本日4月29日は、「昭和の日」である。
昭和の日は、いうまでもなく、本来は昭和天皇の御生誕日である。
それが昭和天皇の御崩御にともない、平成元年から「みどりの日」と名称を変えた。
しかし、多くの国民の要望を受け、平成19年(2007)から「昭和の日」となった。
これと類似した経緯を持つ祝日が「文化の日」である。
11月3日は、明治天皇の御生誕日であり、明治時代には「天長節」、昭和2年からは「明治節」と称されていた。
それが、戦後の昭和23年(1948)、近代文化が目覚ましい発展を遂げた明治時代を念頭に、「文化の日」として改定されたのである。
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戦後64年を経た今もなお、昭和天皇の戦争責任や、天皇制そのものを否定する不敬極まりない言説が狂い咲く今日この頃であるが、絨毯爆撃による空襲と原爆投下による地獄の焦土から見事に奇跡的な大復興を遂げ、我々に真の栄華と平和をもたらした戦後昭和史の主役が、ほかならぬ昭和天皇その人であったことは、誰ひとり疑いようのない事実である。
「敗戦に至った戦争の、いろいろの責任が追及されているが、責任はすべて私にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼等には責任はない。
私の一身は、どうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい」
この天皇のご発言に続けて、同侍従長は、「一身を捨てて国民に殉ずるお覚悟を披瀝になると、この天真の流露はマ元帥を強く感動させたようだ」と述べ、次のようなマッカーサーの発言を記している。
「かつて、戦い敗れた国の元首で、このような言葉を述べられたことは、世界の歴史にも前例のないことと思う。私は陛下に感謝申したい。占領軍の進駐が事なく終ったのも、日本軍の復員が順調に進行しているのも、これ総て陛下のお力添えである。これからの占領政策の遂行にも、陛下のお力を乞わねばならぬことは多い。どうか、よろしくお願い致したい」(『侍従長の回想』)
・・・こうした天皇発言の真偽について、いまだ執拗に不毛な反論を主張して止まないキチガイ左翼どもが跋扈しているようだが、会見の前後でマッカーサーの態度が激変したこと、当初の連合軍が策定した基本計画から180度方針転換し、昭和天皇が戦争犯罪人としての不当な訴追を免れたこと、戦後も天皇制が維持されることになったことは歴然とした事実であり、またそのことが戦後日本の復興と安定に寄与した意義は計り知れない。
あまり適切な喩えとは言い難いが、力道山や美空ひばり級が数千人束になって奮闘しても叶わぬ偉業であり、まさしく現人神の御聖徳がもたらし得た賜物に他ならない。
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http://wwwi.netwave.or.jp/~mot-take/jhistd/jhist3_6_3.htm

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