城とはもともと 戦闘のためのもの。
天守閣には弾薬が積まれ いざと言う時 立て篭もり戦うためのものであった。
この城を 後にも先にもない発想で構築した人がいる。
その人は わたしの話にもよく出てくる 信長である。
安土城は
七層からなる天守閣の下層部分には吹き抜けがある。
そして 信長自身や家族がくつろぐ生活空間があったのだ。
当時としては全く型破りで 城の2階以上に生活空間を設けたのは
信長がはじめてである。
そして
神であろうとした信長は
天守閣の6・7層階に 自分の瞑想空間を作り上げている。
そこは釈迦や 中国の偉人の絵で彩られていた。
下層の階では家族と暮らし
時に上層にひとり 自分の進むべき道を夢想したに違いない。
天才的な発想を 理想を思う存分巡らせたことだろう。
『死のうふは一定(いちじょう) しのび草にはなにをしよぞ 一定かたりをこすよの』
(死は誰にでも訪れるもの、生前をしのぶ便りとしてどんなことしておこうか、、、
人はそれを元に思い出を語ってくれるだろう。)
信長の 口癖の言葉。
この無常感 それでもやるだけやろうという想いはどう見ても
生身の人間のものである。
安土城は
神であろうとした信長と この人生観をもつ信長を
家族との居住空間と 自分の理想空間(6・7階)を 一つの天守閣に納め
見事に 信長自身を表現したものではあるまいか、、。