、それほど深い謎につつまれた彼の生き方こそが、「非現実の王国」そのものなのだろう。